雲隠れの里を訪れるのは、も初めてのことだった。






「本当にすんません。」






 ダルイはとイタチの部屋となった宿舎の一室で、頭を下げる。

 神の系譜の直系の子どもたち3人の面倒を任せられたダルイは、どうやら三人に負けてここまで案内してきてしまったらしい。おかげでとイタチの部屋はまるで託児所のような状態になっていた。






ねね、これ正解?」






 の又従兄弟でもある椎がやってきて、首を傾げる。

 今、水の国・翠の直系の5歳の淡姫、3歳の瀧、そして今年である土の国・堰の直系、5歳の椎は勉強の時間。

 椎が手に持っているのは紙に書いてある算術の問題だ。イタチが20問ずつ簡単な算術の問題を紙に書き、それを渡してやらせ、全部終わったらの所に持っていき、答え合わせをして貰い、またイタチに算術の問題を書いて貰うというのをローテーションしていた。





「ん。全問正解だ。すごい。」





 は椎の焦げ茶色の癖毛を優しく撫でて、花丸をつけてやる。





「ねね。」





 椎は甘えるようにの膝に頬をすりつけた。

 子どもたち全員が、とイタチの所に行きたいとダルイにごねたらしい。おそらく知らない人ばかりの不安もあるし、が自分たちと同じ神の系譜で、傍にいれば守ってもらえるというのも分かっているのかも知れない。

 淡姫と瀧は15年間鏡の中で眠っていたが、眠る少し前に氷結の術によって母と一族を凍りづけにされ、父も亡くなっている。椎は先日両親と共に雷の国の神の系譜・麟に襲われて、両親は昏睡状態だ。

 子どもたちの不安や悲しみは、簡単な物では無い。





「椎、おいで。」






 もその気持ちが痛いほど分かって、椎を自分の膝の上に抱き上げて抱きしめた。

 知らない人ばかりの中、土の国から雷の国まで一人で連れてこられた椎の不安と恐怖は並大抵の物では無かったはずだ。

 その証拠に椎も、前に炎一族邸に来た時は元気はつらつで困るほどに遊び回っていたのに、今はの側から離れようとはしなかった。





「いたちーみてみて、おさかな!」





 算術に退屈した淡姫が何かをふよふよと浮かせている。

 それは魚の形に凝縮した水だった。ちらりとイタチが花瓶の水を見ると、水がなくなっていた。まだ幼いため何もないところから水を作ることは出来ないが、水を自由に移動させることは出来るらしい。





「すごいな。それは増やせるのか?」

「ふやすはむりー。まだいっぴき」





 子どもであるため、まだ難しいコントロールは出来ないらしい。それでも淡姫は水を使うことができるのだ。





「すごいっすよね。」






 ダルイはここ数日椎の面倒を見てきたこともあり、既に納得しているように呟いた。

 幼くとも、神の系譜はそれぞれの性質変化の能力を使える。病弱であったですらも幼い頃から白炎を使うことはたやすかった。健康な神の系譜であれば、子どもとはいえへたをすれば上忍レベルの術を使えることもある。





「だからこそ、道のりは過酷だがな。」





 イタチは子どもたちに分からないように、わざと難しい言葉を使った。

 木の葉においては神の系譜は炎一族のみで、今の宗主である蒼雪は娘のに酷く優しく、婿である斎もを心から愛し、慈しんでいた。大きな炎一族は宗家と一族の子どもたちを守る緩やかで優しいゆりかごだ。


 そんな一族のあり方に、イタチは昔から憧れていた。


 だが他の神の系譜を見れば、彼らのたどる道のりが、決して簡単な物では無いことがよく分かる。争いの中に父母を亡くし、一族を亡くし、その血と特別な力から故に他者から狙われる。

 もし忍界大戦がなければ、五大国が彼らを保護しなければ、へたをすれば風の国の神の系譜・飃の兄弟のように自分たちのあり方すら知らず、世界を憎み、滅ぼそうと願ったかも知れない。こんなに無邪気に遊び回ることは出来なかったかも知れない。





「さかなー」 






 瀧が魚を作っていた水を取り上げ、円を描く。





「あー!たきがとった!」





 淡姫が水色の髪を振り乱して怒って弟を追いかける姿を見ながら、イタチは目を細める。

 特別な力を持つ以外、彼らはただの子どもだというのに、その力のために否応なしに戦乱に巻き込まれていく。それがどれほど残酷なことなのか、大人はきっと忘れてしまうのだろう。





「なんか俺もいろいろ考えたけど、力があるだけの、ただの子どもっすよね。」






 ダルイとしても、何故自分がおもり役にされたのか、椎の力を見て十分に納得した。彼が遊びだと思っていたとしても、それが遊びを越していることがよくあるのだ。

 しかし、彼は幼すぎて力の扱い方を分かっておらず、ただ子どもなだけだ。言い聞かせ、こちらがとても痛いのだと言うことを説明すれば、泣いて謝る優しさがある。知らないだけ。






「その通りだ。まあ今は普通のも昔は炎で四代目火影の髪を掠ったという噂があるしな。」

「え、そうなの?!」





 聞いたことも無い話には目を丸くしてイタチに尋ねる。






「知らなかったのか?おまえ赤ん坊の頃は気に入らないと結構泣いて周りを燃やしていたらしいぞ。まぁ、掠ったとはいえ、四代目火影には随分懐いていたらしい。」







 イタチがの父・斎に聞いたところによると、人見知りの酷かったは赤子の頃はよく泣いては周りを燃やしていたため、抱く人間は少なかったらしい。髪を掠ったとは言え、抱けただけ四代目火影には懐いていたと言うことになる。




「今はただの俺の恋人だ。」





 イタチは少しふざけるようにに笑う。

 の力が特別だと言うことはよく知っていたが、だからといっての人格が変わるわけではない。力はの人格をおとしめたりしないし、それがイタチとの間に壁を作ることはない。心や体が変わるわけでもない。


 ただの、人間だ。





「そうっすね、俺たちと何も変わらない。」





 ダルイはに苦笑して、また子どもたちに目を戻す。

 ちゃんと力の使い方を覚え、他人を思いやることを知れば、決して彼らは化け物ではない。なぜなら元々力を持つだけの、人間なのだ。

 ただの子どもが、今の状況を不安に思うのは至極当然。





「ねね、なんでみな、あつまるの?」





 膝の上にいた椎が、をその赤紫色の瞳で見上げて問う。

 子どもなりに両親が襲われたことや、自分たちが一カ所に集められていることを疑問に思っているのだろう。






「大きな戦いがあるんだよ。椎たちが狙われたら困るからね。」






 は椎の癖毛を撫でながら、優しく宥めるように言った。





「たたさまとかかさま、おそった人、敵?」

「…そうだね。」

ねねもしぬ?」





 椎は今にも泣きそうな表情で、に縋り付く。





「死なないよ。要兄様や紅姫姉様だって死んでない。」





 は椎を抱きしめて、首を振った。

 確かに要とその妻の紅姫は今重傷で、酷い状態だが、それでも死んではいない。昏睡状態ではあるが、まだ必死で生きようとしている。

 あの優しくて家族を大切にしている二人が、絶対に子どもの椎を残して、死んだりしない。




「ねね、ぼくもしぬ?」






 特別な力を知った。自分が誰かから狙われていることを知った。しかしまだ、それに抗する力を持たない子どもは、一体どうしたら良いのだろう。

 椎が抱くあまりにも早すぎる疑問には強く椎を抱きしめる。





「死なないよ。」





 不安を精一杯表現する哀れな子どもたち。

 絶対に死なせたりしないと、は心からそう思った。



脆弱