青い澄み切った空、柔らかに揺れる新緑と、優しい太陽から落ちる木漏れ日。そして澄んだ水をたたえる泉。の心が描く自分だけの異空間は、イタチが持っていた黒一色の淡泊な物では無く、あまりに美しく、あまりに自然だ。

 今そこにいるのは、10歳くらいの紺色の髪の少女だ。

 いつもは楽しそうに泉の周りに咲いている花を摘んでいるのだが、今日は丸い鞠を持ってそれをついていた。彼女がこの年頃の頃、実際にはチャクラの成長に苦しめられ、ほとんど外に出ることも出来ず、寝たきりの生活だった。

 イタチが一歩彼女の方へと踏み出すと、くしゃっと草を踏む音がして、柔らかな感触がある。





「あ、おにいさんだ。」





 一度死に蘇ったは、まったく何も覚えていないらしく、無邪気に笑っている。

 おそらくはサスケの元にいて、利用されているのだろうが、何も覚えていない彼女は何も理解できていない。現実のは16歳のはずだが、今10歳の姿をしているのは、彼女の今の精神性を示しているのだろう。





「その鞠はどうしたんだ?」

「サスケがくれたの。前もっていたのをどこかに置いて来ちゃったから」




 は嬉しそうに鞠を持って、笑う。





「どこで買ったんだ?」

「買ったんじゃないの。サスケがからもらったんだよ。」

「じゃあ、どこで貰ったんだ?」

「それは秘密なの−。」





 蘇らせてから記憶のないならば都合よく扱えるせいか、サスケはに何かを強いることはないという。“お願い”はいくつかされたがはその意図がよく分かっておらず、イタチが聞き出そうというそぶりを見せると叱られるからと口を噤む。

 だが、だからといって彼女は隠すということが上手に出来ないし、サスケに叱られるからと良いながらも、イタチからすれば十分すぎるヒントを与えてくれていた。




「そうか。」





 イタチが木陰に腰を下ろすと、彼女も鞠を持ったまま隣に座った。

 その仕草は記憶をなくしたという今でもあまり変わっていなくて、イタチは細い肩を引き寄せて抱きしめたい衝動に駆られた。

 が死んだとわかった時、足下が崩れ落ちそうだった。

 今こうして隣にがいるのはとても不思議なことで、同時にどうしてこんなに近くにいるのに、目を覚ませば隣にいないのかと歯がゆくなる。彼女は記憶がないため、どれほど説明してもよく分からない。むしろ説明で混乱させて、イタチとがここで繋がっていることがサスケにばれれば、が再び殺される可能性も十分にある。

 嘘がへただと言うことは、もちろんイタチがから情報を聞き出すことが出来ると言うことだが、同時にサスケがを通じてイタチから情報を聞き出すことも可能だと言うことを示している。それはを危険に晒しかねない。




「どうしたの?」




 気づけば、隣のが不思議そうに首を傾げてイタチの顔をのぞき込んでいた。くるりとした丸い紺色の瞳が、イタチを丸く切り取る。





「何がだ?」

「いつもあなたはとても悲しそう、」




 は語尾を下げて、イタチをのぞき込む。

 悲しそう、か、とイタチは心の中で反芻して、小さく息を吐く。空は澄み切っていて、雲一つなく青い。それが曇ることがないのは、の心がきっと綺麗だからなのだろう。澄み切った心を、イタチは信じ切っていた。

 は3年前から恐ろしいほどに力をつけた。サスケがいなくなった後、毎日血が滲むような努力をして、誰もが驚くほどに強くなった。それは、サスケがいなくなったことにショックを受けたのだと、イタチはずっと思っていた。

 でも、サクラがイタチに告げた言葉に、それが思い違いだったことを思い知った。




 ――――――――あの、子、イタチ、さんの、力に、なりたいって、




 は確かにサスケを大切に思っていたのだろう。

 でも、おそらくあの時落ち込み、一族を亡くし、どうしたら良いか分からず路頭に迷ったイタチを見て、優しいは思ったのだ。

 自分がイタチから、一族を奪った、と。



 4年前、の状態は末期だった。幼い頃から確かにチャクラは多かったが、そのチャクラがの身体能力を押しつぶし、徐々にを静かに殺していった。年齢に伴いチャクラは増えるにもかかわらず、の体は身体機能をチャクラに押しつぶされているため小さいまま。支えられるチャクラの量は増えない。

