何も覚えていないというは、何やらしょんぼりとしてお茶を飲んでいた。
漆黒に小花の散らされた着物に赤い帯。そして最後に見た時と違って彼女の紺色の髪は肩を覆うくらいになっていた。不思議そうに来訪者であるナルト、サクラ、そしてサイを見たの目には懐かしさはなく、戸惑いだけがそこにある。
仕方ないだろう。彼女は全く何も覚えていないのだ。
「良かったってばよ。」
ナルトはイタチの家の扉を開いたままの状態で、崩れ落ちるようにへなへなと座り込んだ。
情けない話だが、が死んだと聞いたとき衝撃を受けたのはナルトも、サクラも同じだ。同期で初めての死であり、同じ班だったが同じ班であったサスケに殺されたと聞いた時のショックは、同期皆が同じだったが、もちろん同じ班だったナルトとサクラが一番大きかった。
特にナルトはがチャクラが多く、人柱力の自分と似たところがあると分かった後は、特別な親近感も感じていた。記憶をなくしたとは言えの無事な姿を見ることが出来て安心するのは当然だった。
「なんか、普通ですね。」
サイはさらりと言ったが、イタチは苦笑する。
捕らえられたときのは随分と戸惑っていたが、今は怖がっている風もなく、警戒しているわけでもない。何やら怒られた子どものような表情で項垂れていた。やはりイタチと話しをして少し考えが変わったようだ。
「まったく何も覚えていないがな。」
イタチは苦笑して、サイに返した。
写真を見たり、昔の思い出を話したりはしたが、それでもが記憶を取り戻すことはない。イタチはにも術をかけることが出来るため、無理矢理写輪眼の幻術での記憶を戻すことが出来ないのかと斎が強硬なことをシズネに言ったが、記憶をなくすというのは自己防衛的な部分も大きく、心が壊れる可能性もあるからやめろと言われた。
要するに自然に記憶が戻るのを待つと言うことだ。
もちろん歯がゆい思いはあるが、それでもが戻ってきただけでも、イタチはよしとすることに心に決めていた。
「相変わらず狭い部屋で悪いな。」
「そんな、僕たちの家なんて、壊れちゃったんですから。」
サイはイタチの言葉に首を振った。
イタチは結局宿をなくしてしまったサイ、ナルト、そしてサクラに自分の家を提供することになった。
ペインの一件で木の葉は壊滅的な被害を受け、人的被害はほとんどなかったが、それでも家屋はほぼ全壊で、現在仮設住宅の建設が進んでいるが、数はまだ限られている。多くの人が緊急避難所で集団生活を強いられており、友人の家でも身を寄せられるサイやサクラ、ナルトはまだましな方だった。
ちなみに現在里から離れており、被害を受けなかった炎一族邸は怪我人の避難所となっている。
「イタチの兄ちゃん、サスケと会ったのか?」
ナルトは安堵から立ち直って立ち上がり、靴を脱ぎながらイタチに問う。
「あぁ、逃げられたけどな。斎先生がいたとは言え、相手は干柿鬼鮫とサソリ、あとサスケ以外にまだ3人いたからな。」
イタチは苦笑して、お茶の用意をすべく電気ケトルのボタンを押した。
今回の奪還の任務はサイ、サクラ、イタチのスリーマンセルだったが、後から斎が来た。もちろんそのせいで里を襲ったペインに対応できなかったのは大きな誤算だったわけだが、ナルトがペインを倒したので結果オーライという処だろう。
暁としても、を助けるためにイタチと斎が里を出るのは予想済みだったのだろう。そういう点では綱手の作戦ミスだとも言えた。
「いや、それで連れ帰れたのがすごいってばよ。」
捕獲というのが存外難しいことを、ナルトも知っている。
その中でに怪我をさせずに連れて帰り、全員が生きて帰ってきたのだから、すごい。というか、暁のアジトに忍び込むことが出来たこと自体が、彼の基礎能力の高さを物語っていた。
「結局の傷は」
「シズネさんにも見て貰ったが、記憶がない以外は怪我もないそうだ。ただ腹と肩に大きな傷痕があるらしい。」
昨日の夕方、の精密検査を含めての結果が出た。イタチは心配するサクラを宥めるように言いながらも、表情を歪めた。
「それが、致命傷だったって事ですか。」
「もちろんそれだけではないだろうが、雷遁の形跡もあるらしくてな。おそらくは。」
サクラの質問に淡々と答えはしたが、それはが一度死んでいることを示している。イタチの表情はやりきれなかった。
シズネの診察の時に分かったことだったが、は肩と腹に傷があり、肩の傷の方は間違いなく雷遁が通された形跡があったそうだ。サスケがを手にかけた証拠でもあり、出来ればそのことを信じたくなかったイタチにとっては事実を突きつけるものに他ならなかった。
やはりサスケがを憎み、殺したのだ。
「…そうですか。」
サクラは強い口調でぐっと拳を握ってそう言ってから、困ったような表情をしているを見る。
何も覚えていないというの肩には相変わらず白い炎の蝶がいて、頼りなげに鱗粉を散らして揺れている。
「は、しばらくイタチ兄ちゃんの預かり?」
ナルトは少し不安そうにを見てから、イタチに尋ねる。
「あぁ。の白炎をどうにか出来るのは俺だけだし、それにサスケの元に帰りたがってるからな。」
本当ならを両親の元に戻したいところなのだが、生憎父親である斎は火影である綱手が倒れたために火影代行として紛糾する里の仕事のすべてを取り仕切っている。また暁のことでもうすぐ五影会談が行われることになり、綱手が倒れている今すぐに次の火影を選定する必要があった。
斎はその実力があるが、元々火影の地位を明確に拒否しているため、誰になるのかはイタチですらもわからない。
また飃の樒の件を見て分かるとおり、暁は神の系譜を集めている節もあり、現在の神の系譜を調査するためにの母である蒼雪も不在だった。
どちらにしてもの血継限界である白炎は他人のチャクラを直接焼くため、に基本的に忍術は効かない。イタチはの鳳凰を持っているために術をかけられる唯一の存在であり、恋人だからと言う理由だけでなく、の見張りに立てられるのは当然だった。
「おまえ、なんでサスケのとこに帰りたいんだってばよ。」
ナルトはの前に座って、正面からに尋ねる。
「だ、だって、サスケが迎えに来てくれたし、」
は言葉に詰まりながらも、おずおずと口にした。
「迎えに?」
「うん。川の傍まで迎えに来てくれたの。、なんか怖くて帰りたくなかったんだけど、守るから、帰ろうって言ってくれたの。」
には既に記憶はなかったから、サスケの言うことしか信じる物は無かった。
「だから、は、」
記憶が何もなくて、帰る場所もよく分からなかった。戻るのも怖くて、どうしたら良いか分からなかったに手をさしのべてくれたのは彼だった。彼はの帰る場所は別にあるけれど、そこに行くまでは守ってくれると言っていたから、その言葉を信じていたのだ。
―――――――――――――そのために、を殺したのか。
イタチは、サスケにそう問うていた。
彼を心から信じて、疑っていなかった。彼が自分を利用する意味なんてよく分からなかったし、彼しかいなかったからどうすることも出来なかった。サスケを疑ったことなど、一度たりともなかった。
「どうして、サスケはを、殺したの?」
そして、どうして彼は殺したを川の側まで迎えに来たのだろう。守ると言ったのだろう。
「…のこと、嫌いだったの?」
は俯いて、ナルトに問う。
その問いに、ナルトはおろか、誰も答えを持っていなかった。それが何よりものことを傷つけると知っていたから、何も言えなかった。
不信