行為は苦しいし、疲れるけれど、触れあう温かい肌はほっとするし、何よりも見たこともないようなイタチの表情を見るのは、好きだった。
「はっ、ぅ、」
閉じていた瞳を開くと、彼の顔が目の前にあって、そっと優しく額に口づけられ、その感触が優しく下へと下りて来て、今度は唇をたどる。
それがくすぐったくては小さな笑みと共にイタチの頬に手を伸ばした。
いつもより少し熱い頬を撫でて引き寄せると、笑いながら楽しそうに声を上げて、の首筋に口づけてきた。触れあう肌は酷くくすぐったいけれど、心地が良い。
「…大丈夫か?」
「うん。」
じゃれあっていて、少し落ち着いたはイタチに答えて笑う。
疲れるけれど彼との行為は嫌いではない。好きだというのは苦手だし、素直に言うのはあまりに恥ずかしいが、は彼の方に自分の体を寄せた。
中忍試験会場の宿泊所のベッドは安物だが、の家にある二人で買ったセミダブルのベッドよりは高いだろう。あまり軋まないので良いなと関係のないことを考えながら、深呼吸するように大きく息を吸って、吐いた。
少し体がべたつくが、風呂に行く気力もなく、ふわふわとした感覚もそのままにイタチの胸に頬を押しつける。
「髪、短くなってしまったな。」
イタチはの髪を撫でながら、残念そうにそう言った。
サスケとの戦いに出向いた時、サスケにも刀で切られていたから、段々になっていた。殺された後、誰がどうしたのか、髪の毛は肩までにきちんと切り揃えられていたのだ。もいつ切ったのかはよく覚えていない。
ただ、サスケが切ったと思って間違いないだろう。
前は腰辺りを優に越すほど長い髪だったから、イタチとしては驚いたことだと思う。
「うん。でも、シャンプーが楽。」
生まれてからいつも髪が長かったから、そんなものだと思っていたが、切ってみると案外その方がシャンプーも楽だし、髪も絡まらなくて櫛を通す手間も減った。髪もくくらなくても良いから、朝10分は前よりもゆっくり眠っていられる。
「俺はちょっと寂しいけどな。」
イタチは昔からの長い髪に櫛を通すのが好きだった。同棲を始めてからも家にいるときは毎日の髪を乾かして梳いていたから、寂しいのかも知れない。
「イタチは長い方が良い?」
は少し不安になってイタチを見上げると、彼は少し考えるようなそぶりをして、「長い方が好みだ」と返した。
「そっか…。」
今は肩までになってしまった髪をは撫でる。どのくらいしたら長くなるだろうかと少し落ち込むと、彼は慌てた様子で首を振った。
「どちらが好みかと聞かれれば長い方が良いが、似合ってると思うぞ。」
「本当?」
「あぁ、でも髪を梳く時間が短くて済むから寂しい。」
「…そう、じゃあまた伸ばすよ。」
は自分と触れあう時間を大切にしてくれるイタチに少し嬉しさと恥じらいを抱いて、素っ気なく返した。彼はそれすらも分かっているのか、の背中に手を回して強く抱きしめる。
「イタチの方が髪、長くなっちゃったもんね。」
彼のいつもはうなじでとめてある髪を撫でながら、は言う。
の髪はまっすぐで比較的髪質も太いが、イタチの髪はまっすぐなのに細い。対して弟のサスケの方はと競う程に髪の毛が太かった。は自分の髪の毛を一本引っ張ってそれとイタチの髪を真剣に見比べる。
「2倍くらいありそうだな。」
イタチも小さく笑って、の髪を撫でた。確かに太さだけなら2倍ありそうだ。
「イタチ、神経も繊細だもんね。」
「そうか?」
「そうだよ。わたしより絶対細かいし。」
昔からイタチは変なところで細かい。他人にそれを求めることが少ないので問題にはならないが、書類は誤字脱字が内容にきちんと読み返すし、書式もがっちり整える。が服を汚したりするときちんと着替えさせていた。
対しては良くも悪くも細かいことは気にならない。
書類も一応書式を整えるが誤字脱字は結構ある方だし、細かくもない。気にもならない。服を汚したとしても、後で着替えれば良いかと言った感じだ。
「小さい頃から厳しく言われたからな。」
イタチは苦笑する。
小さい頃から大人を求められて育った。両親も小さな事にもうるさかったし、きちんとしていなければならないとイタチ自身も親に言われて自負していた。躾も厳しかったし、なかなか甘える機会が与えられなかったので歯がゆい思いがいつもあった。
師である斎は細かいことは全く気にしないし、イタチにも求めなかったが、彼についたのはイタチが既に7歳になった頃で、やはり小さい頃から積み重ねられた細かさは是正されなかった。
ただ、他人に自分と同じ細かさを求めるのはやめた。求めたところで斎は全く意に介さなかったので、ため息をつきながらもそれに慣れたのだ。とはいえ結果的にそれが、今では人間関係を円滑に運ぶ上で重要だったと分かる。
他人にばかり求めていては、揉める元だ。
「やっぱ教育なのかな。わたしまったくだもん。」
は何も気にしない斎に育てられたため、幼い頃から礼儀作法は言われても細かいことは病弱だったこともあって何も言われなかった。
両親である斎と蒼雪も、いつも「が短い人生、笑って、幸せだと死んでくれれば良い」と言っていた。
そういう点では、イタチの両親がイタチを“良い子になるように”育てたのに対して、斎は“生きて幸せであれば良い”と思って育てたと言うことで、根本的に教育方針が違ったのかも知れない。
「斎先生はいつもにべた甘だったしな。」
「イタチだってわたしに甘かったのに。」
「まぁな。」
自分のことは棚に上げて言ってみたが、まさにの言うとおりでイタチは笑ってを抱きしめる。
が病気で死にかけていた時は将来こうやって抱き合うことも、一緒に任務に就くことも、何も想像が出来なくて、ただただが僅かでも生き続けることを願っていた。なのに、いつの間にかこうして欲張りになってお互いを求めている。
このまま行けば数年後には結婚して、なんてことも想像が出来るようになった。
「まぁトーナメントであんまりはしゃいで怪我をするんじゃないぞ。」
イタチはを諫めるように言う。
「大丈夫だよ。それにサクラが怖くてまだ戦ってもいないし。」
二人コンビのトーナメントは、3回戦まで進んだ今のところ、サクラのみが戦って終わっているので、に出る幕はない。
「そういやぁ、イタチ、ダルイさんと試合になるらしいね。」
「あぁ。熱心に頼まれたからな。」
「無理は禁物だよ。」
「まぁ戦うと言っても鈴とりだからな。」
本気でぶつかり合えば、会場が吹っ飛ぶ程度では済まないため、勝負の方法は選べるが、本気でやる忍は少ない。とはいえ、そのために、会場には一応斎お手製の強力な結界が張ってあるのだが、それが耐えられるのも限度がある。
「そういえばおまえ、テマリさんと模擬戦らしいじゃないか。」
「ボールの打ち落としだけどね。」
お互い風遁使いなので、飛んでくるボールを風遁でいかに正確に打ち落とせるかの試合をすることになった。は火影である綱手の弟子、テマリは風影の姉と言うこともあり、皆興味津々の試合の一つとなっている。
「気をつけろよ。」
「イタチもね。」
お互いに互いの体をいとおしむように抱きしめる。こうしてのんびりしている時間が一番幸せだと言えた。
穏夜