がサクラによって同期が沢山集まっている焼き肉屋に連れてこられたのは、父親である斎が火影就任を認めたその日だった。





「おばちゃん、バラ肉二人前追加!」





 チョウジが高らかに声を上げて肉を頼む。いのやシカマルもそれを呆れながらも止めなかった。

 臨時の仮設住宅の肉屋は何とか営業しているが、今日は完全に貸し切り状態とかし、全員が知り合いのようだ。はイタチに押し出され、サクラに引っ張られるままにここに来たのだが、正直記憶がないので全員が知らない人の勢いで、どうしたら良いのか分からず、最初に出された水をちみちみ飲むことになった。





、何頼む?」





 なのに、サクラは当たり前のようにの隣に座り、メニューを眺めて尋ねてくる。





「え、えっと。」

「まだ決まってないの?あんたいつも遅いわね。私と一緒で良い?もしくは違うの頼んで半分こしようか。」

「え、う。」

「え、あ、じゃあ半分こ?わかったわ。おばさーん!」 





 の中途半端な意見を受けて、サクラはあっさりと頷いて店員のおばさんを呼び、適当に頼んでいく。それを横目にしながら、または出された水をすすった。はサクラのことを覚えていないのに、サクラはの性格を熟知している。

 当たり前のようにさらさらとものを決められ驚きはするが、何となく楽で悪い気はしなかった。





「なんか、全然変わってないじゃない。」 





 いのもの記憶がないという話はサクラから聞いているが、見る限り全く変わっていないため、安心したように息を吐いた。






「死んだって聞いた時びびったんだからね。」

「え、えっと、」

「そうだぜ。まさかって思ったぜ、おまえ同期で一番強かったのに。」

「だな。キバも涙目になっていた。」

「おまえだってグラサンの下で泣いてたんだろ、シノ。」






 キバとシノが漫才のようなやりとりをするのを聞きながら、は目をぱちくりさせる。

 イタチから聞いた話では、は忍として任務に出た後、サスケと戦い殺されたらしい。一度は死の訃報が里に広がった後、生存が確認され、記憶もすっかり忘れてサスケに利用されていた、と言うのが現在里の中では通説だそうだ。

 おかげで可哀想にという哀れみの目を向けられることはあったが、怒られることはなかった。

 イタチの恋人だと聞いたときは戸惑いもあったし驚いたが、彼は非常に礼儀正しく、が覚えていないと分かるとちゃんと距離をとって接してくれていた。ベッドも一つしかなかったので驚いたが、彼はわざわざベッドの下に布団をしいて眠ってくれていた。





「それにしてもちゃんが無事で、本当に良かったよ。」





 ヒナタはの向かい側の席へとやってきて、目を細めて笑う。





「髪の毛、切っちゃったんだね。」






 言われて、は自分の髪を撫でた。

 確かにイタチの部屋にあった写真の中の自分の髪は軽く腰辺りまであったが、今は肩で切り揃えられている。 どうして髪が短くなったのかは知らないし、記憶がないので長かった時の事も覚えていない。





「あ、いや、綺麗な髪だったから、もったいないなって思っただけなの。」






 困った顔をしていたのか、ヒナタは慌てたようにに言う。




「あ、うん。…でもわたし長い髪の時、覚えてないから。」





 が目を伏せると、ヒナタもつられるように口を噤んだ。

 記憶がないにとって、同期も優しくしてくれるサクラも、少しなれなれしい知らない人でしかないので、どうやって対応すれば良いのか分からないと言うのが、の本音だった。

 いつも悲しそうな顔をしているイタチを見ると酷く心が痛んで思い出せたら良いのになと思うことはあるけれど、今心を占めるのは大きな不安ばかりで、記憶がないと言うことを考えるよりも、すべてが分からない木の葉の里で不安に思うことが多い。

 特にイタチがいなくなってしまうとわかることは本当に少しで、買い物一つが不安だった。

 そういう点ではが記憶をなくしてからサスケについて行っていたのはただ単に彼に最初に会ったからで、面倒見が良かったというのもあるのだろう。





「あ、あのね、ちゃん。」




 ヒナタは黙り込んでいたが、意を決したようにに手を突然握り、にまっすぐな目を向ける。





「記憶がないとわからないことが沢山あると思うし、不安な事もあると思うの。だから、どんな小さな事でも良いから、なんでも言って、遠慮とかしなくて良いから、どんなことでも良いから、」





 必死の形相で言われて、は目を瞬く。だがヒナタは本気のようで、何度も同じことを言いつのった。





「私達は、絶対にちゃんのことを鬱陶しいとか、何も思わない。だから、絶対に、何かある時は、どこかに行く時は、絶対に言うって約束して。」





 が死んだと聞いた時、ヒナタはに最後に声をかけなかったことに後悔した。

 全員がそうだ。

 彼女はきっと傷つくことが沢山あっただろう。思うことも沢山あっただろう。でも、誰もがそれをしなかった。本気で彼女の心根を聞いたことが無かった。何に悲しみを覚えていたのかすらも、推測でしかなかったのだ。

 本音を聞こうとしなかったこと、笑っている彼女の笑顔を壊したくなくて、彼女の強がりを認め続けて彼女を追い詰めたことを、後悔した。

 だから、





ちゃんの、力になりたいの。いつだって、ちゃんを助けたいって思ってる」





 迷惑をかけてしまうからとは困ったように笑って助けを求めなかった。でも、結局は耐えられなくて、記憶もなくしてどこかに行ってしまった。彼女が死ななかったのは、彼女を暁から取り返すことが出来たのは、本当に偶然だ。運が良かっただけだ。

 ヒナタは二度と、その過ちを繰り返したくなかったし、今度こそ心からいつもの力になりたいと思っていた。






「不安に思うことは、言ってくれれば良いから。」






 必死の形相で言いつのるヒナタのただならぬ様子にはたじろぐが、の隣に座っていたサクラがメニューを音を立てておいた。


 ぴたりと全員の動作が止まる。






「あのね、。わたし、が何も覚えてなくても貴方のこと親友だって思ってる。」







 サクラはの方も向かず、メニューの表紙に目を向けたまま、淡々と言う。





「だから二度と貴方を一人でどこかへ行かせたりしない。一人で戦わせたりしない。」





 それはサクラの中の“決断”でもあった。

 今までサクラはサスケのかつての姿が忘れられず、心のどこかで覚悟が決められなかった。だからこそ、昔もとナルトに縋り、一緒に行くこともせずに泣くことしか出来なかった。それがある意味でナルトとを傷つけていたのだ。


 が一人で行かなければならないと、自分を追い詰めたのだと思う。

 いつもそうだ。表向きにはサクラは強く見せているし、確かにに文句を言ってくる人の制裁に乗り出したりしている。もサクラを頼っているそぶりを見せているが、本当はは彼らに何を言われてもぐっと我慢する強さを持っているし、本当はサクラより実力的にもずっと強い。

 サクラはよりずっと弱い。

 それを認めるのが嫌で、いつもいつもを助けてやりたいと思いながらも、サクラは逃げていたのだ。そしてもそんなサクラを知っているから、頼らなかった。一人で行ってしまった。





「私は、後悔したのよ。だから。」





 サクラの師である綱手はいつも言う。

 反省はしろ。後悔はするな。もしも本当に後悔があるのならば、これからは後悔をせずに済むようにすべてのことに全力を尽くせと。





「だから。」






 サクラは、とナルトを大切に思うが故に、心に決めた覚悟があった。






決意