はサスケに殺されたことも、自分の家のことも両親のことも何も覚えていなかった。




「いいたたたたた、」




 肩までに短くなってしまった紺色の髪を小鳥が引っ張っている。

 は抗議の声を上げているが強くはねのけることが出来ず、見ている重吾が困ったような顔をしていた。小鳥たちはを虐めたいのか、それとも餌をねだっているのかは分からないが、どうやら動物界のヒエラルキーではは小鳥以下らしい。

 そんなつまらないことを考えながら、サスケは巻物を開いていた。





「あの子、連れて行くの?」





 水月が興味の入り交じった目をサスケに向ける。サスケはそれに答えなかったが、聞かなくても水月だって承知しているだろう。

 正直その視線は疎ましかったし、彼女を憎んでいたことも本当だから、記憶をすべて忘れた彼女を当たり前のように連れ歩いていることには驚きだろう。だが、結果的に彼女も被害者なのだ。彼女を殺したのも事実だが、今は次の目的に動くこと、そしてを守ることを最大の目的として動いていた。




「まぁ良いけどさぁ。ろくに忍術も使えないんじゃ、どうするの。」

「透先眼の能力があれば良い。それに口寄せは出来るようになっただろ。一応。」




 は今、本当に何も覚えていない。

 自分の両親や恋人のことは愚か、自分がどこで生まれたのか、そして力の使い方や忍術まですっきり忘れてしまっている。必要性から口寄せに関しては教えたが、ド素人と変わらない慎重な動作に、彼女が記憶をなくしたのだと改めて確認した。


 彼女はいつも戦いを避けてはいたが、忍術を含めてかなり何をさせてもうまかった。


 の希少性は何もその莫大なチャクラと忍術だけではない。その目だけで十分に希少で、他国が取り合いをするだけの価値がある。それは暁の中でもおそらく同じで、を守るために連れ歩くのは当然の選択だった。

 口寄せが出来れば体力のない彼女の移動手段も確保できる。当座問題はなかった。




「…」




 サスケが窓辺で佇んでいるを見ると、相変わらず小鳥と奮闘している。

 は記憶をなくしてすぐに見たのがサスケだったせいか、殺した張本人であるはずのサスケに一番懐いている。サスケとしては罪悪感で胸が一杯になるが、無意識には長い間追ってきたサスケを見つけたことに、そして傍にいることに安心を覚えているのかも知れない。

 逆にそのせいか、サスケがいなくなるとはすぐにサスケを探した。


 次に懐いているのが重吾だ。何か通じるところがあるらしく、呪印で暴走しそうになる時はもちろんすぐに逃げてサスケの所に来るが、誰よりも早く気づくためありがたい上、それ以外の時は大方重吾と一緒にいた。

 彼も面倒見が良いのか、の行動から目を離さない。

 記憶をなくしても、はどこまでものままで、少し前より幼い雰囲気を持ってはいるが、純粋で無邪気に笑っている。幼い頃と同じ。




「これで、良かったのかもな。」




 戦いの中のあんな思い詰めた彼女の顔を、サスケは見たことがなかった。あんな表情が出来るのだと驚いたほどだ。

 だから、すべてを忘れて笑う今の彼女が本来のあるべきの気がして、サスケは忘れられたことに痛む心を無理矢理に押し込めた。




「こいつがなぁ。」




 噂は知っているのだろう。香燐は複雑そうに小鳥に虐められているを見下ろす。小鳥は、は全く怖くはないが、香燐は怖いらしくすぐに逃げていった。本来なら莫大なチャクラを持ち、人間を灰に出来るの方が恐ろしいだろうに、小鳥たちはが手を出さないと知っているのだ。

 香燐もが、サスケが殺したかった炎一族の跡取りだと知っている。

 サスケと互角に戦い死んだと言うが、そんな力を持っている忍には今のところ全く見えず、ただのお子ちゃまだ。記憶をなくしているとは言え、本質は変わらず、サスケ曰く性格も全く変わっていないというのに、は本当に“普通”の少女だった。




