肉屋での食事会の帰り、イタチは忙しいだろうにを迎えに来た。
「楽しかったか?」
「…う、うん。まぁ、」
皆の記憶がないと言うことで、気を遣ってくれていたようだ。それに、驚くほど何度も、全員から切羽詰まった形相で、「何かあったらすぐに小さいことでも構わないから言ってくれ。」と言葉は違ったが言われた。
一体記憶がある自分は何をしたのだろうと疑問に思うほどだった。
「みんな、わたしのことを心配してくれてるんだね。」
分からない話も沢山あったが、総じてそういうことなのだろうと思う。
彼らはを心から心配して、記憶がないまま木の葉にいるを助けたいと思ってくれているのだろう。木の葉にいることに戸惑いばかり覚えていたが、少しだけ心強いと思った。
ペインに家がやられてしまったためか、街灯一つなく帰り道はとても暗い。自分の家まで続く帰り道をイタチとはぺたぺたと歩いた。
サクラとサイ、そしてナルトの家がペインの一件でつぶれたこともあり、しばらくイタチとは二人と一緒の家に住んでいたが、今日はサクラは肉屋での食事会の後から病院で夜勤、サイはまだ仕事が残っているため帰ることが出来ないという。
とはいえ、ナルトが首を長くして待っているだろう。
「ここの人たちが、わたしのことを本当に大切に思ってくれてるのは、わかったよ。」
は小さな笑みを浮かべる。
サクラやナルトたちも、そして目の前にいるイタチも、自分の父親だという斎も、本当に心から自分のことを大切に思い、助けたいと思ってくれていると、たった数日でも分かった。
を見て無事で良かったと泣き崩れた人、良かったと記憶をなくしていると知っていても、堪えきれずにを抱きしめる人、怪我はないかと慌てた様子で確認してくれる人。ほとんどの人がを心から心配してくれた。
記憶がないのが申し訳なくなるほど、彼らはに優しかった。
「おまえはまだ、サスケの処に帰りたいか?」
イタチは少し不安そうな声音で、に問うた。
明日忙しい斎が時間をとって、きちんと今までの経緯をもう一度証拠と共に説明してくれると言っていたが、ひとまず里の中で聞いた話として、がこの里で生まれ育ち、そして一人でサスケと相対してサスケに殺され、記憶を失ったと言うことは本当のことのようだった。
いろいろと複雑な所以はあるが、今サスケが暁に所属し、協力していることも真実。
「…わかんない。」
はそう素直な気持ちをイタチに返していた。
どうしてサスケはに守るなんて言ったのだろうか。行きたい場所があるなんて言ったのか、直接聞きたいことが沢山あって、酷いことをしていると言われれば言われるほど、よくわからなくなった。
「サスケは本当に酷い人なの?」
「…少なくとも、おまえを殺した人間だ。」
「でも、覚えてないんだもん。」
には、殺されたときの記憶がない。
一度死んだ時のことを思い出せば、はもっと簡単にサスケを嫌いだと言えるのかも知れない。でも、今のの中にあるのは、が目を覚ましてからずっと一緒にいた優しいサスケだけだ。サスケに酷いことをされた記憶はなくて、思い出す彼はいつもの怪我を気にしてくれた。
だから、わからない。
「明日、斎先生が五影会談に行く。そこで雷影がサスケ殺害の陳述をするつもりらしい。」
「・・さ、サスケを?」
「この間捕らえられた八尾は、雷影の弟だったそうだ。」
イタチはできる限り淡々とに事実を話していく。
今の雲隠れの里は軍事拡大で有名であり、他里との争いも多いがその反面雷影は非常に情に厚い人物で、弟を心から可愛がっていたという。兄弟の武勇が他里にも響き渡っていたほどだ。
もサスケといたので、八尾が捕らえられた時の事は知っている。
「どうして、暁はその、尾獣?を集めてるの?」
サスケから尾獣を捕らえると言う話は聞いていた。
はてっきり尾獣というのは尻尾のある大きな化け物だと聞いていたのだが、実際にその尾獣を持っている人物は人柱力と言われる人間だった。その人間をどうして捕まえるのか、はサスケが言うことだからと疑問にも思わず、ただ自分たちを襲ってくる敵なんだろう程度に思っていた。
