「とサイ、サクラは絶対に翠の二人から離れるなよ。」
イタチが短く指示をする。は敵から庇うように前に立ち、サイとサクラは慌てて淡姫と瀧を犬神から下ろした。
霧がまだ晴れていないため、視界は悪く、水影のメイがどこにいるのかは分からない。
だが交戦するような音があちこちから聞こえており、どうやら敵に襲われているらしい。もう少しで灯台だというのに、やはり、雲隠れの忍と合流する前に襲撃してきたようだ。
「、」
小さな瀧が自分の足取りすら危ういというのに、の足下にしがみつく。
「大丈夫だよ。」
は彼の水色の柔らかな髪をそっと撫でて、安心させるように微笑んで、瀧をサクラに託した。
この霧では写輪眼も近づかねば見えず、非常に難しい状況だが、泣いても不安そうな顔をしても状況は変わらない。
「イタチ、霧を晴らす?」
「あぁ、」
イタチの姿は霧でうっすらとしか見えなかったが、その答えには白炎の蝶・白紅を大量に分裂させ、鱗粉を生み出す。それが次の瞬間、白炎に変わり、熱がすべての霧を一瞬にして蒸発させる。霧の晴れた辺りを見回すと、水面には倒れ伏した忍が浮かんでおり、向こうでは水影のメイや長十郎、生き残った他の面々が交戦していた。
ほとんどの忍が黒か灰色の髪をしていたが、メイとイタチが交戦している相手だけが鮮やかな金色の髪をしている。メイと戦っている方が40歳か50歳くらい。イタチと交戦している方が15歳そこそこで、どちらも少し似た顔立ちをしていた。
印もなしに雷を纏って操るその姿に、ははっとして白炎で作り出した大鎌を構え、イタチと戦っている青年の後ろをとり、鎌を振り下ろす。
彼はそれを紙一重のところで避けて、イタチとから距離をとった。
「…おまえ、炎の神の系譜か。」
彼はを見て僅かに目を見張り、舌打ちをすると、後ろでメイと戦っている父親を見やる。
「親父!炎がいる!」
「マジでかぁ、そりゃきついな。」
メイと戦っていた男はふざけたように笑って、肩を竦めると、メイとの戦いをやめて青年の隣に飛んで戻った。
「どいつだ。」
「そこのちびっ子。」
青年はを指さす。ちびっ子と言われたがむっとして二人を睨むと壮年の男は大げさに「おぉ怖、」とわざとらしく怖がって見せた。
「ほんもんか、種なしか、どっちだろな。」
「女の種なしはなかった。親父、どうする?」
「…トビに聞きたいとこだけど。退くか。白炎は流石にやべぇ。」
男はあっさりとした感じで、一緒にやってきた他の忍たちにも指示を出す。途端に一斉に交戦していた忍たちも離れた。
「逃がすか!」
メイが叫び、霧隠れの忍たちが彼らに一斉に襲いかかるが、金髪の男は小さく笑う。
「またな。」
その言葉と共に、雷遁が辺りを照らし、忍たちがはじけ飛び、吹き飛ばされる。ばしゃりと忍が水に落ちる音と同時に男の姿は消えた。
「追いますか?」
透先眼を持っているがメイに尋ねる。
「いえ、必要ないわ。淡姫と瀧の身柄の確保が一番よ。」
の力なら追いかけることは出来るだろうが、今深追いをして戦力を裂くよりも、先に翠の直系である瀧と淡姫を雲隠れの安全な場所に送り届けるのが先決だ。ましてやを舞台から離せば、次に襲われた時に厄介である。
ましてや、雲隠れの忍たちとの合流場所である灯台はもうすぐそこだ。
「…翠の直系を保護したのがばれたんですね。」
イタチは訝しむように霧隠れの忍たちを見回す。
暁が各国に内通者を送り込んでいるのは有名な話だ。十分にあり得る話かも知れない。また飃の件で分かっているとおり、神の系譜の直系は強力な結界の糧になったり、すばらしい力を持っていたりするが、子どもはそれを自分で守るだけの力はない。
が翠の子どもたちを振り返ると、サクラに抱かれていた淡姫も、サイに抱かれていた瀧も、どちらも酷く怯えてがたがた震えていた。サクラが必死で宥めようとするが、どうしようもない。
が振り返ると、サイに抱かれていた瀧はすぐにに抱きついた。
「大丈夫だよ。」
は瀧を抱き上げて、優しく声をかける。
彼らの心の中には未だに一族を目の前で凍りづけにされた光景が、眠っていた彼らには15年前の事とは言え、色鮮やかに残っているのだ。
声もなく震えながらも、無言で泣くのは、きっと氷になった母の腕の中、殺されたくなくて恐ろしくて、ただ敵にばれないように隠れていたからだろう。
「…うん。悲しいね。」
は瀧の涙に濡れた頬に自分の頬を押しつけるようにして、声を吐き出した。の紺色の瞳にも涙が浮かぶ。
悲しい、怖い。悲しい。
その感情が腕に抱いている小さな瀧から、伝わってくるようだった。幼い彼らには戦いはきっと恐ろしいものなのだ。も昔はそう思っていた。
「こわい。」
瀧もそう言って、の首に腕を伸ばして抱きつく。それでもの涙を見て落ち着いたのか、先ほどのようにがたがた震えることはなくなっていた。
「…大丈夫かい?」
長十郎がまだサクラの傍にいる淡姫に尋ねる。先ほどまで震えて泣いていた淡姫も少し落ち着いてきたのか、小さく頷いて犬神を見上げた。
「怪我人を確認しなさい。」
鋭いメイの声が響いて指示を出す。
一度ここで皆、確認と休憩だ。先ほどの一瞬の雷の攻撃で水に浮かんだまま倒れて反応しない人間もいる。
「木の葉の小隊は翠の子どもから離れないように。サクラ、貴方はこちらで怪我人を見て頂戴。」
「はい。」
メイの指示にサクラは頷いて、淡姫を今度はイタチに託す。
イタチは淡姫を抱き上げて、小さい頃にしたようにぽんぽんと背中を叩いてやった。サイも慣れていないながら心配そうにとイタチに抱かれている子どもたちを見て、ぎこちないながらも背中や頭を撫でていた。
「どして、あのひとたちは、淡姫たちがきらいなの?」
こわごわと淡姫はイタチに尋ねる。
「おまえたちは、特別な力を持ってる。それを狙う人がいるんだ。」
イタチは淡姫をあやすように揺らしながら、優しい声で答えた。淡姫は意味がよく分からないのか、小首を傾げて不思議そうな顔をする。
「とくべつ?」
今まで淡姫は翠の一族の中で直系として大切に育てられてきたことだろう。
自分たちが特別な力を持っている。それが他人にとって酷く恐ろしいものであると言うことを、も外に出て、下忍になってから初めて気がついた。神の系譜の誰もが、必ず向き合っていかなければいけない事実だ。
「でも、わたしは瀧と淡姫が大好きだよ。」
は瀧を抱きしめながら、震える声で言う。
昔自分の両親が、何度もに繰り返したその言葉が、自分が化け物かも知れないと疑うの心を常に支え続けていた。だからも彼らに言う。
「大好きだよ。」
そう言うと、腕の中の瀧は縋るようにの服を掴んだ。
小願