「ぼさぼさだぞ。髪の毛。」




 仕方ないなとでも言うように香燐はの肩までになった紺色の髪の毛を整えてやる。

 当初香燐はがついてくるのに反対していたし、自身もあまり香燐を好んではいないようだったが、時がたつにつれて香燐の方が徐々に歩み寄っているようだ。は悪意が全くなく、悪く言えばただの馬鹿で、気にしても仕方ないと悟ったようだった。




「鳥にまで舐めきられてるってどうなんだろね。」





 水月は呆れた視線をに向ける。




「動物の方が力関係のヒエラルキーに敏感なんだろう。」




 サスケが見ても間違いなくは動物にむやみやたら手を出すタイプではないし、3年前も自分の蝶が自動防御でサスケを傷つけないようにと必死だった。

 動物はが無意識に自分たちを傷つけないように動くだろうと理解しているのだ。




「ひえるきー?」




 は突然出てきたカタカナの単語が分からなかったのか、首を傾げてサスケを見る。

 紺色の瞳は大きくて、幼い頃を思い出した。そういえばこんなふうに、良くサスケやイタチにはものを尋ねていた。幼い頃から体が弱かったため、ほとんど屋敷の中でいては何も見たことがなかったし、アカデミーに言ったことがなかったから知らないことも沢山あった。

 子ども故の勘違いで、図鑑で見る恐竜の大きさが分からず、小さなトカゲですらも似ていれば恐竜だと言っていたものだった。




「階級制。言っても分からないだろう。」

「なんか、馬鹿にされてる気がする。」

「気じゃなくて馬鹿にしてる。」




 サスケがさらりと言うと、はぷくっと頬を膨らませた。

 いつもそうだ。サスケが照れ隠しで酷い言葉を言うと、はすねたふりをする。とはいえ、どうせそれ程本気で怒ってはいない。サスケの本心がそこにないことをは良く理解している。案の定、すぐにころりと笑って、近くにあった紙切れをとった。




「ここは強い小鳥がいっぱいね。」




 そう言いながらも、構ってくれる小鳥がいなくては退屈なのだろう。紙切れで器用に折り紙を折り始める。

 は何も覚えていないくせに、折り紙の折り方だけは覚えていた。幼い頃から体が弱く外で走り回ることの出来なかったは、代わりに布団の上でよく折り紙を折っていた。それはある意味で手遊びのようなもので、くせとして体に残っているのだろう。


 記憶をなくしても、仕草やくせは残ったまま、のままだ。すべてが変わってしまったわけではない。


 無邪気に笑う彼女を一度殺したのはサスケだ。その責めはいつかイタチの手で受けることになるだろう。だからその日まで、サスケはを守るし、やイタチを傷つける木の葉隠れの里を壊し、跡形もなく潰してしまいたいと思う。

 手始めに、うちは一族の反乱を誘発し、利用したダンゾウや上層部も皆殺しにしようとしている。




、行きたいところはあるか?」




 サスケが問うと、は首を傾げる。




「わかんない。」





 は行きたい場所がない。自分でどこへ行きたいかを決める権利をほとんど持たなかったからこそ、は行きたい場所が見つからない。




「俺には、ある。」





 サスケには、行きたいところがある。彼女をイタチの手から奪い、こうして都合良く利用し、手元に置けば置くほど兄は自分を憎むだろう。





「ふうん。」





 はよく分からないのか、丸い目をますます丸くしてこてんと小首を傾げる。





「それまでは、一緒だ。」 





 サスケがイタチに殺されるまでは、をイタチの元に返すまでは少なくとも、の身は自分が守る。

 正直記憶をなくしたは扱いづらいときもあるし、親をすり込まれたアヒルのように後ろをついてくるので鬱陶しいときもあるが、それがサスケの義務だ。蘇ったとは言え、一度を限界まで追い詰め、殺したという事実に変わりはないのだから。




「…え、わたし置いてきぼり?」




 は不安そうに目じりを下げる。

 それがまるで捨てられる子犬のように情けない表情でサスケだけでなく思わず後ろにいた水月や香燐、重吾も吹き出してしまった。




「そこには、おまえの本当に帰る場所があるから、大丈夫だ。」




 イタチのうちは一族、そしての炎の一族。ただその2つがあれば、それで良いのだ。

 利用するだけ利用して使い捨てる里などいらない。だから、サスケはただ復讐と里の崩壊を心の奥で願っていた。

天望