ダンゾウが大名によって火影に選出され、五影会談に出発した途端、里では上忍会、そして暗部それぞれで話し合いが行われた結果、の父である斎に詰め寄るという結論に至った。里の忍の中でも上忍、そして英雄となったナルトやシカマルも集まり、火影の執務室で不在のダンゾウの代わりに雑務をする斎の元に直談判に訪れていた。

 それにが連れてこられたのは、暗部の意見を代弁するためにイタチもの場に行くことになったからだった。




「俺は、斎様を火影に推挙する。」





 シカマルの父であるシカクは、はっきりと斎の前でそう口にする。

 執務室に詰めかけたのは、要職に就いている忍のほぼすべてで、斎はため息一つついて、ひらひらと手だけで拒否の気持ちを伝えるが、それを今回簡単に受け入れるほどの余裕は全員になかった。

 既に自来也も亡くなっており、カカシも若すぎる。





「・・・俺たち、暗部も同じ気持ちです。」






 イタチと後ろに控える暗部達も皆、一様に同じく斎に期待の眼差しを向ける。

 斎が作った暗部の統率期間“樹”のメンバーたちも全員一致で斎を推薦した。もちろん暗部にはダンゾウ率いる“根”があるが、サイを初め“根”の何人かも斎が火影となることを望んでいた。人道に反したやり方に嫌気の刺した人間は、多くいるのだ。

 全員の視線が斎に集まっている。上忍全員が話し合った末に出した結論は、ダンゾウではなく斎を推薦し、それを上忍会、暗部すべての総意とすることだった。従う人間は、里の忍が決める。多数決の原理を利用する気だ。

 カカシではまだ若すぎる。適齢期で、侮られることなく、誰もが納得できる人物は斎をおいてほかにはない。大名達も斎の予言の力に頼り切っているため、反論は絶対に出ないだろう。ダンゾウに従うよりも、全員にとってその選択は簡単なものだった。

 もちろん、斎が納得すれば、の話だ。




「望まれるのは、嬉しいけど、ならないって前にも言ったはずだよ。」






 斎は珍しく真顔で、全員の顔をそれぞれ順番に見渡す。





「それに、炎一族の婿である僕がつくのは、都合が悪いんじゃないのかな。」






 炎一族は木の葉においてかなりの勢力を持つ一族ではあるが、それでも初代の頃から木の葉についてきたのではない。うちは一族のように警戒されなかったのは、今までは里から遠い山の上にすんでいたからで、現在のように木の葉の忍として働くものが増えたのはここ20年ほどの話だ。

 あらかじめ関わりを持つものが、火影の座につくべきではないと逃れようとした斎だったが、ヒナタの父であるヒアシは手を上げて口を開く。





「我ら一族は斎様を認めている。炎一族の婿とはいえ、斎様は長らく里に仕えた蒼一族の人間。ましてや炎一族宗主である蒼雪様も娘の姫も里に仕える忍。なんら問題はありません。」





 すでに斎以外に生き残りはいないが、斎の家である蒼一族は元々、二代目火影の妻の一族であり、火影達とも縁戚関係にある。里の中枢を担った重要な一族の一員が火影になることに、木の葉の里きっての大きな一族を率いるヒアシも異存がなかった。

 それに、全員が、斎のその言葉が火影につかないためのただの言い訳であることを理解している。





「…、困ったな。」






 執務室の机に頬杖をついて、斎は詰め寄っている面々を見つめる。





「斎さん!いい加減逃げ回るなってばよ!!」





 ナルトは机をばんっと叩いて決断を迫る。





「イタチ、火影って?」





 記憶をなくしているは皆の言っていることが分からず、イタチを見上げる。





「里で一番偉くて、認められた忍のことだ。それに俺たちはおまえの父親の斎先生を推薦してる。」





 五影会談が行われるために、ダンゾウが里を離れた今、決断を急がなければ五影会談で勝手な意見を述べられる可能性もある。

 そのために全員が斎に決断を迫っているのだ。





「斎さん、貴方以外に適任者はいないんですよ。」






 カカシも冷静に斎に言う。

 カカシにとっても斎は暗部時代の先輩であり、また四代目火影の弟子であるカカシにとって、四代目火影の右腕だった彼は、四代目亡き後は慕わしい存在だった。また、彼の娘のはカカシの弟子でもある。





