イタチはいつもより少し大きめの犬神を見て、犬神の方に問う。





『大丈夫だ。俺は力持ちだ。』





 低い声で言って、白い毛並みの犬神はイタチに答えて尻尾を振って見せた。

 藍と言う名のこの犬神は状況に応じて巨大化できる力を持っており、いざとなった時も対応しやすいと言うことで選ばれた。も体力がないが、翠の子どもたちも同じだ。淡姫と瀧は犬神にと一緒に乗って行くことになっている。





「私も側から離れないけれど、何があっても大丈夫なよう、警戒して頂戴。」





 メイが犬神にまたがるに命じる。

 神の系譜の直系はその血肉だけでも恐ろしい効能を持つ。まだ子どもの二人は自分で己の身を守ることが出来ず、暁に狙われる可能性は十分にあった。長十郎や青を初め霧隠れの面々も一緒に移動するが、警戒は必要だ。

 ましてや雷の国の神の系譜・麟はどうやら暁についているらしかった。





「大丈夫だよ。」





 は自分の前に乗っている瀧と淡姫を抱きしめる。

 この一週間程、健康的な問題は何もなく、たちの近くの部屋で日々を過ごしていた。

 15年眠っていたことは自体は一族を殺され、知っている人が誰もいない幼い姉弟にとってなんの問題にもならなかったが、氷付けにされた一族を目の当たりにしたことはトラウマだったらしく、夜中に泣き出して周囲を困らせると言うことがこの一週間よくあった。


 たまに水影のメイが起きてきて慰めていたほどだ。


 自分の里が犯した過ちからか、彼女は子どもたちの生活や精神状態を非常に気にかけており、カウンセリングなども含めて医療忍者のサクラと何度も相談を重ねていた。

 今回の雲隠れへの旅程においても、水影のメイも同行するため警備は非常に厳重で、翠の直系の二人の姉弟が二度と恐ろしい目に遭わないようにと心を砕いていた。





「わかりました。」






 は深く頷いて、瀧を前に乗せて、犬神の首につないだ太い紐を瀧と淡姫にかけていく。

 犬神にはあまり心地の良いものではないだろうが、大人のならともかく、子どもの瀧と淡姫は振り落とされる可能性がある。そのため、気をつけるに越したことはなかった。






「うちはイタチ、貴方も絶対に姫から離れてはならない。木の葉の小隊も、こちらのことは、こちらで対処する。二度と淡姫と瀧が傷つくことがないように。」

「承知しました。」






 メイの命令にイタチも頷く。

 他人を守りながら戦うというのは非常に難しいことだ。ましてや一人では何も判断できない子どもであればなおさら難しい。イタチ率いるサイ、サクラ、の小隊は、淡姫と瀧の護衛が原則となっているようだった。






「…雷遁で襲ってくるなら、どうにかなるかな。」

「たきはらいとんできない。すいとんすき。」





 瀧はの言葉を聞いて、自分にまかれた紐を引っ張りながら言う。





「わたし、水遁苦手だよ。」





 火を司る神の系譜だけあって、は火遁が得意だ。風遁ももちろん性質変化として持っているため得意だが、性質変化上、火に対して有利な水遁は全く駄目だった。

 麟の神の系譜なら、雷遁で来るだろう。雷遁は風遁に弱いことを考えれば、は若干有利かも知れない。






「だいじょぶ。たき、すいとんすき。」





 しょんぼりしているが可哀想になったのか、瀧がとんとんとの手を叩いてを慰める。





「えー、、にがてなの?おしえたげよか?」





 淡姫が無邪気に体を右左と揺らして言った。やはり水の神の系譜だけあって子どもながら水遁は得意らしい。





「心強いな。俺も水遁は苦手だ。」





 イタチは二人に苦笑して、犬神の隣に並ぶ。





「いたちもなの?かんたんなのに。」

「俺も火遁が得意なうちは一族出身だからな。」





 しかも形質変化はと同じ火と風である。

 とはいえ、襲ってくるのが麟の神の系譜ならば、雷遁を使ってくるだろう。原則として雷遁は風遁に弱いからこそ、風遁が得意なイタチとが二人の護衛をすることになったのだ。随行する多くの人員が霧隠れの里の忍で、水遁を得意とする。水遁は雷遁に弱いため、護衛として相応しくない忍が多かった。

 まぁもちろん、瀧がに一番懐いていることも理由の一つだ。





「もこもこ。」






 一番先頭に乗っている瀧は嬉しそうに犬神の白い毛並みに顔を埋める。





「うん。おおきい!かわいいなぁ!いきもほしい!!」




 淡姫も犬神が気に入ったのか、頬を白い毛にすりつけた。そんな無邪気な子どもの様子に、緊張気味だった随行の忍も笑いを漏らす。





「行くわよ。」





 メイの声に反応して、皆が走り出す。と瀧、淡姫が乗った犬神もそれに呼応して遠吠えをして、走り出した。

 湿地帯が多い水の国は忍のように水面にチャクラで吸着できなければ、足を取られて動きにくい。だが、水面へのチャクラの吸着は常にチャクラを使っている状態になり、どちらにしても非常に疲れる。2時間ごとに休憩が挟まれる。

 5時間ほど進むと、灯台の灯りが見えたが、それは霧の中でのぼんやりとしたものだった。灯台では雲隠れの忍が待っていると言うから、もう少しで到着して合流できる。





「なんか、おみずばっかりだね。」





 淡姫がに不思議そうに尋ねる。





「うん。そうだね。」






 来る時にも見てきたが、この辺りは湿地帯ばかりで、しかも霧が立ちこめていて視界が悪い。の透先眼でも流石に霧の中で見抜く力はない。遠目の能力が基本だが、それはあくまで人間の視界と変わりなく、写輪眼や白眼のようにチャクラを見抜く力はない。

 そういう点ではただ単に過去、現在を見抜く遠目の能力だと言うだけだ。そもそも性質が違うし、おそらく保持した過程としても戦いのための物では無かったと考えられている。






「…イタチ、」






 は子どもたちには悟られないように隣を走っているイタチを見下ろす。





「わかっている。」





 視界が霧に囲まれている限り、透先眼はそれ程役に立てない。敵の居場所が分からないと言うことだ。感知の忍が周りを警戒しているが、それでも心許ない。相手が暁や麟の神の系譜であればなおさら、それ相応の手練れと言うことになる。





「みず、うごく。」





 瀧がじっとその不思議な色合いの青色の瞳で水面を見つめている。





「藍!飛べ!」






 イタチが珍しく声を荒げ、大声で犬神に命じる。





「ぎゃああああ!!」






 犬神が何とかそれに従って飛んだ次の瞬間、ばちりと水が光に包まれ、辺りを走っていた複数の忍が叫び声を上げて倒れた。

 湿地帯の水が雷遁を通したらしい。イタチの声に反応して咄嗟に飛べたものは助かった。また、自分で気づいた忍はどうにか助かったが、それ以外はぐったりとした様子で水の上に浮かんでいる。少なくとも死にはしなくても、失神しているらしい。

 は目を丸くしてその光景を見つめた。

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