忍界大戦の準備が里では秘密裏に進められることになった中で、はイタチに自分に幻術をかけて記憶を呼び戻して欲しいと言った。





姫、それは危険なことですよ。」 





 シズネはその話を聞いて、一番に止めた。

 記憶を忘れるというのは自己防衛的な部分がある。にとって記憶自体が重荷だったからこそ心を守るために記憶を閉じ込めた可能性もあるのだ。無理矢理呼び起こせば心が壊れてしまうかも知れない。それを考えれば、医療忍者としてシズネはそんな乱暴な方法を認めることは出来なかった。




「でも、今から戦争になるんだもん。このまま何も出来ないわけにはいかないよ。」




 マダラの宣戦布告は、も目の前で聞いた。

 今のはまったく忍術を忘れており、チャクラコントロールも無意識に出来るもの以外は危ういものだ。もう一度修行をし直す時間はないに等しく、それならば無理矢理イタチに記憶を呼び起こして貰った方が手っ取り早かった。

 また、少なくともサスケが自分をどうして殺したのか、わかるはずだ。





「…本当に、本当にやるの?」





 サクラもあまり賛成は出来ないらしく、不安げにを見下ろしている。





「うん。誰かが死んじゃうのは嫌だから。」





 は自分の膝に置いている自分の手を握りしめる。とはいえ自身も不安がないわけではなくて、僅かに目じりを下げた。

 木の葉の友人はを大切だと言ってくれた。もきっと彼らを大切にしていたはずだし、守りたいと思っていたはずだ。今のままではは足手まといでしかない。





「それに五影会談で透先眼で役に立てたことは、ちょっと嬉しかったし。」





 は斎の指示に従って、その瞳術でダンゾウを見張ったりしていた。後から雷影のエーにも誉めて貰ったが、他人の役に立てることはやはり嬉しかった。




。」





 サクラは複雑そうな表情を隠そうとはしなかったが、座っているに目線を合わせるように膝をついて、ぎゅっとを抱きしめる。




は私の大切な親友だから。」





 記憶をなくしてもサクラにとっては何も変わらなかった。そしてが生きている限り、サクラの考えは何も変わらない。

 サクラにとって彼女は一番の親友だ。





「記憶があってもなくても、どんなことをしてても、どんなことがあっても、ひとりで二度とどこにも行かないでね。」





 がどんなことをしても、何があっても、生きている限り取り返しのつかないことなんてないのだ。

 死んでしまえばもう謝ることも、泣くことも、二度と一緒に笑い合うことも出来ない。でも、自分たちが生き続ける限り、どんなことでもやり直せる。





「うん。」






 は少し勇気づけられたのか、サクラに笑って見せる。サクラも少し安心したのか、から離れた。






「…準備は良いか?」





 立ち上がったサクラの代わりに、今度はイタチが椅子を引っ張ってきて、の前に座る。





「…うん。」





 は返事まで少し間を空けたが、覚悟を決めて頷く。それでも怖くて手は震えていたが、誤魔化すようにもう片方の手で押さえた。





「忘れるなよ。おまえがおまえである限り、俺たちはいつでもおまえの味方だ。」





 イタチはそんなに気づいてか、震えている手に自分の手を重ねる。






 重ねられたイタチの大きな手は少し固くてかさかさしていたが、確かな温かさを持っての心を慰めてくれた。




「うん。」




 はもう一度頷いて、彼の静かな漆黒の瞳に目を合わせた。

 優しい夜の色は吸い込まれそうな闇を持っていたが、決して怖い色合いではない。それが夕焼けのような緋色に変わり、そこに独特の文様が現れる。そしてその文様が歪んだのを見た瞬間に、は味わったこともない体が歪むような変な感覚に引きずり込まれた。




















 気づけばそこは、最初にがサスケとあった小川のほとりだった。






「あ、あれ。」






 柔らかな陽光が辺りに降り注ぎ、小川の清らかで軽やかなせせらぎが辺りを満たしている。





「また来たの。」





 小川の対岸から、呆れたような声音が響いた。顔を上げると前にもあった自分と同じ紺色の髪をした女性が困ったような顔で笑っていた。彼女の腕には前にが放り投げて渡したままになっていた鞠が大切そうに抱かれている。





「またこっちに来たいの?」





 優しく彼女は微笑みかける。





「うぅん。」





 前ここに来た時、は小川の向こうに渡りたくてたまらなかった。でも、今はこの小川を渡りたいとは思わない。





「帰る場所は見つかったのね?」





 より少し年上の女性は柔らかい風になびく長い紺色の髪を押さえながらの言葉を待っている。の紺色の髪は今は既に肩までに切り揃えられていて、それ程長くはない。





「うん。」





 は素直に頷いて、小川の向こうにいる女性をまっすぐ見つめる。




「貴方の大切な人は、来たの?」





 前に会った時、彼女はここで大切な人を待っていると言っていた。

 一体どのくらい待っているのかには見当もつかないが、ここに来る人はそれ程多いわけではないようで、今も以外ほとんどいない。





「いいえ、」





 彼女は僅かに目じりを下げて、首を横に振った。





「でも、きっともうすぐだと信じてるわ。」

「…貴方も、悲しそう。」







 彼女のその柔らかな彼女の笑みが、悲しそうなイタチの笑みに重なっては思わずそう口にしていた。

 前会った時には自分のことで精一杯で気づかなかったが、彼女は酷く寂しそうな表情で小川のほとりに佇んでいる。





「どれくらい、ここで待ってるの?」

「途方もない長い時間、ね。」 







 彼女は少し目じりを下げて、小首を傾げた。






「でも、これは私が決めたことだから、後悔はないの。」





 もちろん彼女にも他に選択肢はあったのだろう。

 だが寂しい事も、おそらく途方もない長い時間ここで一人、待つことになるのも分かった上で、その道を選択した。大切な人を待つために。 





「貴方も、選択したのね。」






 彼女はに優しく言って、鞠をぽんと一つつく。

 それはが前にこの小川のほとりに来た時、小川を渡ろうとして先に対岸に放り投げてしまった鞠だった。綺麗ないくつもの糸が何重にも巻かれ、綺麗な色合いを晒すそれを、何故かは小川に来る前から持っていたのだ。

 どうやら彼女がちゃんと持っていてくれたらしい。





「もうこちらに渡ってくる気はないわね。」






 鞠をに見せて、ふふっと笑う。





「うん。行かない。」





 前のはどうしても小川を渡りたくて、何度となく彼女に行っては駄目かと尋ねた。それは戻る道が怖くてたまらなかったからだ。サスケに引きずられるように帰ることになってしまったが、一人で帰る勇気はなくて、小川の向こうに行きたくて仕方がなかった。

 でも、今度はサクラやイタチ、待っていてくれる人がいる。だから、自分一人でもちゃんと戻れる。





「じゃあ、これはもう貴方に返すわね。」





 が受け取りやすいように、彼女はゆっくりと鞠を小川の向こうにいるに投げ返す。はそれを慎重に落とさないように受け取ったが、あまりの重さに目を丸くする。それと共にどっと、頭の中に膨大な量の何かがなだれ込んできた。






「それは、貴方の一番大切なものよ。先に放り投げちゃ駄目。」






 彼女は諫めるように言ってから、小さく手を振った。
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