「目がしばしばする。」






 透先眼を連続で何日間も使ったことがなかったは、自分の目を擦って言う。







「いや、姫。こすっちゃだめっすよ。」









 隣でが視た情報を文書化していたダルイが袖で目を擦るを止めるが、視界が霞むはこしこしと目を擦る。







「んー、でも、明日から…偵察隊出るから…」






 明日には偵察部隊が先に出る予定なのだ。隊長のアンコは病弱だった時代からのの友人で、豪快で気の良いお姉さんで、としても多少無理しても力になりたい。

 ただここ数週間ぶっ続けで図面書きを続けていたため、体力と目の方が限界のようだった。





「少し休んでから再開にしよう。ここまで出来れば十分っしょ。」

「でも、明日までだから、もうちょっと」







 宥めるダルイを制して、はひとまず図面に向き合う。

 透先眼の視界は基本的に50キロ程度だが、それでも媒介があれば範囲は広がる。今他国の忍などが沢山の媒介を持っているため、いろいろな所が見えるのだ。とはいえチャクラも必要だし、長距離を視るには媒介があるとは言え、普通よりもかなり疲れる。

 1週間ほどぶっ続けてひたすら情報収集、図面書きに追われているは、目の下にクマができていた。







姫、おまえ少し休め。」





 仕事をするためにやってきた雷影のエーが、少し驚いたような顔でを見下ろし、少し素っ気ないながらも言う。

 が図面を書いている部屋は雷影の執務室に作られており、情報はすぐにエーを経由して情報部隊に伝えられている。





「明日、明日出ちゃうから…もうちょっと危なそうなとこ、頑張って視ます…」





 は机にへたばりながらも地図を開いてもう一度偵察隊が歩くであろう場所を確認する。敵のアジトが近いのか結界で見えないところも多いが、それは同時にそこで何かをしているという印でもある。

 だからあらかじめが把握できる結界の場所を記録しておけば、トラップもそこにある可能性も高く、偵察部隊が引っかかる可能性も減る。

 日々変えられている場所もあるので、それの傾向もきちんと記録していた。





「…」






 エーは呆れたような表情でため息をつき大股でつかつかとの机の前まで歩いてくる。





「?」






 が首を傾げると、途端にエーがの持っていた地図をぱっと取り上げた。






「え!」

「8時間休憩だ。」

「で、でもっ、」

「話はそれからだ。」






 地図をとられてしまえば、さすがのも視たとしても、書き込む場所がない。疲れもあって机の上にそのまま突っ伏していると、今度は襟首を掴まれ、ソファーに放り投げられた。





「わっ、」





 ついでに上から柔らかい毛布も降ってくる。





「まずは食事からだな。」






 問答無用でソファーに座らされ、毛布に埋もれる。ぱっとが顔を上げると、エーははっきりとそう言って、近くにいた金髪の女性に食事を頼んでいた。






「ちょっと姫、働きすぎっすからね。」






 ダルイも納得して、に言う。






「でも、」

「何日貫徹してるかは知らんが、雷影命令だ。休め。」






 エーはの反論を鋭くいなして、ついでににクッションも投げる。丸いクッションを受け止め、はそれを抱きしめたが、なんだかそれを抱きしめていると眠くなってきてしまった。

 大きな欠伸をしていると、ぽんと頭を軽く叩かれる。






「優秀な忍につぶれて貰っては困る。これで終わりではない。」





 大きな手にくしゃっと頭を撫でられて、は目を細めた。

 他国に来て、初めての忍界大戦と言うこともあって、変に緊張して、気が張っているのかもしれない。人が死ぬのは忍としてはある事だけれど、イタチが恐れる程身近の人が沢山死ぬ可能性があるなんて信じたくない。

 また偵察部隊の隊長が自分の知っているアンコだというのもあるのだと思う。

 彼女に死んで欲しくない。自分が一緒に行くことは出来ないけれど死んで欲しくないから、自分にできる限りの情報を上げたいと思ったのだ。

 自分の目をいつもの紺色に戻して、は小さく息を吐く。





「忍界大戦、かぁ。」






 たちにとっては、初めての戦争だ。







「おまえら木の葉は、長らく大きな戦争をしておらんからな。」







 エーはの呟きを聞いてどさりとの前のソファーに腰を下ろし、言う。

 が生まれてからの大きな事件と言えば、3年前の中忍試験で怒った砂隠れと音隠れが企てた木の葉崩しくらいだ。あの事件で3代目火影はなくなり、もやはりショックを受けたが、まだ下忍であったこともあり、身近な死者は少なかった。


