一番、サスケと、そしてイタチの仲が良かったのは、イタチが家出をする少し前だった。




「一緒に、の所に行かないか?」






 イタチは斎の家に修行をみてもらいに行くと、必ずサスケにも尋ねた。

 既には10歳。の体調はあまり良くなかったが、イタチも昇進し、暗部に入って成功しつつあったため優秀だと一時は満足したうちはの父はあまり干渉しなくなっていた。サスケもアカデミーで忍術を覚え、師に教えを請うイタチについて行く口実も出来ており、前よりあまり炎一族邸に足を運ぶことへの抵抗もなくなっていた。




「どうせ、母さんに鷹を送ってるんだろ。」




 もう既に時間は7時。この時間に兄が帰ると言い出さないと言うことは、既に家に食事はいらないと言ってあるのだろう。しかも全く焦っていないところを見ると夕飯どころか、泊まる気でいるかも知れない。

 最近兄はよくの所に泊まる。慣れているサスケにはよく分かっていた。





「まぁ、東の対屋は広いからな。」




 イタチは苦笑して返して、廊下を歩いて行く。どうやら泊まっていく気らしい。

 もちろんに会うことがサスケとて嫌なわけではない。幼い頃から無邪気で素直なを憎らしいと思ったことは一度もなく、むしろ思いを寄せているくらいだった。それ故に素っ気なく返すこともあったが、恥じらい故であると兄も承知だったのだろう。時には半ば無理矢理引きずられることもあった。

 かがり火のたかれている屋敷はうちは一族のものよりも遙かに広く、外を見ればただ闇が広がっている。ここは木の葉から外れた場所にあるため静かで、暗い。





「なあ、兄さん。」

「ん?」

ってさ、やばいの?」








 口うるさい父と母が、イタチがしょっちゅう炎一族邸に泊まることに文句を言わない。

 父母はを東宮として敬っており、何かと身分をわきまえろとイタチやサスケにも求めることがあった。仲が良いとは言え、炎一族はうちは一族より遙かに大きい規模があることからの遠慮もあるのだろう。だから宿泊には昔父は難色を示していた。

 しかし、最近兄のイタチは修行と任務以外の時は時間の許す限り、に会いに行くようになっていた。サスケの両親はそれを止めないどころか、の所に甘いものを進んで持って行かせたりと気を遣っている。大人たちの誰もが、の命が既に長くないことを知っていたのだ。

 毎日のようにの元を知り合いの忍たちがかわりばんこに訪れていたのを、覚えている。もうもって一年だという大人の会話を、サスケもどこかで聞いていた。






「…」




 イタチは前を向いているため表情は窺えなかったが、そのサスケの質問に答えなかった。だが、それがすべての答えを物語っている気がした。





、きっと兄さんのことを首を長くして待ってるよ。」






 サスケは先ほどの言葉を打ち消すように、明るく大きな兄の背中に言う。





「そうかな。」






 いつもの自信家の兄とは思えないような疑問系の答えにサスケの方が苦笑した。のことになると忍術以上に彼は自信がない時がある。それが不思議だった。







「何言ってンのさ。、兄さんのこと大好きじゃん。」

「まぁな。」






 には兄弟はいない。無邪気に兄を慕っているその感情が恋愛なのかはサスケにはよく分からないが、少なくともの“一番”は間違いなくイタチだった。見ないふりをしていたが、兄が自分よりも前からに思いを寄せていることを本当はサスケも知っていた。


 東の対屋に入って御簾を上げると、そこにはがいたが、すごい格好で眠っていた。






「…」

「なんか塊みたい。」





 は畳の上で本を読みながら眠ってしまったのか、幾枚もの着物にくるまって丸くなって眠っていた。着物は色鮮やかで、頭まで着物に突っ込んで丸まっているため、顔は見えない。ただ真ん中がぽっこりと膨らんでいる。その膨らみの前には本が置かれていた。

