斎たちの班がを取り戻して里に戻ると、里はペインによってぼろぼろだった。
「…完全に斎さん、引っ張って行かれちゃいましたね。」
サイはイタチに思わず言う。
幸い死人は出なかったが暁のペインのせいで木の葉の里の半分の建物が全壊しており、避難所には大量の人、もちろん怪我人も多数で、火影の綱手は里の民の治療に全力を尽くしたせいか倒れて事態の処理を何も出来ず、結果的に本人は認めていないが火影候補の斎が任務から帰ってきた途端、即引っ張って行かれることとなった。
斎しか出来ない処理が山ほどあると言うことだ。
「…うちの家も吹っ飛んじゃったし。」
サクラはしょんぼりと項垂れる。
サクラの実家も一人暮らしをしていたアパートも、生憎ペインの攻撃で吹っ飛びすべて取り返しのつかない状態になっていた。仮設住宅の建設が急ピッチで進められているが、それでも家族連れが基本的には先に入ることになっているため、一人身のサクラが入れるのはいつになるか分からない。
「まぁ、僕の処も、同じく壊れちゃったしね。」
サイも小さくため息をつく。
大切なものは少なかったとは言え、自分の家が吹っ飛ぶというのは中々心許ないもので、任務から帰ったら平地になっていたなど、夢物語のような、想像もしたことのない話だった。
仕方なく二人は任務から帰ってきた昨日、一応記憶喪失のを病院に届けた後はすぐに避難所で寝ることになってしまった。
「ナルトが英雄になっていたのは、びっくりしたがな。」
昨日帰った時に聞いたが、なんとナルトがペインを倒したらしい。
里を守った英雄として洗礼を受けたとイタチも連絡を受けていた。今はばたばたしているが、が帰ってきたことは連絡してあるので、この病院にやってくるだろう。
「…」
は記憶がないため話しに混ざることも出来ず、ベッドの上で小さくなっている。
一応昨日帰ってきた途端、精密検査が行われたが、肩までになった紺色の髪といくつかの体の傷以外、に変わったことはないらしい。忙しい中シズネにも確認して貰ったが、悪いところは一応ないと言っていた。
「は大丈夫なんですか?」
サクラは心配でたまらないのか、検査結果をまだ知らされていないため、イタチに問う。
「もう今日から家に帰っても良いそうだ。」
記憶がない以外、なんら問題はないので、家に帰っても良いと言われた。
幸いイタチとが二人で暮らしていた家は火影岩に近かったこともありつぶれずにすんでいた。なので生活用品も残っている。だから一応今日の夕方に最後の検査結果が出てから、と共に自分のアパートに戻る予定だった。
それに怪我人がたくさんいる今の病院で、なんの問題もないが長い間入院するのは気が引ける。
「俺はちょっと斎先生に書類を渡してくる。その間を頼んでて良いか?」
イタチは少し困ったような顔をしながら、書類と思しき何枚もの紙を持っていた。
「あ、はい。もちろんですよ。」
サイは笑ってイタチに応じる。サクラも同じように頷いた。
「じゃあ、少し頼むぞ。」
イタチは言って、病室から出て行く。
避難所にいてよく眠れなかったサクラは小さな欠伸をかみ殺しながら、の方を振り返った。サスケと離れたせいか、は酷く不安そうな顔をしている。
どうやら記憶をなくして最初に見たのがサスケだったせいで、サスケを随分と信用していたらしい。
そして自分が一度死んだことも、それ以前のことも何も覚えておらず、シズネの診断結果はサクラも知らないが、おそらく記憶もいつ戻るか分からないのだろう。記憶とは難しいもので無理矢理戻しても良いことが無い。へたをすれば心を壊す危険性もあるので、はこのまましばらく様子を見ることになる。
「…あの、」
がこわごわとサクラに声をかける。
「ん?」
「あの人、だぁれ?」
「あの人?」
「サスケと同じ目の、今の、」
イタチのことだろう。は何も覚えていないから、イタチのことも覚えていないのだ。サクラはそれを理解して目じりを下げた。
