トーナメントの試合を通じていろいろな通り名が生まれる中、は試合会場に座っていただけだったので、“仏の姫”と呼ばれていた。もちろんそれは一緒にいて全員をぼこぼこにしたサクラを般若と例えてのことだったが、誰もそれは言わない。





「面白い通り名がついたもんだ。」








 はっはと綱手は豪快に笑った。

 綱手はとサクラがトーナメントをあっさりと勝ち上がったことに雷影にも自慢できたと機嫌も上々で、とイタチが報告に訪れた際もニコニコして迎えてくれた。





「“仏の姫”か。梢とまんま同じじゃないか。」

「え?」





 はよく分からない話に、小首を傾げる。






「おまえの祖母、要するに斎の母親は“仏の梢姫”と呼ばれとってな。これがまったく怒らない女だった。」






 の祖母である梢は、父が12歳の時の忍界大戦で亡くなっている。そのためは顔も話しもほとんど知らない。ただのんびりしたの性格は両親には似ておらず、その関係で、祖母に似たのではないかと言われることはあった。

 おそらくの事を“仏の姫”と言い出したのは、梢のことを知っている誰かだろう。






「確かにサクラと比べたらは仏だな!」

「綱手様、ご自分を棚に上げて。」

「なんか言ったかい?シズネ。」

「いえ、何も。」







 シズネは一瞬綱手の言葉に口を差し挟んだが、さらりとかわす。

 確かにサクラとのどちらが師である綱手に似ているかと言われれば間違いなくサクラで、自来也を殴って半死半生に追い込んだという逸話を持つ限り、綱手は“般若の綱手”と言われても十分おかしくないだろう。





「確かに、はあまり怒らないな。」





 イタチはを見て、苦笑する。





「え、そ、そんなことないと思うけどなぁ。」





 は自分で少し考えたが、確かにあまり誰かに怒ったりはしない。怒る前に悲しいなと思いながら自分で全部やってしまうタイプだ。





「あぁ、それとイタチ。くれぐれも斎を逃がすなよ。」






 綱手は一応というようにイタチに注意する。






「わかってますけど、ね。」






 イタチは腰に手を当てて視線をそらした。

 の父であり、イタチの師である斎は数日後、模擬戦に出る。しかも雷影であるエーとだ。彼のきっての希望で実現したとはいえ、全く出たくなかった斎は既に申請の段階で逃げ回っていたのだが、雷影に捕まって申請に無理矢理引きずられた。

 しかも模擬戦の方法は雷影であるエーから10分逃げるといううってつけのものになっている。とはいえ彼が納得して出ようと思ったわけではないため、本当に出る気があるのかすらも謎だ。

 一応火影の威信もあるため出て貰わねば困るので、今回の捕獲役はイタチの予定だった。





「荷が重いね。」




 は思わずイタチに哀れみの目を向ける。




「…まったくだ。」





 イタチもため息をついて同意したが、火影に頼まれれば努力するしかない。

 いつもサボり癖のある斎を幼い頃から追い回しているイタチだが、いつも逃げられてばかりだったのだ。捕まえられたのは大抵、斎の気が向いた時だけである。だからイタチとしても全く自信はない。とはいえ、やらざる得ないので、今回は少し策を考えた。





「さて、今日は一日休みだから、存分にゆっくりしていて良いぞ。」





 綱手はゆったりと背もたれのある椅子にもたれて、柔らかく笑う。

 この辺りには会場もあり、臨時のものとは言え露店が沢山もうけられ、一つの街のような状態にもなっている。幸い今日は一日トーナメントも試合もないので、二人でデートにでも行けば良いだろう。真面目な二人なのでちょくちょくあっているとは言え、一日中任務で大変だったはずだ。





