目が覚めたらなんだか四角い場所に閉じ込められていた。
「お疲れ様。」
そっくりの顔をした男の人が、黒くて青白い顔をした少年の肩をぽんぽんと叩いてねぎらっている。
は起き上がろうとしたが、体が重くてゆっくりしか動かない。何か文字のようなものが足下一杯に広がっていて、それが悪いのだと言うことは分かったが、にはどうすることも出来なかった。
どうやら捕まえられてしまったらしい。
「イタチ、準備は良い?」
「はい。」
サスケと同じ赤い瞳を持っていた、夢の中に出てくるお兄さんが呼応するように頷くと、ふっとの周りを囲っていた四角い何かが消え、ふっと体も軽くなった。足下の文字もなくなり、いつも一緒にいる白炎の蝶も肩に戻ってくる。
「サスケの処に、」
戻らなくちゃ、と立ち上がろうとすると、後ろに赤い目のお兄さんがいた。
「逃がすわけにはいかない。」
辛そうに彼が言うのでは一瞬躊躇ったが、手を振り払おうと無意識に白炎を彼と自分の間で爆発させる。彼が怪我をしないようにと極力手の辺りだけに蝶に願ったが、彼の漆黒の髪が爆風に揺れただけで、なんの変化もなかった。
「え、」
は意味が分からず紺色の目を見開く。
記憶をなくしても、白炎が自分の味方である事をは知っていたし、サスケからも白炎は危険な力を持っているから、仲間の傍で使うためには慎重にならなければならないと注意されていた。何度か忍に襲われた時に使ったことがあるが、効果がなかったのは初めてで、どうしたら良いか分からず手が震えた。
「怖がらなくて良い。」
手が震えているのが分かったのだろう。彼はできる限り優しい声音を心がけるようにして言った。サスケにも似たその優しくて低い声に体から自然に力が抜ける。
「さぁて、娘よ。」
とそっくりの顔をした青年はにっと笑ってしゃがんで座り込んでいると目線を合わせ、うにっとの頬を引っ張る。
「いだだだだだだだいしゃいしゃい、」
「記憶がないとはいえね。怒りたいことが山盛りあるんだよ。今はこれで許してあげる。」
斎はため息をついて、娘のよく伸びる頬から手を離した。は涙のたまった瞳で痛む頬を押さえながら同じ色合いの瞳を見上げる。
「む、すめ?」
「うん。君は僕の実の娘。顔そっくりでしょ。」
ちょっと年の離れた兄妹か、年の随分近い父娘か、ひとまず何も覚えていないが見ても血のつながりは明らかなほど、彼と自分はそっくりだ。納得出来る部分が多すぎて、は頬を押さえてこくこくと頷くしかなかった。
ある意味が意見はどんな説明よりも如実に事実を示す。
「まったく、みんなに迷惑ばっかりかけて挙げ句の果て全部すっかり忘れちゃいました?都合が良すぎるよ。」
斎はいつもと変わらずの頭を軽くこづいて立ち上がる。知らない人からの所業には泣きそうだったが、ふざけたようなあっさりとした斎の悪態に泣く機会を失い呆然とする。
だが、突然突進するように桃色の髪の少女に抱きしめられた。
「…良かったっ!!」
掠れた泣き声が耳の傍で響く。
縋るように強く背中に手を回され息が詰まるようだったが、その腕が震えているのに気づいては目を丸くした。温かくて柔らかいからだと、優しい匂いがを包み込む。
「どれ、どれだけ、心配したかっ、馬鹿、の馬鹿!」
ぽたぽたとの首筋に熱い雫がこぼれ落ちてくる。桃色の髪の少女はを抱きしめながら震えて、泣いていた。
「サクラ、」
サイがとサクラを見下ろしながら、目じりを下げる。
「…ごめん、ごめんね、ぇ、」
「どうして、貴方は謝るの?」
泣きながら謝るサクラには全く意味が分からず、首を傾げた。
覚えていないにとって縋り付いて泣くじゃ来るサクラに対して思うのは、悲しさと哀れみだけだ。だが彼女がに対して抱く感情はそれだけではないのだろう。
「もっと、…もっと、わたしが、気づいてたら、あげられたら、」
ずっと3年間の傍にいて、と一緒に修行をしてきたサクラにとって、は大切な親友だった。
サクラの覚悟のなさやに頼ってばかりで思いやれなかったすべてが、を苦しめ、追い詰めていたのかも知れないと、サクラはがいなくなったと自分を責めた。死んだと聞いた時も、自分のせいだと思ったほどだ。
「サクラちゃん、行かなくちゃ。」
斎が優しくサクラに言って、とんと背中を軽く叩く。
「…はい。」
サクラはそっとから離れ、自分の目じりの涙を拭った。
「し、、サスケの処に戻らなくちゃ。」
意を決して、は斎に訴える。
「無理だよ。君は木の葉の里に連れて帰る。」
「で、でも、サスケ待ってろって言ったもん。」
サスケは後で行くと言っていた。いつもに待っていろと言っていたし、守ってくれると言ったのはサスケだ。だから戻らなければならない。
そう言うと、斎は酷く困ったような顔をして口を噤んだ。サクラやサイも目を伏せる。
「…サスケは記憶のないおまえを良いように利用していただけだ。」
の後ろにいた先ほどの、黒髪をうなじでとめた男が、の前に回って口を開く。
「そ、そんなことないよ!」
「何故そう言いきれる。」
彼はぐっとの腕を掴んで尋ねる。
「何も記憶のないおまえが、それを違うと言い切れるだけの事実はないはずだ。」
「そんなことない。サスケはちゃんとを迎えに来てくれたもん。守るって、言ってくれたもん。」
はふるふると首を横に振って彼の言葉を否定した。
少なくとも記憶の中にあるサスケはを川の傍まで迎えに来てくれた。怪我をしないようにいつも気にかけてくれたし、を何からも守ると約束してくれた。いつもの体調や怪我を心配してくれていたし、敵がいるときは隠れているように指示してくれた。
「そのサスケがおまえを殺したんだっ」
彼が声を荒げてに事実を突きつける。
「おまえはサスケに殺されて、一度死んだから、記憶がないんだ。」
自分の腕を掴んでいる彼の手に力が入っていて痛くて、は表情を歪める。だが、目の前の彼の方がずっと傷ついた、絶望したような表情でその事実を口にしていた。
意味が分からない。サスケが自分を殺したのならば、今自分はどうして生きているのだろうか。あの川はどこだったのか、説明がつかない。嘘だと思いたい心と酷い混乱、そしてどこかで彼の言うことに納得する心に整理がつかず、泣きそうになってぐっと唇を噛んだ時、彼を止めるように斎が彼の肩を叩いた。
「…イタチ、気持ちは分かるけど。」
言われて、イタチも自分が感情的になっていることに気づいたのだろう、はっとしてを見やり、怯えた目をしたにばつの悪そうな表情をして慌てて手を離す。
「話は、帰ってからにしよう。」
斎はイタチを慰めるように優しく笑う。
サクラも、イタチも酷く傷ついた顔をしている。それが自分のせいだと言うことをひしひしと感じながらも、記憶のないにはどうして良いのか分からず、ただ項垂れることしか出来なかった。
困惑