 の身近で死んだのは、アスマくらいだ。

 アスマが死んだときの任務で指揮を任されていたのはであり、葬儀でも号泣し、妻であり、一番哀しかったはずの紅に宥められるような状態だった。






「…わたしは、本当に幸せに育ったんですね。」







 炎一族という大きなゆりかごの中で、木の葉という大きな大樹に守られて、は幼い頃病弱だったとは言え、なんの心配もなく育った。






「その通りだ。」





 エーははっきりとした口調で、その事実をに認識させる。

 神の系譜の子どもたちが過酷な運命を歩む中で、里との宥和政策をとったおかげで炎一族の東宮であるは里のアカデミーに通い、炎一族と里の両方から守られて育った。大きな庇護はに当たり前の穏やかな子どもとしての時間を与えた。

 それがどれほど希少なのかを、おそらくはきちんと知らなかった。他の神の系譜がどうなったかを知るまでは。





「人柱力と違っておまえたちは生まれながらに力を持ってる。だからこそ、非常に難しい存在だ。」





 生まれながらの化け物。それは元々人間で、里のためと納得することの出来る人柱力と違い、神の系譜たちが人との関わりや、理解を求めるのは非常に難しい。





「そういう点では、おまえは、唯一の成功例だ。」





 エーも他の影たちも、己の国に住まう神の系譜には手を焼いてきた。雷の国の神の系譜・麟は里を襲ったこともあり、今は暁に協力している。

 五大国はそれぞれ時には神の系譜を襲い、逆に襲われたこともある。彼らを無条件に恐れ、虐げてきた。

 その中で、神の系譜と里の融和を図っていく上でも、里と非常に良い関係を築いた炎一族の東宮・は貴重な前例だ。

 炎一族の宗主である蒼雪は里で働く忍だし、も同じくだ。は里のアカデミーに通い、同年代の忍たちとも仲が良い。中忍試験と同時に行われた模擬戦でも二人組トーナメントに共に出る友人もいる。


 驚くほど里に溶け込んでおり、里の忍からの信頼も厚い。


 炎一族が里との融和を始めたのはたった二〇年ほど前の話だが、それによって木の葉隠れは優秀な忍を手に入れ、炎一族は直系を守る大きなゆりかごを手に入れた。今のところ何ら問題も起こっていない。

 尾獣と同じく、里のパワーバランスに重要な存在となった。





「自分がなんだろうって、考えたことはあったけど。」






 エーが言うような、大きな事はには分からない。





 ――――――――――――――だったら、が、ばけものなの?






 記憶を失った時、はサスケに問うた。

 昔から人柱力であるナルトの話を聞いたとき、何となく自分と似ていると思ったけれど、彼はお腹の中に化け物を飼っているがは化け物そのものだ。誰のせいにも出来ない、自分自身が化け物そのものなのだ。

 けれど、サスケは言った。







 ――――――――――――――違う。おまえはただのだ。






 は他の誰にもなれない。そして力を持っていたとしても化け物みたいに人ではない、大それた存在ではない。






「わたしはただの父上と母上の子どもで、もっとちっちゃい存在だと思う。」





 はエーに笑う。





 ――――――――――――――は僕と雪の愛が作った大切な大切なものだよ






 自分の父である斎はいつもそう言ってを抱きしめてくれた。はきっとただの両親に愛情をめいっぱい与えられて育った、甘ったれで、頼りなくて、弱虫で、いつも逃げ腰な子どもだ。

 確かに大きな力を持っているのかも知れないけれど、それは自分が大きいわけではない。自分は他人とは変わらない一つの命しか持っていない、小さな存在であることに変わりはなかった。






「もしも、少しでも和解する気があるのなら、あの子たちにも当たり前の愛情を、与えてください。」






 きっとそれが、迷った時に自分を認める力をくれる。優しさをもらうから、優しさを返せるのだ。相手を思いやり理解できるのだ。







「先に、手を差し出してあげてください。」







 化け物として以外の存在価値を、自分が化け物かもしれないと疑う気持ちを上回るほどの愛情と信頼を与えてもらえれば、何があっても悲しみを乗り越えていけるから。

 何も特別なものはいらない、ただ抱きしめてくれる腕と、温もりを誰もが欲していた。


普通