綱手が目を覚ましたのはが記憶を取り戻して数日後のことだった。




「よっしゃー!お役ご免!!」




 の父親である斎は天に高らかに手を振り上げる。

 綱手が倒れたのに五影会談などがあったため、火影に無理矢理就任させられかけていた斎はお役ご免だと思ったのだろう。だが、人生そううまくはいかない。




「あ、綱手様はしばらく安静ですから。」





 シズネが冷静に豚のトントンを腕に抱えたまま言う。

 綱手は今大量の食事をすることによって何とかチャクラを維持しているが、それでもすぐに激務に耐えられるような状態ではない。忍界大戦を前にして繁雑な作業から作戦立案まで様々な仕事がある今、綱手一人がそれを処理できるような状態ではない。





「おまえはしばらく火影代理に留任する。これは火影命令だ。」

「まじでぇ、もう勘弁してよ。」

「私が言いたい。怪我人の私を敬え。」






 綱手は斎に冷たく言って、呆れて師を見ているイタチと、戸惑っているを見やる。

 ペインとの戦いのすぐ後にが戻ってきたため、倒れてしまった綱手は斎とイタチの暁を襲撃してを連れて帰るという任務が成功したのか、失敗したのかを知らなかった。そのため目が覚めて落ち着いた後、すぐに尋ねたのはの安否だった。

 そのために、すぐに綱手が目覚めると同時にはここに呼び出されたのだ。





「ご迷惑、おかけしました。」






 は深々と頭を下げる。





「まったくだ。こっちは心配で心臓が止まるかと思った。」





 綱手にとっては弟子だと言うだけでなく、を母の腹から取り上げたのは綱手だ。そのの母もまた綱手の弟子だった。綱手にとっては孫娘にも等しい存在だ。

 綱手は心配をはっきりと口にして、の額に軽くデコピンをする。





「いった、」 





 結構痛かったのか、は涙目になって額を押さえた。





「これでも手加減はしてやってる。本気なら吹っ飛んでるさ。私を心配させた罰だ。」






 綱手は豪快に笑って、の頭を慰めるようにくしゃりと撫でた。

 きっと同期の親友たちや、イタチ、そして斎に叱られただろうから、もう勝手な行動の反省はしているだろう。は自分のことを気に負いがちだから、これ以上輪をかけて怒っても良いことは無い。だから綱手はこれくらいで許してやることにした。





「それにしても忍界大戦とはな。」





 綱手も話はすべて聞いたのだろう、小さくため息をついた。





「斎、おまえは私と一緒に本部に来て貰うぞ。」

「あーい。わかってますよ。…だと思ったし、本部に感知と情報部隊を作るみたいだから、そこと協力ですね。」





 感知は戦場においては非常に重要だ。

 斎の透先眼は千里眼の効用を持っており、他の感知・情報の得意な忍の能力とあわせれば敵の発見に関してはほぼ敵なしだろう。そのために火影候補者でなくても斎は必ず本部に配属ということで、他の影との話し合いでも合意していた。

 また、戦闘能力としても斎は有数の忍であり、いざとなった時は出て貰わなければならなかった。





、イタチ、そして雪はちょっと考える。おまえらの白炎は連携には向かん。」





 白炎はチャクラを直接焼く効能を持っている。それを炎一族の直系は体の傍で扱うわけだが、普通の忍は焼け死んでしまう。イタチはの鳳凰をその身に宿しており、伴侶の証である首飾りで炎に耐性を持っているため、結論としては同じだ。

 しかし、他者を傷つけてしまうと言う欠点はあるが、チャクラを直接焼くことによって他人の術をすべて破れるという大きなメリットもある。






「樒と榊はどうするんですか?」






 イタチは斎に尋ねる。

 樒と榊は元々は風の国の神の系譜・飃の兄弟で風に関してはすばらしい血継限界を持っていると同時に、切り取られた腕が生えてくるほどの再生能力がある。またその血にも恐ろしいほどの治癒能力があるのだという。


 木の葉に保護されて普通の人間として暮らしているが、それでも彼らの力は普通の忍を軽く凌駕する。

 ここ3年の間、木の葉で暮らしていた榊は忍界大戦の話をすると、すぐに戦力として貢献することを約束してくれた。樒は躊躇いがちだったが、どちらにしても本部預かりのみになる予定だ。

 とはいえ彼らは当然だが忍として働いた経験はないので、システムすらも分かっていないはずだ。





「そっちもなんだよね。特殊な血継限界とか忍術を操る人間だけの部隊を作るかも?」





 斎も含めて、五影も困っていたことだが、実際に人柱力であるビーなども含めて、一般の忍と一緒には配属しにくい忍というのはどこの里にもいる。他の神の系譜にも連絡をとっているので、そういう忍はもっと増える予定だ。