 同年代の子どもより一回りも二回りも小さい体は、増え続けるチャクラにもう限界で、10歳を迎える頃には一週間の半分以上を寝たまま過ごすことになっていた。


 そう、ちょうど隣にいると同じ年頃の頃の話だ。

 だからイタチは命をかけて、の中にいた鳳凰とのチャクラを肩代わりした。システムは人柱力と非常によく似ている。鳳凰に拒否され、死ぬ可能性も十分にあったが、イタチはを失うぐらいならばましだと思った。

 イタチが死ねばの元にチャクラは戻る。もちろん鳳凰も戻る。それはチャクラと鳳凰を自分で支えられないの死を意味する。

 彼女は必ずイタチと生きねばならない。そしてイタチもと生きたいと願ったから、そうした。


 なのに、結局それが彼女を殺したのだろう。


 優しい彼女はイタチの代わりに戦わねばとがんばり、その心を削り、体を削り、そして死んで、すべてを忘れてしまったのだ。





「大切な人を、待ってるんだ。」




 イタチはぽつりと口に出したが、は戻ってきたいのだろうかと疑問だった。

 すべて忘れてゼロになって、それで幸せなのかも知れない。無邪気に笑っていたあの頃と同じ笑顔で笑うを見ればイタチはそんな気がしてならなかった。




「ふぅん。」




 隣のはやはりよく分からないのか、やはり首を傾げる。




「あ、そういえば、とそっくりの人も、川の傍で待ってたなぁ。」

「誰、を?」

「わかんないけど、困った人なんだって。」

「…。」





 一体誰の話をしているのかは分からないが、どこかで会った誰かの話だろう。





「とても不器用で、とっても怖い人なんだって。」





 イタチはの言葉に眉を寄せる。

 川の傍の“彼女”が誰のことなのかの言葉からは全く窺えないが、怖い人をどうして待っているのか理由すら全く推測できない。だがにはそれなりに納得することがあるのか、笑っている。




「あなたの大切な人は、どんな人?」




 は無邪気に尋ねる。




「とても、優しくて、綺麗で、不器用で…。」




 イタチは言葉を紡ぎながら、思わず泣きそうになって、それを誤魔化すために空を見上げる。澄み切った青い空は、まぶしいほどの光に満たされている。

 彼女が自分に対して本気で怒ったことは一度もない。

 泣いたことはあるが、それはいつもイタチに向けられる物では無くて、彼女はいつもいつもイタチに笑顔を向けた。人生に一片の曇りも無いとでも言うような、無邪気で無垢な笑みばかりを向けて、去って行った。

 弱くて、優しくて、綺麗で、不器用で、ただ幼くて素直な愛情をイタチに与えてくれた。




「…だから、俺の重みに、潰されてしまった人だよ。」





 を殺したのはサスケだっただろう。その目的はの能力を利用することだったかも知れない。だが、をその戦いに駆り立てたのは、イタチだった。イタチがチャクラを肩代わりしたことで、イタチはから離れられなくなった、だから、はサスケの憎しみも、すべて受け止めるべきなのは自分だと思ったのだ。

 ふと、イタチは顔を上げて、隣のを見ると目を丸くして、イタチを見ていた。




「どうして、おまえが泣くんだ。」




 大きな紺色の瞳には、涙がたまっている。それを見てイタチが狼狽えると、初めてそれに気づいたのか、は目じりを袖で拭った。





「え、えっと、なんでかな、なんかすごく、寂しくなったから。」






 慌てたようにそう言って、はぎゅっと鞠を抱きしめる。それを見下ろして、イタチはぐっと拳を握りしめた。

 本当は、イタチを縛っているのは彼女ではない。一番ずるいのは、あの3年前のうちは一族を裏切り、すべてをなくしたあの日ですらも、この腹に眠るのチャクラがあるから、は自分を見捨てないと、たかをくくっていたイタチ自身なのだ。

 これはその罰なのかもしれないとイタチはそっと心の中で思った。


愛悲