「あの人はうちはイタチ。サスケ君のお兄さんで、」
それ以上言うのが躊躇われて、サクラは言葉を続けることが出来なかった。
昨晩からイタチはと一緒にこの病院に泊まり込んでいたはずだ。なのに、彼が自己紹介をにしなかったと言うことは、自分がの恋人だったと自分では言いがたかったのだろう。また、を殺したサスケの兄でもある。
真面目なイタチは、責任を感じているのかも知れない。
だが、思いあっていた、とても仲が良かった二人を間近で見ていたサクラとしては、イタチがからわざわざ離れていこうとしているようで、酷く歯がゆかった。
「姫の、恋人だよ。」
サクラの葛藤とは裏腹に、サイはあっさりと口を開く。
「サイ!」
「サクラ、こういうことはきっとはっきり言っておいた方が良いんだと僕は思うよ。」
は今真実を知りたいからこそ、尋ねているのだ。ならばサイやサクラは自分たちの知っている真実をに伝えた方が良い。記憶を忘れていたとしても、はなのだから。
「こい、びと?」
「そう、婚約もしていたし、僕の目から見ても二人はすっごくお似合いで、仲も良かった。」
サイはに笑って素直な感想を答える。
恋愛ごとはおろか、人とのつきあいにも自信のない、何も分からないサイから見ても、とイタチは理想的なカップルで、年の差はあれど仲も良く、誰もその間には入れないほどに思いあっていた。二人が目立った喧嘩をしたことなど見たことがない。
たまにすねたりすることはあっても、二人は本当に仲が良かった。
「…イタチさんとは、幼なじみだったの。」
サクラも一つため息をついて、諦めたように話す。
「イタチさんはのお父さんの斎さんの弟子でね、が2歳くらいの頃から屋敷に出入りしてたから、仲良しだったんだって。」
その頃は恋愛云々ではなかったとは思うが、面倒見の良いイタチはよくの世話をしていたし、もイタチに懐いていたと聞いたことがある。
サスケが昔“兄貴はロリコンだった”と言っていた。
とイタチの年の差は6つ。特にイタチは既に10歳の頃にはが好きだという自覚があったそうだったから、サスケの主張も分からない物では無い。
「覚えていないかも知れないけど、はイタチさんが大好きだったの。」
だからきっと、は自分を追い詰めたのだろう。
イタチのことが大切で大切でたまらなくて、彼が傷つく姿を見るくらいなら、自分が傷ついた方が良いと思ってしまった。それがイタチを何よりも傷つけると忘れてしまった。
「なんで、、そんな大切な人のこと、忘れちゃったの?」
は自分を責めるように膝を抱えて、自分に問うように尋ねる。
「…記憶をなくすのは、偶発的なものだから。貴方のせいじゃないわ。」
サクラはそういってそっとの頭を撫でた。
記憶をなくす前、サスケと相対する前のは確かに思い詰めていて、辛くて悲しくて、忘れたいと思っていたとしてもおかしくはない。でも、それがすべてではないのかも知れない。
「は記憶を思い出したい?」
サクラは恐る恐るに尋ねる。はいつもと変わらない紺色の瞳で丸くサクラを映して、戸惑うように水の膜の張った瞳を揺らめかせた。
「…わかんない。」
は素直な気持ちを答えていた。
思い出したいと思う気持ちがないわけではないが、まだ怖さが勝っていた。川にいた時も、怖くて怖くて戻りたくなかった。何が怖いのか、何を恐れているのか覚えていないというのに、は怖くてたまらないのだ。
守ると言ってくれたサスケと離れて、または恐怖と戦うことになった。
そして、イタチの言ったサスケが自分を殺したという言葉が、の心の中で過去を思い出す事への恐怖をかき立てていた。
「…怖いよ。」
誰を信じたら良いのか、何を信じたら良いのか、そしてこれほどに怖い過去を思い出した方が良いのか、そうすべきなのか。
まだ恐ろしくて、勇気が出なくて、は思い出したいと言うことは出来なかった。
動揺