「信用できんダンゾウよりは、風伯の餓鬼の方が百倍ましだな。」
土影・オオノキはにやりと笑ってダンゾウにこれ見よがしに言った。
オオノキにとってはダンゾウと手を組んだときもあるが、昔から木の葉とは因縁があり、信用できるような相手ではなかったのだろう。
「はーい。でも、一応。ダンゾウの意見と同じで過去のしがらみを忘れて忍世界が一つになるって事には賛成だよ。」
斎は高い声でしたり顔のオオノキの言葉と空気を軽く打ち破る。
オオノキのダンゾウに対する警戒心も、正直若くまだ30代の斎にとっては目立って岩隠れの里と争った記憶すらもなく、忘れたような話だ。
「邪魔をするな、蒼の小僧!」
ダンゾウはそんな斎を怒鳴りつけた。
「この世界を私は一つにする、どんなことをしてでも!私は忍の世界を守るためにどんなことでもする。かつて初代火影柱間が木の葉を作ったように。」
初代火影である柱間は千手一族だけでなく多くの一族を集め、里を作った。
それと同じように大国である里を初めに集め、そして大きな塊を作る。そして大きな国を作ることによって争いを減らす。それがダンゾウの理想だった。
「理想を実現するには時間がかかるもんじゃぜ。焦ればおまえのように信頼を失う。」
オオノキはため息をついて、ダンゾウを見やる。
「時間をかけて道徳的にやっていては何も変わらん。いずれは暁に世界をとられてしまう。」
ダンゾウはオオノキに訴えかける。
だが、ダンゾウもオオノキも同じように他里に対抗するために暁を利用してきた経緯がある。正直な話、同じ里で同じ暗部の斎ですらもダンゾウを信用できないのだ。他里の人間に信用しろという方が無理な話である。
「例え相手のためを思っていても、取り方は相手次第、結局は信頼をかく。所詮、そんな理想は無駄だ。」
オオノキはダンゾウの言葉を鼻で笑って見せた。
信用できない状況でまとまったとしても、また内部で争いを産むだけだ。どちらにしても里は里だけの利益を求め、同盟を無駄にするだろう。逆に同盟は国と国の争いを招く結果になるかも知れない。確かに大きな国同士の同盟は価値のあることだが、逆に大きな戦争を産む可能性もあるのだ。
オオノキの言うことは最もだったが、それでは全く話が進まない。
「信用があろうとなかろうと結果は必要だ。」
ダンゾウはオオノキに決断を迫る。だがどう考えても意見が咬み合っていない。それに口を差し挟んだのは、一番若い砂影である我愛羅だった。
「互いを信じることが出来ない。それが人間だとするなら未来はないな。」
淡々とした口調は、まるで老人二人のやりとりを諫めるようだ。
「何が言いたい。」
オオノキが我愛羅に目を向ける。
「分かち合うことを辞めたら、それは既に人ではない。今の俺には道徳を考慮しないやり方は認めがたいものとなった。」
我愛羅はまっすぐな目をオオノキに向け、まっすぐな意志を示す。斎も水影であるメイも、我愛羅の言葉を止めもせず、ゆったりとした様子で聞く。
「ほぉ、おまえは影として統治も何も知らんと見た。」
だがオオノキは、馬鹿にしたように我愛羅に笑った。
「今のうちに聞きたいことがあれば答えてやるぞ。若造。のう、ダンゾウ。」
長らく土影としてその地位にあり、苦渋も経験してきたオオノキにとっては、所詮我愛羅の言葉は、夢物語に聞こえたのだろう。だが、それも理解した上で、我愛羅は口を開いた。
「なら、一つだけ問う。」
言葉はそれ程多くはなく、複雑ではなかったが、ただ、我愛羅は問う。
「あんたたちはいつ、己を捨てた。」
端的な言葉に、メイも斎も目を丸くする。
自分の理想、自分の意志、そして願い。かつてはすべての忍がそれを目指してきた。だからこそ、影という里に認められる地位にとどまることが出来たわけだし、そこに認められて上ることが出来たのだ。しかし、影になってから、何をなすことが出来たのだろうか。
