血霧の里と呼ばれた15年前の霧隠れの里ならば、間違いなく翠の血継限界を危険だと判断して皆殺しにするくらいのことはやっただろう。またおそらく、この一件がばれないように、関わった忍も皆殺しにしたのだ。

 何らかの形で、翠の当主は呼び出され、その間に一族は殺された。だからこそ、翠の当主は里を襲ったのだ。殺された一族の敵討ちとして。




「紅姫(くき)姉様、だから。」




 は呆然とした面持ちのままへなへなとそこに座り込んだ。

 唯一生き残りであった紅姫が道理で一族の末路を語りたがらなかったわけである。生き残った彼女は自分の家族が凍りづけにされたことを、口にすることが出来なかったのだ。

 全員が呆然とする中、の耳に、小さな声が聞こえる。それとともに、ちりんと鈴の音が聞こえたような気がした。





「あれ?」





 は目じりにたまった涙を拭いて、顔を上げる。





「どうしたの?」

「なんか、聞こえた…。」






 広間を抜けた奥から、何かの音が聞こえた気がしたのだ。だが、広間はただの四角い空間で、どこにも道はない。石造りの広間には氷付けの人間だけがただとどまっているのみで、何もない。




「ここには、生きている気配は何もないわ。」





 メイは目を伏せて悲しそうに言う。

 ここに何年も誰も入っていないのは、埃や積もった石のかけらの状況から分かる。生き残りは愚か、ここに入り込んだ人間すらいないのだ。翠の当主が最期に張った、結界のせいで。

 翠の当主は最期に一族の墓所にふたをしたのだ。蹂躙された一族が、二度と誰にも犯されないように。





「そんなことないよ。だって、なら、なんであの龍はあんなに必死になってるの?」





 は立ち上がり、恐る恐る凍り付けになっている人々の中へと足を進める。

 氷付けの死体だらけの広間を進むことは勇気がいったが、後できちんと葬るからと心で繰り返し、胸を張ってまっすぐ進む。

 慎重には奥の壁に手を当てて調べてみるが、ただの壁のようで仕掛けもない。






?」





 ナルトが恐る恐るの行動を問う。





「絶対に何かあるはずだよ。それに忍具の蒼帝も見つけてないし。」





 ここに来た最大の理由は、忍具の蒼帝だ。仮に龍が守っているのが単にこの氷漬け死体だったとしても、翠の当主が里から忍具を奪って隠すならば絶対に自分が命をかけて張った結界の中に違いない。

 ならば少なくとも、忍具はここにあるはずだ。





「そ、そうですね!」




 あまりの事態に呆然としていた長十郎も頷き、と同じように近くの壁を探る。

 ぱっと見、広間には確かに通路は無さそうに見えるが、壁に隠し扉があるのは正直忍の世界ではありきたりな話だ。

 死体に驚いていたサクラとナルトも頷いて、同じように継ぎ目を探す。





「あんまり、見たくないけど、ちょっとどいて、」






 は探していたが時間がかかりそうなのを見て、探している長十郎やナルトに、後ろに下がるように言う。

 本当は残酷な場面になるので、あまり見たくはない。だがあまり時間がかかればイタチの負担も大きくなる。戦っているイタチを思えば、はぎゅっと手を握って、紺色の瞳を一度閉じ、水色の透先眼を開いて、広間の端に立って広間全体を見渡す。





 視界が過去を、さかのぼる。

 母親と思しき女性が、子どもの手を引く。父親と思しき男性が、青年が恐怖を押し殺しながらも女たちを庇う。

 それは避難所となっていた広間の、最期の光景だ。


 裾を引きずるように長い着物姿の綺麗な女性が、一人の幼子を腕に抱え、一人の幼女の腕をもう片方の手で引き、部屋へと入ってくる。二人の幼子は水色の髪をしていて、不安そうな顔をして母親を見上げていた。


 たくさんの人が、避難所となっている広間へと逃げ込んでくる。


 すすり泣く声、恐怖に耐えきれずに泣き叫び、気をおかしくするもの。子どもを必死で宥めようとする声。ありとあらゆる負の感情が渦巻く部屋の中で、誰もが終わりの時を待っていた。



 氷結の術、凍り付くすべての命。高笑いをする忍の声。

 何も存在しない空間に動く二つの影、

 青色の髪の男、大きな鏡。天井の裏にある空間。





「上だ。」





 は顔を上げて、広間の天井を見上げる。





「上なのか?」

「上だと思う。…どうしよ。届かないよ。あの辺りなんだけど、割ったら困るから、気をつけないと。」

「分かったってばよ。」








 ナルトは多重影分身をし、天井を探っていく。




「…視えたの?」




 が目を伏せてその様子を眺めていると、メイが躊躇いがちにに問いかけた。





「おそらく、間違いがなければ、翠の子どもは二人、生きているはずです。」





 は悲しみにこみ上げてくる涙を必死で堪えながら、メイに言う。この広間の過去の中、凍り付いたすべての命の中で、動いた二つの影があった。

 青みがかった黒髪の綺麗な女性に抱かれていた二人の子どもだ。

 同じ水色の髪の男が子どもたちを連れて行った。彼が最期の翠の当主ならば、おそらく彼は子どもたちを安全な場所へと連れて行ったはずだ。彼はその後、里を襲い、忍具であった蒼帝を奪い、この場所が穢されないように命をかけて結界を張って死んだ。

 彼の持ち物であったはずの龍が何故残っているのかは分からないが、もしかすると蒼帝に何らかの仕掛けがなされているのかも知れない。




「隠れているという事かしら。」




 メイは小さく息を吐く。

 神の系譜はお互いに連絡を取ることはほとんどない上、里にも帰属しないため基本的には頼る場所はない。一体翠の最期の子どもたちがどうなったのかは、誰にも分からないだろう。翠は滅びたと言われていたが、風の国の飃と同じく行方不明になっているだけと言うことだ。

 15年もたてばさすがのの透先眼でも追いようがない。





「そうですね。」






 は凍り付いて綺麗なままの遺体のうちの一つに、目を向ける。

 正装なのか、鮮やかな青色の龍を描いた着物を着た、長い漆黒の髪の女性。年の頃はきっと24,5歳といったところだろう。女性の腕には子どもを抱いていたのか、不自然な空間があった。

 彼女が霧隠れの里を襲ったという翠一族の当主の妻であり、二人の子供を産んだ。もしかすると、その二人の中に正当な神の系譜ー次の当主となるべき人物が含まれていた可能性は高い。



「あったってばよ!」





 天井裏を探っていたナルトが手を振り上げて、気をつけながらゆっくりと鏡を引き出す。

 それは綺麗な真円の鏡で銀色の美しい縁取りがあった。影分身のナルトとサクラがそれを割らないように慎重に石畳へと下ろす。






「これが、蒼帝?…水面みたいな。不思議な色合いだね。」




 が見る限り、その鏡は普通の鏡ではなく、の姿を全く映さない。だが、青色の表面が水面のようにゆらゆらと揺れていた。





「すっげぇー綺麗だな。」





 ナルトが目を輝かせてその鏡に触れる。その途端、怪しく鏡が光り、ナルトのチャクラを吸い込んだ。





「え、ちょっと、」





 サクラが慌ててナルトの手を引きはがすが、ナルトは苦しそうにその場に倒れる。だが代わりに鏡が光を放ち、その光が徐々に凝縮した。

 光がおさまる頃に現れたのは、眠る二人の子どもだった。













長眠