「働き過ぎは良くないから、書類は明日以降で良いぞ。」





 綱手が労ると、とイタチはお互いに顔を見合わせてから、少し恥ずかしそうに笑って、小さく頷く。





「そう、だね。」

「そうだな。どこかへ行くか。」





 お互いまだ仕事をしようかと思っていたので、出かけることを考えていなかった。だがせっかくだから、綱手にも言われたのだし、どこかへ行っても良いのかも知れない。





「そういえば、舶来ものの露店も出ているらしいですよ。可愛いのも沢山あったし、デートにうってつけかも。」





 シズネは楽しそうに笑う。やはり他人の恋愛ごとほど楽しいことはないと言ったことだろう。






「でも髪の毛短くなっちゃったからなぁ。」






 は自分の髪を引っ張ってため息をつく。

 今ではの髪の毛は肩までになってしまっていて、髪紐でくくるには少し長さが足りない。せっかく可愛い髪紐を持っているのに、つける機会がないし、買ってもつけられない。





「ならピンか、髪留めを買えば良いさ。」






 イタチはの頭を軽く撫でて言う。

 は昔から髪が長かったため、髪紐ばかりを持っていたが、髪留めやピンも良いだろう。それにせっかく髪が短いのだから、今までと違うアクセサリーを持っても良いとイタチは思う。




「そっか。じゃあ、行きたいな。」





 は少し楽しみになって、笑う。





「それにきっと甘いものも沢山あるよ。」

「確かに。」





 イタチもも、甘味が好きだ。

 もしかすると各国から人が集まっているため、他国のお菓子の露店も出ているかも知れない。木の葉から出なければ珍しいお菓子は食べることが出来ないので、やはり楽しみだ。





「本当におまえら、仲良しだな。こっちが心配する暇がないくらいだ。」






 綱手はにやにやと笑って仲の良い二人を見やる。

 の同期はたくさんいるし、優秀な人間は多いが、恋愛ごとにはまだ発展していない。ヒナタがナルトを好きだというのは有名らしいが、それでもナルト本人は全く気づいていないと聞いている。その点、とイタチは昔からの安定的なカップルであり、ぶれない。

 そのための同期の女子会ではいつも、イタチとの話で持ちきりだった。綱手も弟子である、サクラからイタチの話をしょっちゅう聞くため、何となくイタチに親近感がある。





「確かに、喧嘩とかすることってあるんですか?」





 シズネも首を傾げて茶化すように言う。





「え、んー、あんまりない、ですよ。イタチ優しいし。たまにわたしが欲しい物があったりすると、イタチが譲ってくれるし。」

「確かに、喧嘩は時々しかないな。きちんと話し合うことにしているから。」







 お互い意志の違いはもちろんあるし、考え方の違いもある。

 だがそういう時は、お互いにきちんと話して納得するようにしている。暗部からに対しての推薦があった時もは入ってみたいと言ったが、イタチは反対し、お互いにきちんと話し合った結果、が入隊しないことを決めた。

 もちろんに自分の意見を強制することはないが、基本的にイタチはのためを思って言っているし、もイタチのためを思って言う。その基本がずれない限りは、お互いにお互いの意見を尊重できるし、小さな喧嘩はあっても大きな破局を迎えることはない。






「なるほど。うまくいく秘訣ですね。」






 シズネは妙に納得したように目を丸くする。






「まぁでも、はどっちみちあんまり怒らないからな。」





 だから“仏の姫”などというあだ名がつくのだ。誰かがつけたその名前には結構相応しいと綱手は思う。

 上忍になってからもいろいろ問題は聞いているし、若く外見も幼くて気弱なは舐められることも多く、実力を見ることもなく侮る班員も多かったという。だがそれでも、が怒って誰かを力でねじ伏せたという話は聞いたことが無い。

 サクラがぷりぷりと怒って綱手の所に来て文句を言っていたが、当の本人のはいつも、困ったような顔をするだけだ。怒りよりも困惑の方が大きいらしい。





「楽しんでおいで。」






 綱手はにっと笑っての頭を撫でる。いつまでたっても綱手より小さなも「はい。」と嬉しそうに笑って綱手を無邪気に見上げていた。



菩薩