そして影になってから、どれほど多くの人間が、理想を捨て、自分すらも捨ててきたのか。
「純粋な子。」
メイが感心したようにうっとりと我愛羅を見て呟く。
「…己、」
は我愛羅の言葉に呼応するように、は小さく言葉を反芻した。
の中にかつての記憶はない。だが、捨てることの出来ない自分がここにあるはずだ。あらなければならない。この体には確かに、捨てられない自分があったはずなのだ。
「あー、もうそろそろエーのおじちゃんもサスケもやばそう。僕もう行く。」
斎はぱっと顔を上げて、手をひらひらとさせてエーがぶち破った壁の方にかけていく。
先ほどから目の前の事を見ながらも透先眼で雷影であるエーとサスケの戦いは観察していたのだろう。老人の話よりも大切なことがあるとでも言いたそうな、呆れた声音で斎は言って、走り出した。
「イタチ、、行くよ。」
「はい。」
「え、え、う、う?」
イタチは斎の言葉にすぐに反応したが、は事態についていけず、慌てた様子で言葉を発する。その首根っこをイタチが掴んで斎の後を追った。
「俺も行く、」
我愛羅も斎と同じように、エーがぶち破った壁の方へと机を飛び越えていく。
「どんな状況なんだ。」
我愛羅はすぐに斎の隣に並び、尋ねる。斎は答えなかったが、にこっと我愛羅には笑った。
「君は良い忍だね。痛みをよく知ってる。」
かつて我愛羅も人柱力だった。世界を憎んでも仕方がないほど、酷い扱いを受けてきただろう。
それでも我愛羅は自分を見つめ直し、他者を大切に思い、認められる方法を探して、風影という立場に立つまでの努力をした。それは簡単なことでは無かっただろうし、並大抵の精神力では果たすことが出来ない。
そして我愛羅は他人の痛みを知っているからこそ、曲がることなく風影の地位に立つことが出来る。純粋に理想を追い求めている。
「僕も娘にそうやって育って欲しかったけど、すっきり記憶忘れられちゃって…ちょっと子育てに悩んでるよ。」
イタチに首根っこを引っ張られてついてきているを見やって、斎はため息をついた。
「貴方は、火影の地位を拒み続けていたらしいな。」
我愛羅も斎の噂だけ走っている。既に15年以上前、斎は四代目火影が死んでから長らく火影候補に挙げられながらも拒み続け、逃げ続けていたと聞く。
「何故だ。実力も、貴方を見る限り意志もある。理想もあるだろう。」
すべてを諦めたオオノキや、人道を無視するダンゾウのようなタイプでないことは、一目瞭然だ。
斎のことについて、我愛羅はナルトからも聞いたことがあったが、少し変わっているが尊敬に値する人物だと言っていた。
その彼が、ダンゾウが火影になるというのに、ぎりぎりまで火影の地位を嫌った理由が一体何なのか、我愛羅は疑問だった。大きな理想をかなえることを願う人間にとって、里長の地位は一つの登竜門と言える。
「んー、僕の理想が大きくないからじゃないかな。」
斎は少し考えたが、へらっと笑って見せた。
「大きな理想をかなえるためには、犠牲がつきものだよ。僕は僕の大切な人が笑ってればそれで良いんだ。でも火影になればそうはいかないからね。」
幼い頃か、火影になりたいと言ってきた人間も見てきたし、大きな目標を抱く人間はすばらしいと思う。それでも斎が同じものを抱くことが出来なかったのは、多分、それに犠牲になる人々を見過ぎたからなのかも知れない。
だから、個を何よりも大切にしようと思ったし、だから火影にはなりたくなかった。
「でもなった限りは、しなくちゃいけないことは分かっている。」
水色になっている瞳を少し細めて、悲しそうに斎は言った。
それが彼の覚悟を示している。我愛羅の同じだ。自分の友の大切な友人を殺そうとしている。それでも、自分に風影として守らなくてはならないものがあるのだと拳を握りしめた。
哀児