しかも、やはりがサスケに言ったとおり、八尾は足を一本残したまま逃げており、失敗したとサスケたちは言っていた。
「…わからない。尾獣を人柱力から抜くらしい。」
「尾獣って、お化けなんでしょう?駄目なの?」
「人柱力は尾獣を抜かれると死んでしまう。」
「じゃ、じゃあ、八尾も?」
「あぁ、死んでいるだろうな。」
イタチは小さく息を吐く。
雷影は弟の誘拐事件と言っているらしいが、少なくとも風影の我愛羅が尾獣を抜かれた一件を考えれば、既に彼の弟は死んでいると考えるのが妥当だ。人柱力は尾獣を抜かれれば死ぬ。尾獣を集めている暁は、少なくとも何人もの人柱力を殺していることになる。
「わ、わたし、たこさん見つけちゃって、サスケに言っちゃった…。」
サスケに八尾を探して欲しいと言われて、は確かに八尾を透先眼で探した。
そのお願いをなんの考えもなくあっさりと聞いてしまったことに、そして何よりも他人の大切な人間を捕まえ、殺すことに荷担してしまったことに今更気づいて、呆然とする。
「…大丈夫だ。おまえは記憶がない。それを責められることもないだろう。」
「でも。」
「。」
慌てるを落ち着けるように、イタチは少し強くの名前を呼ぶ。
「おまえはいろいろなことを自分のせいだと思いすぎだ。このことは斎先生がうまく話をつけてくれるだろう。だから大丈夫だ。」
「でも、一応、八尾を誘拐しようとするサスケに協力しちゃったわけだし。」
確かにが聞いたサスケの話では、八尾の捕獲には失敗したという。
ただ、それの手助けをしてしまったのは事実だし、雷影の大切な人に怪我をさせてしまったのは事実だ。は泣きそうになった。
「だから、サスケはおまえを利用したと言っているだろ?」
記憶をなくしたは尾獣の意味も、人柱力も、暁の意図も、そして何よりもサスケの狙いを知らなかったのだ。が持っていたのはただ、その力だけだ。サスケはが何も知らないことを承知で、に“お願いごと”をしたのだから、それが生み出した結果は決しての責任ではない。
「本当に、本当にサスケは、」
「もし信じられないなら、五影会談でのぼるサスケの暗殺計画を直接見るか?」
それを見たら流石に世界で、サスケがどう評価されているかにも理解できるだろう。五影が来る場であればそれなりの情報も集まる。他にも今のサスケの行動の情報も得られるはずだ。とはいえ、それが決してが望むものではないことは、イタチも知っている。
イタチとて認めたくない事実だ。
「…どのみち俺は明日から、斎先生の護衛で五影会談に出席するからな。」
斎は火影として、五影会談に出席しているダンゾウと交代することになった。
大名は斎が火影就任を承諾したことによって適任者が見つかったと諸手を挙げて、斎にその地位を託した。ダンゾウは連絡手段を遮断しているため直接斎が出向いて交代することになっている。
斎は当初護衛をつける気は全くなかったが、他の火影が二人ずつ護衛をつけると言っているのを聞いて、ダンゾウの事もあるため、イタチだけなら連れて行くと言った。そこにが一人いたとしても、別に問題はない。
元々会談が行われているのは鉄の国、侍が統べる中立の場所だ。忍術を使うこと自体が厳禁と言われている。
「…イタチは、サスケのお兄ちゃんだよね…」
誰かから聞いたのだろう、はイタチの手を取ってイタチを見上げる。
「悲しい…ね。」
小さな手の温もりを、イタチはそっと握り返す。
「あぁ、悲しいさ。」
自分が愛した人間を、大切にしていた弟に殺される。その気持ちは言葉で言い表せる物では無い。
どちらも自分にとって大切な人間であり、どちらも選べないほどに愛しくて、そしてだからこそ心から憎い。どうして良いか分からないのは、きっとイタチも同じだ。
それでも忍としてのイタチは既に覚悟を決めてしまっていた。
善悪