「こ、子ども?」
忍具・蒼帝から現れた二人の子どもを見下ろし、長十郎は戸惑いがちに呟く。
まだ年齢は5歳以下と言ったところだろう。
一人は女の子、一人は女の子よりは体の小さい男の子のようだった。二人とも水色の柔らかそうな髪をしていて、容姿も似かよっている。着物の後ろにかいてあった家紋に、メイは目を丸くした。
「この子たち、」
「翠の、生きてた子たちだ。」
15年前、すべてを凍り付かせたこの部屋で、生きていた小さな子どもたち。後から翠の最期の当主に連れて行かれたはずの子どもたちが、15年前と変わらぬ姿でここにいる。
は慌てて膝をつき、女の子の体を抱き上げる。チャクラを奪われて倒れたナルトを介抱しながらも、サクラがその幼女の首に触れると、温もりと共に脈が確認できた。
「生きてるわ。」
「忍具が封じていたのは、この子たちということかしら。」
メイは一つの仮定を口にする。
翠の最期の当主は一族のすべてが死に絶えながらも、自分の子どもたちが生きていることを理解した。とはいえ、自分が里から狙われていることは知っており、子どもたちを守りながら生き抜くことが難しい事をわかっていたのだ。
ならばある程度ほとぼりが冷めるまで、子どもたちを忍具で封印し、未来に託そうとした。
この湿地帯までやってきて、神の系譜が命をかけて張ったほどの結界を破り、龍を倒してここまで来る人間が、別の神の系譜か、もしくは人柱力か、ひとまず力を持った人間であることは、翠の当主もある程度予想していただろう。
おそらく忍具・蒼帝の仕掛けは他者のチャクラをぎりぎりまで奪って、かわりに子どもたちを眠りから覚ますものであり、最後に子どもたちの目を覚まさせたものがろくでもない人間だった場合、子どもたちが逃げることの出来る時間を稼ぐためだったのだ。
「うぅ、やられたってばよ。」
ナルトはチャクラをしこたまとられたため、苦しそうに呻いて何とか身を起こして座り込む。
チャクラの多いナルトだが、どうやらしこたまとられたらしい。九尾のチャクラがあるので大丈夫そうだが、それでも少し休憩が必要だろう。
「…ぁ、ぅ、」
が腕に抱いていた幼女が、目を覚ます。
薄い色合いの水色の髪と違い、彼女の瞳は濃い青色で、は翠の生き残りだった紅姫(くき)のことを思い出して目を細めた。
「うぅ、ぁ。」
幼女は何度か目を瞬いたが、ぱっと起き上がり怯えきった瞳をに向ける。そして長十郎に抱かれ、今まさに起きようとしていた男の子の方を抱き取り、たちから距離をとろうと離れる。
「えっ…」
はあまりの幼女の怯えように驚き、固まる。
「たきだけはゆるして!!」
青色の瞳に涙をいっぱいためた幼女は必死の形相で叫んだ。
「たきはちいさいの!だから、だから!!」
幼女自身もここにいる人間のことが怖くてたまらないのだろう。涙をぼろぼろ流して、がたがた震えて、それでも弟を腕の中に抱いて、幼女は懇願する。
「わ、わたしがやったの!!いきはどうなってもよいから、たきをころさないで!!」
彼女が鏡の中に封じられる前に見たのは、霧隠れの里の忍によって凍り付いた仲間たちの姿だったのだろう。死ぬために去って行く父の姿だったのだろう。
それは幼女にはもう頼る人間がいないことを示している。
自分も怖くて怖くてたまらないのにそれを押し殺し、弟を助けようと必死で懇願する姿があまりにも哀れで、はどうして良いか分からなかった。
「私たちは、貴方を傷つけたりはしないわ。」
メイは幼女に優しく言って、攻撃しないことを示すように両手を広げてみせる。
「…うん。」
もメイにならって背中に負っていた刀を石畳の上にいったん置いた。長十郎も同じように下に自分の刀を置く。
