目を覚ますと病院のベッドの上だった。
「・・!起きた!?」
ベッドの隣でうとうとしていたサクラが、が瞼を開いた気配にがばっと立ち上がってを見下ろす。イタチも慌てた様子での顔をのぞき込んだ。ナルトも呼ばれてやってきたのか、心配そうにを見ている。
は頭を押さえながら身を起こす。
「大丈夫か?」
イタチは不安そうな面持ちでを窺う。
「…ぁ、う、」
全部思い出した。
自分が勝手なことをしてシカマルやサイたちから離れたことも、サスケと戦って大蛇丸と乱入者であるマダラが出てきて負けたことも、そして最後にサスケに抱きしめられてどうでも良くなって全部手放してしまったことも、全部全部思い出した。
はベッドの上で膝を抱えて丸くなる。
「…ごめん、なさ、」
頭が酷く痛んで、こみ上げてくる感情を止めることが出来ない。
自分が死んでしまったかどうかなんて分からないが、死んだとするならすべてを手放したあの瞬間だ。なんて恐ろしいことをしてしまったのかと、は体が震えるのを止められなかった。ぼたぼたと涙が勝手にこぼれ落ちる。
シカマルたちから離れた時、これでもうサスケを取り戻せなかったら自分は戻れないなと思ったし、イタチが持っていたチャクラを解放した時に、イタチからも怒られるだろうと酷く恐ろしかった。
サスケに抱きしめられたあの瞬間、もう良いよと、何もしなくても良いと言われような気がして、酷く安堵したのだ。
終わったのだと。
「…」
思い出すんじゃなかった、とは頭を抱える。
自分がしたことがどれほど恐ろしいことか、理解している。一度死んだのだ。は。誰も守れず、誰かを助けることも出来ず、勝手なことだけして、皆の思いを踏みにじって、挙げ句の果て死んだなんてそんな勝手な話はない。
「、」
イタチは膝を抱えて震えてなくにかける言葉がなく、ナルトもどうして良いか分からず、事が事だけに迂闊な慰めもできず呆然としていたが、突然サクラがの胸ぐらを掴むと手を振り上げた。
ぱん、と乾いた音が周りに響き渡る。
「・・え?」
殴られたですらも理解できていないのか、愕然とした表情でサクラを凝視する。驚きのあまりにの涙は止まっていた。
「の馬鹿!」
突然のベッドの隣に立っていたサクラはを思い切り怒鳴りつけた。
「大馬鹿者!!もう一発殴って良い!?」
がしりとの胸元を掴んで、彼女は思いっきりを揺さぶる。
「ちょ!サクラちゃん!、まだ起きたばっかりだってばよ!!」
慌ててナルトは羽交い締めにしてサクラを止めようとするが、サクラの顔を見てその手を止める。彼女は緑色の瞳いっぱいに涙をためて、ぼろぼろ泣きながらを揺さぶっていた。
「までいなくなるかと思ったじゃない!なんのために私この2年半頑張ってきたと思ってるのよ!!」
言われて、はぽかんとした顔でサクラを見ている。
「なんで、一人で抱え込む必要があるのよ!」
サクラからしてみれば、はずっと一緒にいた姉妹弟子で、同じ目標を抱えるライバルで、同じようにサスケを助けようとしている仲間だ。
なのに、は一人でサスケを取り戻そうと出向いてしまった。
「私たちは、仲間でしょう!?」
今まで2年半共にあり、共に泣いて、共に殴られて、一緒に歩いてきた。
その時間はかけがえのないもので、サクラにとっては何でも言うことの出来る友人で、いつでも頼ることの出来る友人で、も頼ったとしても笑ってくれるし、絶対に精一杯助けてくれると疑っていない。
でも、はそうではなかったのだろうか。
「私は、貴方にとってそんなに頼りなかった!?」
何でもっと頼ってくれなかったのだろう。もっと言ってくれなかったのだろう。
