記憶を取り戻した途端、はかなり沈んだ。
やはり自分が勝手な行動をして、一度死んだという自覚はあるらしい。先日同期にも会ったのだが、あまりに落ち込んで平謝りしているので怒ろうと思っていたシカマルも結局勢いをなくし、慰めに回ることになった。
自分を責めすぎる傾向にあるのがの良い所でもあり、悪いところでもある。
「、もうそろそろ寝るぞ。」
寝間着の襦袢のまま椅子に座ってぼーっとしているにイタチは声をかける。
「あ、え、うん。」
ははっと顔を上げてセミダブルに歩み寄ったが、ばつが悪そうに立ち尽くす。
昨日イタチは斎の仕事の関係で執務室に泊まり込む羽目になっていたので、一緒に眠るのはがサスケと戦い、いなくなる前から数ヶ月ぶりだ。里に帰ってきた後も記憶のないを思いやってか、イタチはにセミダブルのベッドを貸し、イタチ自身は布団を敷いて下に眠っていた。
「何、緊張しているんだ。まさか布団で眠れなんて言わないだろうな。」
イタチが冗談を言って手を伸ばすと、おずおずとはイタチの手をとった。
「…」
「ほら、」
躊躇っているをイタチは半ば強引に抱きしめる。
「わ、」
は小さく声を上げたが、すぐに力を抜いて体をイタチに委ねた。
本当に久々の温もりに安堵の息を吐いていると、額にそっと口づけられる。腕の力は強くて離してもらえそうにはなかったが、彼の表情を見たくて顔を上げると、こつんと額を合わせられた。間近に優しい漆黒の瞳がある。
「もう、もう二度と、サスケを追わないと約束してくれ。」
苦しげに、そして悲しそうに言われて、はぐっと唇を噛む。
「ナルトが死んでも取り戻すと言ってくれた。俺はナルトに託すつもりだ。」
もそのことはナルトから聞いていた。
火影の地位を受け入れた斎は、がサスケに殺されたことを聞いた同期たちは、そして兄であるイタチは、サスケを里のために殺すことを決断していた。だがそんな全員に頭を下げて、ナルトはサスケを取り戻せないなら、一緒に死ぬ。全力で取り戻してみせるから、サスケのことは任してくれと言った。
「…」
は返事が出来なかった。
ナルトがそう決めたのならば、確かにもうが手出しをするべきではないのかも知れない。だがサスケを追わないというのは、無理な話だ。
「俺のためだというなら、絶対にしないでくれ。」
イタチの静かで低い声に、はびくりと肩をふるわせる。
「で、でも、」
「。」
イタチはの頬をそっと撫でて、さらりと優しく短くなった紺色の髪に手を差し入れる。
「俺を思うなら、もう、俺に、おまえが死んだかも知れないなんて、そんな思いさせないでくれ。」
大きな手が僅かに震えている。低い声も落ち着いてはいたが、掠れていた。
イタチにとっては命をかけても良いと思えるほどに大切な存在だ。それを亡くす恐怖がどれほどのものか、肉親を失ったことも、失いそうになったこともないは知らないだろう。どれほどに自分の無力を呪い、絶望するのか、知らないだろう。
イタチは痛いほどに知っている。
幼い頃、どんどん体調を悪くするを見ながら抱えた悲しみと、ゆっくりと綿で確実に首を絞められていくようなじわじわと浸食してくる絶望、そして何も出来ない自分に対する失望。泣いても喚いても変わらない現実に、呆然とするしかないあの感覚は言葉では形容しがたい。
大切なものが死ぬ。それがどれほど他者に虚脱感を与えるのか、
幼い頃、忍界大戦があったため、ぼろぼろと人の命が失われていくのをイタチは当たり前のように見えていた。親しかった忍が、自分に優しくしてくれた親族が死ぬのを当たり前のように幼い頃から見続けてきた。
そのイタチの人生観を変えるほどに、小さなが死にゆく姿は衝撃だった。
「俺はおまえを生かすためにチャクラを肩代わりしたんだ。」
「で、でも、だからイタチは、」
のチャクラを肩代わりし、自分が死ぬことは出来ないから、サスケを命をかけて追いたくても、追うことが出来ない。
弟のために命をかけることが出来ない。
「だから、おまえが命をかけてどうするんだ。」
イタチの声は途方に暮れたような響きが含まれていた。
「俺はおまえと一緒に生きていたいから、そうしたんだ。そのおまえが死んだら、俺が命をかけた意味はなにもない。」
イタチはの背中を優しく撫でる。だが言葉は残酷だった。
「それはおまえが俺の覚悟や決心を踏みにじっているのと一緒だ。」
長い間、迫るの死に怯えてきたイタチにとって、チャクラを肩代わりすることはその恐怖から逃れる唯一の方法であり、と生きていくことが出来る可能性を示す希望でもあった。
だが、そのチャクラを肩代わりしたことによってをイタチの代わりとしてサスケとの戦いに向かわせるなら、結局イタチはの死に怯えることになる。それは、イタチがチャクラを肩代わりした時にした覚悟を無駄にする。
ましてや実際には一度、サスケに殺されて死んだのだ。
「おまえは、俺が死んでも平気か?」
「…そんなっ、」
は顔を上げて首を振り、イタチを見上げる。
イタチが辛い顔をするのを見るだけでも悲しくて辛くて、サスケから自分に向けられる憎しみをすべて我慢できると思えるほどに心からイタチを大切に思っている。その彼が死んだら、は一体どうするのだろうか。
「悲しくって、死んじゃうかも、しれない、」
は想像しただけで恐ろしくて、目じりに涙がたまるのを感じた。
イタチがいない世界で一人で生きていくなんて、考えられない。彼は常にと共にいたし、大切にしてくれた。彼が傍にいないなんて、悲しみで耐えられなくて、死んでしまうかも知れない。
「俺も同じだ。生きる意味を失ってしまうかも知れない。だから、絶対に自分を粗末にするな。」
イタチはの目じりにたまった涙をそっと拭って、そっとの額の紺色の髪を撫でて、額に口づける。
は自分の価値をよく分かっていない。いつも自信がなくて、だからいつも自分の価値を疑って、他人のために一生懸命になって自分を忘れる。
だけど、イタチはを心から大切に思っている。
サクラやナルト、同期の親友たち、そしての両親だってそうだ。の事を心から大切に思い、力になりたいと思っている。頼られることを迷惑だなんて欠片も思っていないし、と共に歩いて行くことを望んでいる。
が自分を大切にせず勝手をするその行為は、だけを傷つけるのではない。を大切に思う全員を踏みにじっているのだ。
「ごめんなさい、」
はそう言って、イタチの背中にそっと手を回す。
「俺はおまえが生きてるならそれで良い。」
イタチは何よりも死が取り返しのつかないものである事を知っている。
だから今、結論としてはが生きてここにいて、笑っているならそれで良いのだ。些細な事が、小さな幸せが一番大切のだと、イタチは誰よりも理解している。
「うん。愛してるよ。」
はいつもイタチに言っていた言葉を、唇にのせる。数ヶ月言っていなかっただけなのに、随分と久しぶりの気がした。
「あぁ、俺もだよ。」
イタチは笑って返して、優しくの唇に口づける。
今まで当たり前のように離れていたのが信じられないほど、温もりが恋しくなって体をイタチの方に押しつけると、「珍しく積極的だ、」と唇をつり上げた。
「わたしも、寂しかったんだもん。」
「俺はもっと寂しかった。忘れられるしな。」
「…ごめん。」
が目じりを下げて言うと、イタチは素直に反省するに苦笑して、小柄なの体を抱きしめた。
喪失