「あんたすっごいクマじゃない。あははっ。」




 寝不足気味で目の下にクマを作っているを見て、アンコは明るく笑う。





「アンコ、酷い。」





 は自分の目元を擦りながら、思わず呟いた。

 昨日は一応雷影に言われてあの後眠ったが、どうしても早朝に先発隊が出るため、寝る間際の最後のあがきでダルイに頼んで、起こして貰ったのだ。


 今は明るいとは言え、朝の4時過ぎ。普通なら眠っている時間である。


 昨日は眠ったとはいえ連日の貫徹は聞いていて、目の下のクマは深いまま全くとれていないらしかった。

 イタチも見送りのためにやってきて、他の忍と話しているが、の目の下のクマを見て驚いていた。

 先発偵察隊は優秀な血継限界や特殊忍術を持つ忍ばかりで編成されている。虫を扱う油女一族のムタ、感知のトクマ、日向一族のランカ、そしてアンコがその隊長として任務に当たることになっていた。

 敵陣地の深くまで入り込む必要があるため、敵に見つかれば交戦する可能性が一番高く、難しい任務だ。その危険性は、離れて偵察できるという利点を最大限に利用する透先眼という血継限界を持つがよく理解している。


 だが、結界が張られていれば千里眼の効能を持つ透先眼でも見抜けないものが多い。

 忍界大戦に先だっての偵察部隊は必須であり、危険とは言え誰かが行かなければならない任務でもあった。






「なんて顔してんのよ。せっかく可愛いってのにぶさいくになるわよ。」




 アンコは何故か余裕があるのか、ふにふにとのほっぺたを触る。

 が病弱だった頃からよく遊びに来てくれていたアンコは、元は大蛇丸の弟子だったが、一時斎の元で暗部として働いていた時期もある。

 上忍になってから何度か一緒に任務をしたが、彼女は優秀な忍だ。

 そして乱暴そうに見えても繊細で、一緒に任務をする時はいつもまだ若くて舐められてばかりのを庇い、時には生意気な班員を殴ってくれる事もあった。





「アンコ…。」





 はこの不安をなんと口にして良いのか分からず、自分より背の少し高いアンコに抱きつく。





「本当には甘えん坊だなぁ。」





 アンコはわかっているのか、いないのか、の体をぎゅっと抱きしめて、肩までしかないの紺色の髪をくしゃくしゃと撫でる。

 病弱だった頃、よく甘味を持って訪れてくれたアンコは明るい笑顔の優しいお姉さんだった。


 には姉はいないが、こんな風に強くて明るい姉がいたら嬉しいなといつも思っていたし、ちょうどが生まれた頃に自分の師である大蛇丸が里を抜け、斎の下にいたことから、アンコもを何かと気にかけてくれた。


 大蛇丸という敬愛していた師を失ったからこそ、アンコもそれを埋める存在を探していたのかも知れない。

 の寿命を理解する大人たちが当たり障りのない会話をする中で、明るくまだ若かったアンコはにいろいろなことを包み隠さず教えてくれたし、誰よりも屈託なく笑ってくれた。

 そんなアンコがも大好きで、イタチのチャクラを肩代わりして貰って外に行くことが出来るようになってからは時々二人で甘味の食べ歩きもしていた。





「…帰ったら、一緒に甘味屋さんに行こうね。」





 が甘えた口調で言うと、アンコは吹き出す。





「言うに事欠いてそれ?」

「だって…」





 言葉はきっと、大切なものだ。蒼一族では言葉には言霊が宿ると言われている。行かないでと言うことは出来ないのだとも理解している。アンコだってこの危険な任務に不安がないわけではないだろう。それでも、仲間を守るために、戦わなければならないと知っている。

 だから、その代わりに約束が欲しい。





「わかってるわよー。それに最近出来た一楽横の甘味屋にはまだ行ってないし。」

「約束だよ。」

「あんたこそ、ぶっ倒れてんじゃないよ。」





 言いつのるを安心させるように抱きしめて、アンコはぽんぽんとの背中を小さい頃と同じように叩く。

 いつもそうだ。アンコはの望む言葉を知っている。はなんと言ったら良いのか今も分からないのに、彼女はの望む言葉を知っていて、それをすぐに与えてくれる。

 はぎゅっとアンコの体に回す手に力を込める。





「大好きだよ。アンコ。」







 アンコがどんな言葉を望んでいるのか、にはわからない。

 師である大蛇丸のことを寂しそうな目で話す彼女を見ても、幼いはいつもなんと言っていいか分からなかったし、どうやって慰めたら良いのか分からなくて、元気になって欲しくて必死でいろいろなことを話した。

 今だってちっとも変わっていない。でも、今言わなければいけない気がした。





「…あっは、あたしもだ。」





 一瞬驚いたように真顔になったアンコだったが、相好を崩すように、何とも言えない表情で笑って、に返す。





「わたしたち相思相愛だね。」

「当たり前でしょ。あんたはわたしの可愛い妹みたいなもんさ。」




 アンコはいつものように明るくて屈託ない笑顔をに向ける。






、本当にあんた賢い子だ。」






 時々、大蛇丸を思い出して負の感情にとらわれるアンコを現実に引きずり戻すのはだった。鈍感なくせに勘の良いはいつも戸惑いながらもアンコが寂しいと思った時、計ったように抱きついてくる。

 師を失った喪失感を、病弱で屋敷に一人でいるしかなかった小さな少女が、徐々に埋めた。

 もしここでアンコが失敗すれば、次に偵察に出されるのは透先眼を持つだ。それはという希少な能力者を失う大きな危険を伴う。

 そして何よりも可愛いを危険にさらす。





「アンコ、」






 は泣きそうな顔でアンコに抱きついてくる。それはアンコの不安な心持ちを理解するかのようだったが、逆にそれがアンコの覚悟を強固なものにした。

 この子を危険にさらすことは出来ない。






「イタチ。」






 アンコは顔を上げて、ムタと話しているイタチに声をかける。






「なんですか、突然。」

「あんたも病気なんかしてないで、をしっかり守んな。になんかあったらあたしが容赦しないからな。」

「アンコさんの制裁は怖いな。」






 イタチは任務でも何度もアンコと一緒になっているため、サクラと同じ、むしろそれ以上にアンコが過激なことも承知している。






「それに、今回は俺とは一緒の任務に就くので、絶対に一人で行かせたりしません。」





 エーにも宣言されているが、今回の忍界大戦では能力上の問題でとイタチはセットで動くことになっているため、一緒にいる限り絶対に守ると約束できる。

 おそらくアンコとしては、サスケとの事の顛末を斎から聞いているから、の単独行動を心配しているのだろう。は勝手に無茶をすることが多々あるから。






「頼りにしてるぞ。」






 アンコはイタチの腕を豪快に叩いて、をイタチの方に押し出す。イタチは今にも泣きそうな顔をしているの肩を抱いて、アンコを見た。も縋るような思いでアンコを見つめる。






「いってらっしゃい。気をつけてね。」




 それ以外の言葉が出ず、涙を押し殺すのに必死になりながら、言う。







「あぁ、も気をつけんのよ。」




 戦うのは何もアンコだけではない。アンコは先発隊と言うだけで、たちも結局は忍界大戦に参戦するのだから同じだ。





「おまえらの働きによって戦局が決まる。期待しているぞ。」






 雷影のエーは危険な任務を担う忍たちを激励する。

 神妙な顔つきで先発偵察隊の4人は頷き、荷物を持ってエーに頭を下げ、出発していく。そんな忍たちの後ろ姿をは不安を抱えたまま見送るしかなかった。

内包