確かによりサクラは弱い。戦いでは足手まといになるかも知れないが、離れたところにいれば戦いの後にでもの怪我を治すことが出来た。少なくとももっと早くを治療してやることが出来た。サスケと戦うことは出来なくても、の怪我を治してやるそのために、今まで修行してきたのだ。
うちは一族のことだって、能力のことだって、炎一族のことだって、が助けてと一言言ってくれれば、サクラは自分の出来ることならなんだってしただろう。
「さく、ら?」
は自分の叩かれた頬を押さえながら、まだ何も分からないとでも言うように首を傾げている。
その幼い仕草は、サクラがを初めて知ってから何も変わっていない。ふわりとしていて、優しくて、どこかもろい、。修行以外で誰かに殴られたことも、酷い言葉をかけられたこともほとんどないだろう。
サクラはに手を伸ばす。
抱きしめたの体はやっぱりサクラより一回り小さくて、少し体温が高い。
「ねぇ、頼ってよ・・・そんな一人でぼろぼろにならないでよ。」
お願いだから、と、サクラは懇願する。
は相変わらず目を丸くしていたが、サクラに抱きしめられて初めて、彼女の肩に顔を埋めて、自分の体重を預けた。
自分の体温を誰かに委ねるというもうそんな感覚すらも、忘れかけていた気がした。
「…まさか、サクラちゃんが殴るなんて…」
ついて行けなかったナルトが驚きと共に間抜けな呟きを吐く。
「まぁ、そのくらいで良いんじゃないか?も初めての経験だろうし」
イタチも怒る気力が失せたのだろう、肩を竦めて苦笑する。
の両親は一人娘のに非常に甘いため、当然だが手を上げたことは一度もない。が一度母の蒼雪に怒鳴られただけで泣いたことがあるそうだが、要するにそれくらいに手を上げられることは愚か、怒られることすらなかったことを示している。
にとって親友とは言え、サクラに手を上げられたことはショックだろう。
「それにしても結局何で記憶がなかったんだってばよ?忘れたかったのか?」
ナルトはそのまっすぐな青色の瞳で、あっさりと一番誰も出来なかった質問をにする。
「置いて来ちゃったみたい。」
はそれに対してサクラの肩から顔を上げて、ナルトにも負けないくらいしごくあっさりと答えた。
「え?」
「わたし死にかけた時に川にいったんだけど、」
所謂、三途の川という奴だったのかも知れないが、はそこを結局渡らなかったため分からない。
「わたし、その時対岸に渡りたくて、自分が持っていた鞠をそっちに放り投げたの。対岸にいた女の人がとってくれて、わたしそれをすっかり忘れてたんだけど、さっきイタチに幻術をかけられた時にその女の人が返してくれた。」
返してくれた途端に記憶が戻ったところを見ると、間違いないだろう。
それに最初にが女性に会った時、彼女の家紋が蒼一族の者だったと言うことを理解していたから、要するにあそこまで記憶はあったのだ。鞠を対岸に投げた途端、なんの記憶もなくなったのだから、間違いない。
「女の人?」
イタチは訝しげに問う。
「うん。蒼一族の家紋付きの服を着てたし、昔の人っぽかったけど。わたしによく似てた。」
「…斎先生の母上か?」
よくと似ていると言われるのが、既に故人でありの祖母に当たる梢という女性だ。どうやらぼんやりした雰囲気がどこか似ているらしく、綱手などは父親に似ていないの性格は梢に似たのだと主張していた。とはいえ梢はの父である斎が12,3歳の頃に大戦でなくなっている。
「違うと、思う。」
おそらく、彼女は自分の先祖ではないだろう。
彼女は確か、の事を“萩”に連なるものだと言っていた。記憶を忘れていたときは気にならなかったが、1文字で音読みの名前となると蒼一族の誰かの名前である可能性は高い。だから、おそらくの先祖は“萩”なのだろう。
は自分を助けてくれた彼女が誰なのか、少しだけ知りたいと思った。
覚醒