水影メイの屋敷に着くと全員が部屋に案内され、指示があるまでは待機となったが、隊長のヤマトとイタチとはすぐにメイに呼び出された。
「どうぞ座って、長い話になるでしょうから。」
メイはそう言って三人に微笑みかけて席を勧める。彼女の隣には護衛であり片腕でもある長十郎と青が控えていた。
「あ、ありがとうございます。」
全員が渡された書類を受け取ってから、礼を言って席に着く。青が三人の前にお茶と茶菓子を出してくれた。
もともと記憶力の良いは書類を誰よりも早く記憶し終わったらしく、出てきた上用饅頭が好みだったこともあって真っ先に封を開けて口に入れたが緊張していたこともあってむせたのだろう、けほけほ言ってイタチにお茶を差し出されていた。
「まさか神の系譜の直系がこんな可愛いお嬢さんだなんて思わなかったわ。」
しみじみとメイはを見て呟く。
「ご、ごめんなさい。」
は自分の失態に頬を染めて思わず謝る。
「良いのよ。別に貴方を責めているわけではないわ。普通だと思ったのよ。」
メイは艶やかに微笑んで首を振ったが、その瞳は全く別のものを見ているようだった。彼女は過去を思い出すように別の方向を向いて目じりを下げる。
「驚いたわ。貴方が炎の東宮だと聞いた時。」
メイがの事を神の系譜だと聞いたのは土影・オオノキからだった。
木の葉が火の国の神の系譜である炎一族と友好関係を結んでいたことは知っていたが、まさか火影候補者の斎が炎一族の婿であり、が次の後継者だとは思わなかった。ましてやは気弱そうで誰が見ても小柄な体躯の普通の少女だ。
神の系譜を化け物としか認識していなかったメイにとっては全く結びつかず想像も出来ないことだった。
「私は神の系譜とは、もっと恐ろしいものだと思っていたのよ。」
15年前、霧隠れの里は神の系譜・翠の当主に襲われた。
メイがまだ10歳を数えていない年頃で、男はボロくずのように人を殺し、抵抗のしようもないほどに圧倒的な力を持って里を蹂躙した。途方もない人数がボロくずのように殺され、恐ろしいほどの惨事になった。当時隠れていることしか出来なかったメイにとって、男の存在は死そのものだった。
長らく他里との関わりを断ってきた霧隠れにとって、そしてメイにとって神の系譜は死をもたらす化け物でしかなかった。
「貴方の知っている神の系譜は恐ろしかったんですか?」
「えぇ、とてもね。」
素直な問いに、メイも素直に答えた。
「貴方は、本当にわたしを死んだ人の調査のために呼んだんですか?」
は最初から抱いていた疑問を口にする。
綱手に聞いた時からずっと疑問だったのだ。何故も薄手に死んだ神の系譜の調査にそれ程躍起になり、しかも、同じ神の系譜であるを呼び寄せるほどに知りたいのかと。その疑問は今のメイの話でも全く分からない。
「やっぱり賢い子ね。」
メイはふふっと笑う。素直な子だとは思ったが、やはりくせ者と噂の斎の娘だ、決して馬鹿ではない。
「翠の当主が住んでいたと言われている場所に、彼が命をかけて張った結界があるのよ。そこに彼が霧隠れから奪った忍具・蒼帝があるわ。」
蒼帝は強い封印術を帯びた巨大な鏡で、かつては尾獣をその中に封じていた。
「要するに、それを回収したいって事ですか。」
ヤマトがメイの話に口を差し挟む。
命を犠牲にした、しかも神の系譜ほど莫大なチャクラを持つ人間が張った結界であれば破ることは非常に困難だ。そのため15年もの長きに渡り、霧隠れの里はその結界を放置してきたのだ。
だがの持つ白炎ならば、チャクラを直接焼くためどんな結界であっても破ることが出来る。
「蒼帝は莫大なチャクラを食うけれど、例えば術返しをすることも可能。かつてはそれを参考に4代目水影が水遁を考案した程よ。忍界大戦においては必要となるでしょう。」
戦力はできる限り大きい方が良い。また蒼帝を確保せずに暁にとられる危険性も考えているのだ。