「そんな、取捨選択みたいなのでなりたくないよ…」





 斎は大きなため息をついて、執務室の椅子にもたれかかる。重々しい沈黙の中に、椅子のぎしっという音が響き渡る。




「いい加減にしろってばよ!!」

「そんなぁ、そう言うならナルトがなってよ。」






 斎はぶすっとした顔で、力なくぼそりと呟く。





「俺じゃ力不足だってばよ!あんたが実力的にもみんなから認められてる。尊敬されてる、だから、望まれてるんだってばよ!!」




 里で一番認められた忍が、火影になる。それは大名が決めるのではない。

 斎は珍しくばつの悪そうな表情を隠そうとせず視線をそらした。賢い彼には適任者が自分以外いないことも、このまま行けばダンゾウが里長になってしまうことも理解している。

 それでも自分の信念があり、なりたくないから悩むのだ。






「僕はね、目の前のものが大事なんだよ。僕は前戦で戦う人でありたいんだ。死ねと命じる人間になりたくない。」






 里長は簡単に死んではならない。死地に自分の大切な部下たちを向かわせなければならない。個人を重んじて仲間や弟子を何よりも大切にしている斎にとって、自分が死地に赴くことが出来ない立場になることは、苦行以外のなんでもなかった。

 だからこそ、斎は長らく望まれながらも、その地位を拒んできたのだ。





「…誰だって嫌だよ。そんなの。」





 はよく分からないので黙っていたが、ふと口を開く。

 確かに里長になれば、他人に死ねと命じなければならなくなるのかも知れない。そんな役目を担うことはきっと簡単ではない。誰がなったとしてもきっと辛いだろう。





「でも、どうせ、死ねって言われるなら、納得出来る人に言われたいよ。」





 斎のことを誰もが望んでいるのは、彼に言われたらきっと納得していけるからだ。

 きっと前戦に赴く人も、命じる人もきっととても悲しいだろう。それならせめて、認めている人の、尊敬している人の役に立って死にたいと思うのは、当然だ。

 彼らにとって長を選ぶことは、生き方を選ぶことでもあるのだ。





姫の言うとおりです。俺たちは貴方に従うことに、後悔はありません。」






 シカクは斎をまっすぐ見つめる。皆同じように一途な、まっすぐな視線を彼に向けている。





「特にダンゾウが火影になれば、私達への扱いは非常に厳しいものとなるでしょう。」





 日向のヒアシは、息を吐いて言う。

 タカ派のダンゾウでは、里のために人道を無視したやり方を推し進めるだろう。それは今まで守り続けてきた伝統や暖かい空気を無視することになる。

 また、里を人道より重視すれば希少な能力を持つ人柱力や、神の系譜である炎一族、血継限界を持つ日向一族の人間は道具でしかない。今までと違った強硬手段に出るかも知れない。それは同時に斎の大切なものを危険にさらすことになる。





「…火影、か。」





 斎はきぃっと音を立てて、くるりと椅子をまわす。

 そこには窓があり、眼下には再建が進みつつある木の葉の里を一望することが出来る。火影の執務室は木の葉を見下ろす高台の塔にあるのだ。





 ―――――――――――――オレたちは、兄弟だろう?





 そう言ったのは、斎の兄弟子だったミナトだった。

 12歳を過ぎ、ちょうど大戦中に両親を相次いで亡くし、一人っ子であった上に蒼一族が大戦中に次々と殺されたこともあって一人になり、流石に落ち込んでいた斎を慰めるために、ミナトが言った言葉だった。

 確かに血のつながりはあったが所詮遠縁で、兄弟ほど近しい物では無かった。

 それでもいつもミナトは斎の近くにいたし、大切にしてくれた。多くの死闘を一緒に戦い抜いてきたし、幼い頃から誰よりも近くで、火影を目指すミナトを見てきたからこそ、いい加減で適当な自分が火影になるべきではないとすら思ってきた。

 斎には火影になろうとする強い意志も、理想も何もなかったのだから。





「わかったよ。」







 斎が仕方なく頷けば、シカクは深く頭を下げて外に出ていった。おそらく大名に連絡し、委任状をもぎ取ってくるつもりなのだろう。

 執務も誰かに任し、委任状を持ってすぐに五影会談に出なければならない。





「面倒臭いなぁ。」





 そんな斎の呟きを、全員が黙殺した。











飛翔