の怪我から、サスケがを手にかけたことは明確になった。またサスケが万華鏡写輪眼を使っていることからも親しいものを手にかけたことは間違いなく、結果的にサスケを今までのように無傷で取り戻すという方針を、見直さずにはいられなかった。
「はぁ、面倒臭い…」
斎は口から今日何度目とも分からない言葉を反芻する。
「しっかりしてください!」
シカクを叱咤するが、斎の背は丸まって全く伸びない。
大名から斎が火影に就任することを許可する書類と、綱手の代理として五影会談に参加する委任状と、そしてダンゾウの火影就任撤回の書類を貰って五影会談に正式に出席するため行くことになっても、乗り気では無いのか斎はイマイチやる気がなかった。
「だってぇ、僕こういうのやなんだもん。火影の帽子重たいしさぁ。」
いじけモードでしゃがみ込んで地面に絵を描く斎が何となく可哀想で、見ていたはぽんぽんと父だという人の頭を撫でてあげた。
「大丈夫だよ。ただのお帽子だから持とうか?」
「…」
別に物理的に火影の帽子が重いのではなく精神的に火影の地位が重たいことを比喩してみただけだった斎は、娘に複雑な表情を返す。
記憶をなくしても変わらず鈍くてお馬鹿でずれた娘である。
「護衛はイタチとだけで良いんですか?」
カカシは少し呆れた様子で斎に尋ねる。
は今、白炎の自動防御しか使えないから戦力外通告である。実質的な護衛はイタチ一人と言うことで不安にもなったが、斎はカカシの質問に肩を竦めた。
「今更だよ。元々護衛なんて必要ないくらいだしね。」
五影を名乗る限り、全員が身を守られるような実力ではない。護衛など必要ないが、不測の事態に備えているだけというのが大きな所だ。
ダンゾウが仮に斎の就任に抵抗したとしても、斎とイタチがいれば事足りる。
「まぁ俺たちも一応外にいるってばよ。」
ナルトは腰に手を当てて斎に言った。
中立の地帯である侍のいる場所で五影会談は行われており、基本的に忍術の使用は禁止だが、その周りには各国の忍たちが護衛として構えている。もしも影に何かあればそれぞれの国同士の戦争に発展しかねない危険な状況だ。
そのため今、任務で里の外に出ている斎の妻・蒼雪も呼び戻しがかけられていた。
里同士のパワーバランスというのは非常に難しいもので、時にはたった一人の忍の死が、戦争に発展するほどの問題を生むのだ。そういう点で五影会談は大きな希望でもあり、危険でもあった。
「そんなことは良いよ。君は考えなくちゃいけないことがある。」
斎はいじけてしゃがみ込んでいたが、膝を立てて仕方なくとでも言うように立ち上がる。
いつもはへらへらしていて背の高さを感じさせない斎は190近くもあるのっぽであるので、背筋を伸ばして立てば、ナルトもイタチも彼を見上げる形になる。ひょろいがしっかりしており、しっかりすれば大きさを感じさせる。
「サスケのことだよ。」
斎に言われて、ナルトは俯いた。
「…父上、」
が掠れた声で不安そうに父を呼んだ。
記憶をなくしていたも、先日斎からきちんと今までの事を聞かされた。がサスケとの戦いに出向き、殺されたこと。そのためにサスケは力を手に入れたこと。そしてサスケによっては生き返らされ、その時になんの偶然か記憶をなくしたこと。
斎はもちろん、がサスケに殺されたなども証拠を数えて事実のみを説明したが、分からないことに関しては分からないとはっきり言った。
例えばどうやってを生き返らせたのか、サスケはどんな意図を持っていたのか、そしてなぜそうしたのか、そういうことに関しては、の能力を利用するためだと主張したイタチやサクラを遮って、斎ははっきりとはわからないと説明した。
証拠や事実、写真を見せられてのことだったので、記憶をなくしたにも斎の話は、嘘は含まれておらず、真実だと感じられた。