ヤマトとイタチは任務に納得し、目配せをして頷きあう。道理で彼女がの貸し出しに固執したわけである。イタチももちろんの鳳凰を封じられているため同じ役目を果たせるが、それはあまり知られていない。
の母である蒼雪が里に呼び戻されており、木の葉の戦力上の問題から外に絶対出てこないことを理解して、代わりにを借りようと躍起になったのだ。
忍具の確保は確かに戦争を前にした今、重要である。
「その翠の当主は、忍具の蒼帝をとるために里を襲い、その後、死んだって事ですか?」
納得したヤマト、イタチと違い、は忍具に関しては全く興味はないらしく、神の系譜の末路をメイに問う。
「えぇ、何故かは今も分かっていなけれど。」
メイは少し戸惑いながらも、分からないと答えるしかなかった。
里を襲って多くの人間の命を奪い、忍具・蒼帝を奪い、そして自分の命すらも結界の糧にして死んだ。それ以上のことは水影のメイにも分からない。
「何か引っかかるのか?」
イタチは逆にに問いかける。
「だって、不思議でしょ?なんでそんなことしたのか、普通しないよ。それに尾獣じゃないんだから。」
尾獣で住処を荒らされた腹いせだというなら分かるが、神の系譜は人間であり、きちんとした思考を持っている。理由もなく里を襲ったとは思えないし、神の系譜ならばあまり争わずに忍具を奪う事だって出来たはずだ。
ならば、何故里を襲ったのか、必ず理由がある。
「もちろん、この里が彼に酷いことをした可能性はあるわ。この里の悪習は聞いているでしょう?」
メイは悲しそうに目じりを下げて、に言う。
血霧の里とかつては恐れられるほどの過酷なアカデミー卒業試験を行い、またかつての水影ですらも恐怖政治で里を支配した。秘密主義もその一部とも言える。その中で神の系譜として恐ろしい力を持っていた翠の人間を疎ましく思い、酷いことをしていてもおかしくはない。
里の襲撃も、復讐の一部だったのかも知れない。
「…ご、ごめんなさい。」
「気にしないで。事実として私たちもいろいろ背負っているわけだから。」
メイは素直なの謝罪に笑ってみせた。
確かにメイたちにとってあの翠の当主は里を襲い、多くの人間を殺した悪だった。だが、にとっては自分と同じ神の系譜の直系の一人として、仲間のように捉えているのだろう。それは仕方がないことだ。
この少女とて莫大なチャクラを持ち、一族に守られながらも己が何であるかを考えたはずだ。血継限界が戦いを産むと忌み嫌われる水の国で、メイが、己が何者であるかを問い続けたように。
「でも気をつけて頂戴ね。翠の当主は龍を操ってたから、龍がまだ住んでいるかも。」
メイも直接見ているが、龍の力は恐ろしいものだった。一体どういった形であの龍を操っていたのかは全く分からないが、口寄せではなかったはずだ。
メイの危惧には首を横に振る。
「いえ、もし仮に龍を操っていたとしても、多分、翠の当主が死んでいるのなら、龍も消えていると思います。それが原則なんです。」
は隣のイタチを見て、メイに口を開いた。
誰かに封じない限り、主が死ねば主を守る神も消える。それは鳳凰を持って生まれたが一番よく知っていることだった。
神の系譜の中には先祖返りと言われる人間が存在する。
要するに先祖である神の力を宿した人間のことを言われる。六道仙人の時代から炎一族は今の一族の形式を持っており、伝承などもすべて残っている。文献によれば先祖返りは決して珍しい物では無く、何代かに一度は存在している。
おそらくその巨大な龍とやらもおそらく翠の起源となった神で、最後の神の系譜が先祖返りだったために持っていたのだろう。
「…苦難の時代、だったんだね。」
先祖返りが現れるのは、その時代に必要だからだと言われる。要するにそれがなくては生きていけないほどの争いごとの前触れとされているのだ。
それを思えば、はその翠の神の系譜に同情すら覚えた。
亡景