ビーは尻尾一本だけで、逃げおおせたようだった。




の言った“小さい”の意味はそういうことか。」





 サスケは頬杖をついて悪態をつく。





 ―――――――――――――――なんかこのおじちゃん、ちっちゃくなったね




 はビーを見て確かそう言っていた。

 勘の鋭いの事だ。何となくでもビーが前のビーではなくただの尻尾だと言うことを理解していたのだろう。ただ何分言葉が拙いため、サスケも勝手にの言葉を解釈したのがいけなかったらしい。もっときちんとの話しに耳を傾けていれば良かったと後悔する。




「も一回行くの?」





 は無邪気に話してくる。

 どうやら彼女がサスケと戦ったときに出来た傷は既に癒えているらしい。だが、サスケ、香燐、水月、重吾と四人ともビーのせいで満身創痍である。今とて暁のアジトにいるから良いようなもので、そうでなければ全員が増援部隊に殺されていたかも知れないと思うほどの怪我だった。





「行くとしてもしばらくは無理だよ。」




 寝台の上でぐったりとしている水月がにぼやく。





「ふぅん。」

「ひとまず、休まないとな。」





 香燐も膝を抱えてため息一つ。重吾は眠っているのか目を閉じていた。サスケも少し休もうかと思ったが、が己の目を突然水色に変えたため、サスケは扉の方を見やる。





「誰だ?」

「なんか、変な箱の中に入った、赤い髪の人。ちっさい。」

「…?」






 なんという表現の仕方なのだろう。正直さっぱり分からず、疲れてぐったりしていた香燐が怒鳴る気力もなく視線だけでに突っ込む。

 しばらくすると扉の辺りに気配が現れ、扉が独りでに開いた。





「邪魔するぞ。」






 そう言って入ってきたのは、ヒルコという傀儡に入った小柄な男だ。暁の装束を着ている。





「だぁれ?」





 はサスケを盾にするようにして、尋ねた。





「…サソリ。」





 サスケはに素っ気なく名前だけを答える。

 彼はの両親である蒼雪と斎の幼なじみであり、よく炎一族にも訪れていた砂隠れの忍だった。そのためサスケとも、もちろんとも面識があり、幼い頃人見知りだったが懐いていたのは、サソリとサスケの兄であるイタチだけだった。今では暁のメンバーの一人で、サスケがを殺したとき、を蘇らせる方法をサスケに教えた人物でもある。





「小姫の怪我は?」





 サソリは傀儡のヒルコから出てきて、淡々と尋ねる。

 それに水月を初め、香燐も眉を寄せた。正直着物姿で今となっては痕ぐらいしか傷が残っていないを心配して見に来るのに、満身創痍の状態の他の四人には全く興味はないらしい。




「…、痛いところはあるか?」





 サスケが尋ねるとは小首を傾げた。




「もう、ないよ。」




 目覚めた頃はやはり、サスケが刺した肩や草薙の剣で刺し貫かれた腹が痛むと言っていたが、今ではまったく体調は悪くないらしい。特にはチャクラも多く、回復が早い。今となってはこの間の戦いで死にかけたサスケの方が満身創痍である。




「そうか。」




 サソリは納得したのか、の前に立つ。

 身長という点では、とサソリはあまり変わらない。は覚えていないはずの彼の赤い髪に何やら親近感を覚えて手を伸ばした。撫でてみるとわしゃわしゃとなんだかたわしのような感触で、随分と固い。の紺色の髪と違って随分と太いようだ。





「おまえ、記憶忘れた割に本当に変わってねぇな。」





 初めてサソリがに会った時、彼女はまだ本当に小さな子どもで、同じようにサソリの頭をひっつかみ、わしゃわしゃと髪の毛の色と感触が面白いとなで回したものだった。とはいえ、当時のは小柄なサソリの腕にすっぽり収まるほど小さかったわけだが。




「何故来た。」




 サスケはサソリを睨み付ける。




「別におまえがをどうしようが、俺はこいつが生きてるならそれで良い。」




 サソリはサスケの視線にも肩を竦めて、を見やる。

 不思議な話で、サスケがを殺したはずだというのに、サスケは同時にに酷く執着しており、今では完璧にの庇護者気取りだ。もちろんここでサソリがに危害を加えれば、本気でサソリを殺しに来るだろう。

 兄であるイタチが常にの恋人ではあったが、おそらくサスケもまたに思いを寄せていたことを、サソリも何となく知っている。

 イタチはおそらく表立ってサスケが意思表示をしないから、黙殺していただけだ。




「小姫、おまえは忘れてるだろうがな。おまえは大事なものがあって、その人たちがいてくれるだけで良いと言った。」





 サソリは目の前のを見据える。




 ――――――――――わたしはナルトやイタチが大事で、彼らがいてくれるなら、それだけで良いもん





 彼女は前にサソリと戦った時、平和を問うたサソリにそう真っ正面から言って見せた。

 は幼い頃から体が弱く、屋敷の中でほとんどの時間を過ごしてきた。だからこそ、自分に優しくしてくれる、会いに来てくれるごく少数の人間を心から大切にし、大切に思ってきた。それは外の世界に出てからも、変わらなかったのだ。


 いろいろなものを見ても、結局が望むのは大切な人たちの平穏と、無事だ。


 その純粋な紺色の瞳は何も変わっていないが、その中にあった覚悟も、すべての記憶すらも今は失われている。それは一度死したからなのか、それとも別の理由があったのか、サソリにはわからない。誰にも分からないことだろう。

 それでも、一つだけ言わなければならないことがある。




「だから同時に、俺らにとっても、おまえが欠けてはならない。」





 が大切な人を大切だと思うように、誰かがいつもを大切に思っている。

 少なくともサソリは、幼なじみの娘であり、小さい頃から見てきたを大切に思い、サスケにを生き返らせる方法を教えたのだ。その心は、大切な人が傍にいてくれるだけで良いと言ったと何ら変わりない。

 はあまりにイタチを大切にするあまり、サスケを取り戻したいと自分を追い詰めるあまり、忘れたのだ。

 自分もまた誰かにとって大切な存在であると言うことを。




「わからなくても良いが、これが最後のチャンスだ。自分をくれぐれも大切にしろ。」





 サソリはそう言い捨てて、きびす返した。

 は言っていることが分からず、目をぱちくりさせる。だが、彼の言葉が勝手に心の中で反芻し、胸元でぎゅっと拳を握りしめて、俯いた。





「大事な、もの…。」





 口に出した途端に酷く心がざわついて、痛い。この痛みをどうして忘れていたのか分からなくなるほどに、悲しくて痛くてたまらない。

 サソリという彼は少なくとも記憶を忘れる前のを知っているのだろう。そして記憶を忘れる前のには大事な人がいて、その人たちがいてくれるだけで幸せだと思えるほどに、満たされていたのだ。死んでしまっても良いと思えるくらいに。

 自分がなくしてしまったものは、いったいなんなんだろう。

 大切なのは、命だったのか、それとも記憶だったのか。




、考えなくて良い。」




 突然、サスケの腕が後ろから伸びてきて、のしかかるようにを抱きしめる。




「何も考えなくて良い。そんな顔をするな。」




 サスケの温もりが自分の背中にあって、優しく甘い声が耳元で響く。

 それに押されるように現実に戻され、周りに目を向けると、一体自分はどんな顔をしていたのだろう。重吾や香燐、水月まで憐れむような、心配するような目でを見ていた。





「自分を追い詰めるな。」





 サスケの言葉が、の本質のすべてを示していた。















無我