「…ほんとう?」
幼女はそれでもまだ疑うように、メイたちをじっと見つめる。
「たき、いっしょ。」
唐突に幼女の腕の中で黙っていた男の子が、を指さした。
「たき、いっしょ、とり。」
青色の瞳でを丸く映して、言う。
「…そっか。」
は納得して、慎重に近づいて、男の子の前で膝をついた。
「ねえ、龍を止めて。わたしたちは貴方を傷つけたいわけじゃないの。」
メイが遺体を霧隠れが確認したと言っていたとおり、やはり間違いなく、翠の最期の当主は死んでいる。そして、龍は宿主が死ねば消える。
要するに死んだ最期の当主は龍の宿主ではないのだ。
「わたしの鳳凰と戦っている、龍を止めて、」
イタチが今戦って止めてくれている龍は、翠の最期の当主の物では無い。この小さな男の子のものなのだ。龍はおそらく翠の最期の当主の願いに呼応し、この男の子を守るために戦っただけ。霧隠れの里を襲った時も、龍は最期の当主に操られていたのではなく、男の子を守るために協力していた。
そして龍は15年間ずっと、忍具・蒼帝の中で眠る宿主を守り続けていたのだ。
「わかった。」
男の子は抑揚のない声で、こくんと頷く。
「おねえちゃん、いっしょ?」
幼女も弟の言葉に理解したのか、少し安堵した表情でに尋ねる。
やはり同じ神の系譜の直系だと分かれば、ある程度警戒は解けるらしい。とはいえ、元々小さな子どもとあまり接したことのないが慌てていると、メイが柔らかに笑って子どもたちに言った。
「ごめんなさいね。今度は絶対に、里は貴方たちを傷つけたりしないわ。」
そっと、幼女の水色の髪を優しく撫でる。
血霧の里と呼ばれた時代、傷つけたものが沢山ある。それを背負うのも水影であるメイの役目だと、メイは何よりもよく知っている。覚悟もある。だからこそ、水影という名前を受け継いだのだ。
「お名前は?」
メイは優しく幼女に尋ねる。
「…いき、」
「どんな漢字を書くのか、わかる?」
「うん。淡姫、」
淡姫と名乗った幼女は、漢字をメイの手のひらに書く。年齢はまだ5歳前後だろうから、漢字で自分の名を覚えている彼女は随分と賢い。
「弟の方は?“たき”だったかしら。」
先ほど幼女が叫んでいた名だ。
「うん。みずにりゅうで、たき」
おそらく、瀧だろう。メイは納得して幼女に優しく頷き、淡姫を抱き上げた。
「出ましょう。ここはあまりに残酷すぎるわ。」
凍り付いた人々の遺体が置かれているこの場所にあまり長居するのは子どもたちも嫌だろう。
メイのかけ声にも立ち上がり、自分の刀を拾ってから後ろを振り返った。
「ナルト、大丈夫?立てる?」
「なんとか、だってばよ・・」
チャクラをしこたま奪われてしまったナルトはふらふらと立ち上がったが、横から長十郎が支えた。それを小さく笑ってとサクラが見ていると、くいっとの着物の袖を、瀧が引っ張った。
「おねえちゃん、ひ。」
「ひ?」
「うん。さむい、かわいそう。だから、」
瀧は凍り付いた仲間たちの遺体を見て、に懇願した。
15年もの長い間、氷の中に閉じ込められていた翠の人々。多くの人々が名すらももう誰も覚えておらず、分からない。墓標を作ることは出来ないだろう。
ならば、もう燃やしてあげた方が良いのかも知れない。氷の中で閉じ込められるよりは。
「ここには必ず石碑を建てるわ。」
メイは淡姫を抱いたまま、悲しそうに頷く。
は自分の肩に止まっている白炎の蝶を見て、指示をする。悲しげにふわふわと蝶が凍り付いた広間を待っていく。蝶の鱗粉が広間に満たされ、淡い光と共にすべてが白炎と共に灰になるまでに、それ程時間はかからなかった。
永眠