そしてその上で斎はに問うたのだ。どうしたいのかを。
「わ、わたしは、五影会談についていって、暁やサスケの話を聞こうと思うの。」
はナルトにそう言う。
記憶のないにはよく分からないことが多いし、暁自体の危険性に関してもよく覚えていない。だが、サスケが何をしようとしているのか、何をしたいのかを知るためにも、彼が所属している暁の話を、五影会談で聞こうと思ったのだ。また知らぬ事とは言え、八尾の誘拐に荷担してしまったことを、雷影に一言罵声を浴びせられたとしても謝りたかった。
そのために、父だという斎と五影会談に同行することを決めた。
記憶がないし、忍術もあまり覚えていないためもちろんが役に立てる部分はそれ程多くはないが、少なくとも白炎の自動防御があるため、自分の身くらいは気をつけていれば守れるだろう。
「ナルト、僕にとってサスケは可愛い子だよ。」
斎はナルトの肩を笑ってぽんと叩く。
「イタチや、君も僕にとって同じだけ可愛い子どもだ。」
暗部の中で、そして普通の生活の中で、斎は沢山の弟子を持ったし、子どもたちと関わった。
その中で離れていて守ってやれなかった子どももいる。亡くしてしまった弟子もいる。けれど、自分の近くにいれば、斎はその子どもたちを命をかけて守ってやることを惜しいと思ったことは一度もないし、その価値がどんな子どもたちにもあると思ってきた。
覚悟はいつもあった。
「でも、僕は今、火影としてこの場所に立つと決めた。」
斎は火影の証である赤い文様の入った帽子を振る。この帽子はあまりにも軽く、そしてあまりにも重い責任を示している。
「個人としてならいくらでもサスケを追える。でも、僕にはこの帽子がある。背負うものが出来てしまった。」
斎一人ならば、サスケを無謀に追うことが出来るだろう。斎にはその強さがあり、一人でその行動を起こすだけの力と、そして実力がある。一人ならば誰にも迷惑をかけることはない。
だが火影になり、他者に認められてこの地位に立った限り、斎の迂闊な命令が仲間を殺す。勝手な行動が自分を守ってくれている護衛を危険にさらす。そして何より火影が倒れ、死ぬことは里を直接的な危険にさらす。
次の火影の候補者が明確に決まっていない限り、斎が今死ぬわけにはいかない。
「僕は火影としてサスケと相対するなら、サスケを殺す。」
個人としての斎は、サスケを見逃すだろう。だが、火影として、里を傷つけるサスケを生かしておくことは出来ない。それが弟子であるイタチだったとしても、娘であるだったとしても同じだ。どんな理由があれど、里を蹂躙するものを、火影が許すわけにはいかない。
それが火影として立つ限り斎が決めるべき覚悟だ。
「君にも君に思いをかける仲間たちがいるはずだ。だから考えると良い。」
沢山の人が今やナルトを大切に思い、期待をかけている。
それを理解した上で、サスケという“個”に執着するならそれも道だ。サスケを諦めて他のものの意志を背負うならばそれも然り。
斎はナルトがどんな選択をしたとしても責めようとは思わないし、認める気でいる。
「君は君の道を決断すると良い。」
今まで火影になれとどれほど迫られても斎は拒み続けてきた。いろいろなことを当たり前だと言われて押しつけられてきたが、斎はそのすべてに抵抗し、我が道を謳歌してきた。だからこそ、ナルトがどんな道を歩んだとしても認めてやれる。
だが決断は必要なのだ。
「じゃあね。」
俯くナルトに、斎は軽く火影の帽子を振った。
とイタチも名残惜しい思いはまだあったが、一度ナルトを振り返ってから前を向いて斎の後ろへと続いた。
斎はいつかこの帽子を受け継ぐのが、斎が誰よりも尊敬し、憧れ、共に歩いてきた四代目火影・波風ミナトの息子である彼である事を、切に願っていた。
それがミナトとクシナが抱いた夢の続きだと、知っていた。
抱擁