 絵の沢山書かれた本は見覚えがないから、誰かが見舞い代わりに持って来たのだろう。






「本当に、仕方のない奴だな。」








 イタチは腰に手を当てて息を吐いて、の体を抱き上げて、僅かに表情を歪めた。






「どうしたの?兄さん。」







 動きを止めた兄をサスケが見上げると、困ったように笑い返してきた。





「いや、何でもない。」





 そう言って、彼は悲しそうにの細い体を抱きしめる。

 兄の身長が伸びたとは言え、決して彼の身長は高くない。それでも、既に10歳になったをすっぽりと抱きすくめられるほどに、の体は細く小さい。10歳と言えば成長期のはずなのに、彼女の容姿は6,7歳と言っても十分に通じる。そしてほとんど成長していない。

 それが彼女の抱える病のせいだと既にサスケは分かっていた。





「うぅ、んー、」





 を布団に寝かせようとすると、が目を覚ましたのか変な声を上げて目元を擦る。しばらくぼんやりと目をぱちくりさせていたが、イタチとサスケを見ると嬉しそうににこっと笑った。






「イタチとサスケだ。」






 の嬉しそうな顔に、サスケも思わず頬が緩む。





「あんまり畳の上で寝るなよ。寒かったんだろ。少し熱があるぞ。」





 イタチは困ったように笑っての頭を撫でる。

 最近は布団から出ている時間の方が少ない。体が弱いだ。体を冷やすのはあまり良くないし、畳の上で着物に丸まっていたと言うことは寒かったのだろう。熱があるのか額を撫でれば熱いし、心なしかサスケの目から見てもの顔は赤かった。

 だがは別にそんなこといつものことで気にしていないのか、体を横たえたまま嬉しそうに報告する。





「うん。でも、今日は、カカシさんとゲンマさんが来てくれたの。」





 カカシとゲンマはの父である斎の友人で、のことも幼い頃から知っている。彼らも少なくとも1週間に一度はの元を訪れていた。







「この本は差し入れか?」

「うん。昨日もね、紅さんが来てくれて、おはぎくれたの。」








 は比較的小食だが、甘いものが好きで、甘いものならばよく食べる。彼女が細いことを心配して紅が持って来たのだろう。実際にサスケの母もしょっちゅうサスケやイタチにへの甘味を渡していた。





「今日母さんが桜餅作るって言ってたから、明日桜餅持ってくると思う。」





 サスケが言うと、が紺色の瞳を輝かせる。

 特に明日は休みだ。父母が炎一族邸に話し合いで訪れると言っていたから、間違いなく母はその桜餅をにやるつもりだろう。





「やったー」






 少し熱で赤く染まった頬をそのままに、は笑う。


 熱で頭はぼんやりしていてしんどいだろう。が呼吸困難を起こして苦しそうな息を吐くところを、サスケだって見たことがある。けれど、はいつも人生に一片の曇りも無いとでも言うように、無邪気に、屈託なく笑って見せる。






「最近、みんなよく来てくれるの。」






 は笑う。ただこの屋敷しか知らずに、苦しんで、死ぬのに、笑う。

 皆が訪れているのだって、本当はの最期を見送るためだ。の体は年々悪くなっていて、もう手の施しようがないのだという。本当なら年々成長するはずのは会う度に痩せている。同い年のはずのサスケとの身長差は広がるばかりで、子どものサスケでも分かるほどに、終わりは近い。





「ちちうえさまとははうえさまも家にいるんだ。」





 最近では里で一、二を争う手練れであるの両親ですらも休みを取り、の傍にいるようになっていた。






「しあわせだなぁ。みんなが一緒にいてくれる。」






 すべては終わりを示している。

 人が沢山彼女の元を訪れるのも、両親が休みを取ったことも、すべては彼女の終わりが近いことを暗示しているのに、彼女はそれを知って知らずか、無邪気に笑う。幸せだと、こんな小さな幸せしか知らないのに、心から幸せだと笑う。





「一緒だよ。」





 サスケはの小さな手を握る。同い年のの手は自分の手にすっぽり包まれてしまうほどに小さい。






「ずっと、傍にいるよ。」






 イタチは優しくの額を撫でる。その声が掠れていたのに、サスケは聞こえないふりをした。ただ自分が泣かないようにするのに必死だった。

 遠い日、ただ一つだけ守りたかったものがあった。

深愛