 人柱力は一応戦力にはしないという予定だが、五影も含めて特殊な他人を傷つけそうな忍術を操るものもいる。そう言ったものの配備には慎重にならざるを得なかった。





「それに樒は元々暁だった経緯もあるし、まぁ我愛羅君が謝ったみたいだけど。」





 実は風影である我愛羅は就任してから、熱心に木の葉に保護された榊との面会を望んでいた。

 飃は一族というものを持たず、二人の兄弟は親族は愚か、どこで生まれたのか、両親すら知らなかった。彼らはその再生能力故に砂隠れの里によって閉じ込められて利用されていたらしい。10年ほど前に逃げるまで想像を絶するような酷い扱いを受けており、それ故に樒、榊共に人間を嫌っていた。

 榊が大蛇丸に捕らえられ、木の葉に保護されたという話は我愛羅の耳にも入っていたのだろう。榊は自由になった後も帰国を望んでいなかったし、一般人として木の葉の里で暮らしていたため、我愛羅との面会も拒否し続けていた。


 しかし心境の変化があったのか、榊は先日我愛羅が忍界大戦の詳細の打ち合わせのために木の葉を訪れた時に、面会を受け入れたのだという。

 正直我愛羅が風影になる前の話であり、彼のあずかり知らぬ事だっただろうが、それでも我愛羅は榊と樒に頭を下げて謝ったのだという。彼も幼い頃から人柱力として恐れられ、酷い扱いを受けてきた経緯があり、閉じ込められ、チャンスすら与えられなかった樒と榊に対しても思う所があったのだろう。





「榊と樒も随分すっきりしたようでしたよ。」






 イタチとて、謝罪ぐらいで過去の傷が消えるとは思わない。我愛羅とてそのことは理解しているだろう。

 それでも樒と榊にとって、一つの区切りにはなったようで、昨日イタチが二人に会ったとき、少しだけすっきりした顔をしていた。





「我愛羅くん。謝るなんて素直だよね。」




 は我愛羅と何度か話したことがあるが、無口だが真面目で非常に好感の持てる少年だった。その評価は他の影も同じようで、一番若い影ではあるが皆一目置いていた。





「そういえば、蒼雪は神の系譜の調査に行ったんだろ?特に土の国の協力も得られたそうじゃないか。堰はどうした。」





 綱手は倒れる前、蒼雪に命じて他の神の系譜の調査を行わせていた。

 風の国の神の系譜である飃の樒が暁に利用されていたように、他の神の系譜が暁に荷担している可能性もある。そのため、調査を命じたのだ。五影の協力も得られるようになったのなら、接触はたやすい。特に元々堰の今の当主要と、蒼雪は母親が姉妹の従姉弟同士だ。交友関係がある。






「そっか。要くん、元気だった?」





 は久々に聞く名前に、笑って尋ねる。だが、斎の表情は曇ったまま、イタチもすぐには答えずに目を伏せた。





「…要君は、オオノキのおじいちゃんが保護したけど、戦闘には参加できないかも知れない。」





 斎が重い口を開いて、に言う。





「何かあったのか?」





 綱手もただならぬ様子に、真剣な表情で斎に問う。





「麟が襲ったらしいんですよ。紅姫も瀕死の重体だ。4歳の椎(しい)はなんとか無事だったけど、要君も…。」





 実は蒼雪も最近、堰と連絡が取れなくなっていたのだという。

 堰家は50人前後の一族で、こじんまりとしているが当主を中心に土の国の山中に小さな集落を作って暮らしていた。訪れた土影・オオノキと蒼雪を待っていたのは沢山の死体と酷い出血ながらも水の結界で子どもを隠していた妻の紅姫。虫の息の当主・要が倒れていたそうだ。4歳の椎は地中にある隠れ家の中、水の結界に守られて小さくなって隠れていたという。

 唯一無事だった椎の話では五影会談でマダラが宣戦を布告した次の日に、襲われたらしい。






「そんな、なんで、」






 は呆然として、首を横に振る。





「…麟は多分、暁となんらか関係があるのだろうね。」





 斎は冷静に事態を整理して、結果的にはそう結論づけた。

 昔から麟と堰は仲が悪く、堰の前の当主夫妻を殺したのも麟だった。とはいえ、堰家が襲われたのが宣戦布告の翌日というこのタイミングはあまりにできすぎている。




「情報が圧倒的に足りないな。」





 綱手はため息をついて、窓の外に広がる青空を見上げる。問題は山積みといって間違いなかった。




山積