サクラは医療部隊に配備され、基本的には厳しい状況にならない限りは前戦には出ないことになっていた。
「ねね、できた。」
椎が赤紫色の瞳でを見上げ、言う。
土の国の神の系譜らしく、土を扱うことに類い希なる才能を持つ彼は、小さいながらも円形に崖に囲われ、通路は一つだけという地形を、あっさりと作り出した。
本当は土遁が得意な忍に塀を作らせるつもりだったが、幼いながらも土を移動させることにはなんの負担もないらしく、二日で作り上げた。
「椎くんのおかげで助かりましたよ。」
シズネは椎に優しく笑って、頭を撫でる。
「あ、そうだ。飴ちゃんとか好きですか?手持ちがこれくらいしかなくて」
ごそごそとポケットから飴やらお菓子を取り出して、椎にそれを渡す。椎は一瞬きょとんとしたが、「ありがとう。」と言ってそれを自分の鞄の中に入れた。
「あれ、なんかいっぱい?」
「うん。みんなくれた。」
にぱっと笑って椎は嬉しそうにに鞄の中身を見せる。小さな肩掛け鞄の中には一杯のお菓子が詰め込まれていた。
おそらくここの地形を作っているうちに他の忍から貰ったのだろう。パッケージが木の葉の物だけで無く、いろいろな国のものになっており、珍しそうなお菓子も含まれていた。
「淡姫もできたーーー!!」
向こうから騒がしい声が聞こえて、が振り返ると、そこには水色の髪の幼女がいて、ぶんぶんと手を振っていた。神官が着るような狩衣には、鈴がついていて、それがちりりと鳴る。
後ろからは綱手がついてきている。
「淡姫のおかげで、水の整備もすぐに出来た。」
綱手は満足げに頷いて、よしよしと淡姫の頭を撫でる。
水の国の神の系譜らしく水を操るのが得意な淡姫は、綱手と一緒に医療に一番重要な綺麗な水の流れをこの陣地に作っていたのだ。幸い淡姫にとって地下水を見つけるのはそれ程難しいことではないらしく、温泉堀の要領であっさりと水をひくことが出来た。
「良いなぁ、火は攻撃にしか役に立たないから。」
はまだ5歳の二人が役に立っているのを見ながら、少し切なくなる。
何分火の国の系譜なだけあって、火を操るのは確かに得意だが、火は攻撃したり、ものを焼いたりは出来るが、陣地を作るのにはあまり役に立たない。そういう点では風を操る飃も同じだった。
「でも火がいちばんつよいんでしょ?」
椎が無邪気な瞳でを見上げる。
「ど、どうかな?」
は期待の眼差しに半目で答える。
おそらく椎がそう思っている原因は、父親である要が言ったからだろう。確かに炎一族は安定しており目立った襲撃を受けたこともなく、神の系譜の中で何も分からない麟を除けば、両親健在なのも、30代を越して生き残っているのも炎だけだ。
跡取りのが強いかと言われたら、微妙である。
「これで、用意はほぼ完了ね。」
サクラはぱんぱんと手を叩いて、小さく息を吐く。
もう既に敵が動き出しているとの情報があり、明後日に決起集会が行われた後、皆戦場に向かう。サクラはここで医療に従事することになっている。
医療部隊の用意が出来たと言うことは、戦いが始まると言うことを示している。すぐにここは怪我人で一杯になるだろう。
「…、」
淡姫は不安げにの着物を掴む。椎も同じで、何も言わなかったがにぴったりと身を寄せた。
その髪と瞳の色が、ここに不釣り合いな子どもがいることが、事情を知らない忍にとってはあまりにおかしくて、だからこそ奇異の目を子どもたちに向ける。そして子どもたちを神の系譜だと知る忍は恐れるように避けていく。
両親が殺された淡姫。両親が重体で昏睡状態の椎。夜中に叫び、泣きじゃくるほどに心に刻まれた悲しみは大きい。それでも彼らは必死で前を向いて、生きようとしている。
もうは幼い子どもではない。少なくとも神の系譜の子どもたちより、力を持っている。
今まで繋がりもなく、時には里と敵対してきたそれぞれの神の系譜たち。今までいがみ合ってきた多くの里が今ひとつになっているように、神の系譜も、そのあり方を変えられるのだと、は思う。今度こそ、誰かを守れるのではないかと。
ふわりと水気の混じった風がゆっくり吹き抜けていく。
「大丈夫だよ。わたしは淡姫と椎のことが大好きだからね。」
は膝をついて、小さな子どもたちに笑いかける。
それは父や母がにいつも言い続けた言葉だ。莫大なチャクラを持ち、恐れられる自分を化け物かも知れないと、いらない存在なのかも知れないと疑った時、いつもを支え続けてくれた、当たり前のように与えられ続けた言葉だ。
二人は少し安堵したのか、の傍から離れる。それを確認しては立ち上がった。
「は、雲隠れの本部で待機なのよね。」
サクラは確認のようにに尋ねる。
「うん。」
はイタチと共に本部にいったん待機で、押されている前戦に放り出される予定だ。要するに一番厳しい戦場に送られることになる。
サクラもそれを知っているのか表情は晴れず、目じりを下げていた。
「大丈夫だよ。これでもわたし、結構強いし。」
はサクラを宥めるように言う。戦うために、は強くなったのだ。この力を今生かさなければ、全く意味がない。
「…知ってるわよ。」
サクラはの答えに、震える声で怒ったように言って、意を決したようにを抱きしめる。
「サクラ?」
「約束よ。絶対帰ってくるって。」
いつもは力強い腕が、小さく小刻みに震えている。は自分より背の高いサクラの背中に手を回して、目を細めた。
「わたしは、」
中忍試験を始めて受けた時、はまず自分を守れるようになって、そしていつか大切な人を、一族の人を守りたいと思った。
その最初の誓いを、サスケが里を抜けたことによっては忘れてしまっていた。彼を取り戻すためだけに、痛みや悲しみに耐えてきた。でも、その痛みは、ナルトに託すことになった。彼にサスケのことは任せると、イタチも答えを出した。
今、自分が出来るのは、きっと違う痛みを背負うことだ。
「…サクラ」
はサクラの温もりに目を閉じる。
なんの苦労もなく、真綿でくるまれるようにして、育ってきた。幼い頃に、自分を奇異の目で見てくる人が怖かった。でも、いつも両親が守ってくれると知っていた。心配していなかった。そうやって、温かな中で育てられた。与えて貰った。
人柱力も神の系譜も同じように莫大な力を身に宿し、常に恐れられてきた。だからこそ、自分を疑う気持ちが、にはよく分かる。自分は何なのかと何度も疑問に思った。でも、そんな痛みをいつも支え続けてくれたのは、自分を愛してくれる両親や、一族の人々、そして友人たちだった。
この3年間、一緒にサクラと歩んできた。
折れそうになるを支えてくれていたのは、いつも一番傍にいたサクラだった。必死で前を見て、ただサスケだけを追っていたを、一生懸命守ろうとしてくれた。
そのことに、はサスケに殺されるまで気づけなかったのだ。
「今度こそ、ちゃんと守ってみせるから大丈夫だよ。」
はサクラの体を抱き返し、小さく息を吐いて体から力を抜く。
「絶対に、絶対に、ここに来ないって約束よ。」
戦いが始まれば、サクラはこの医療部隊のテントで過ごすことになる。直接と一緒に戦うわけではないし、がもしもここを訪れる時、それは危険な怪我を負ったことを示す。
だから、絶対に来ないでと言いつのるサクラの気持ちが痛いほど分かった。
「うん。絶対に来ないよ。次会うときは、サクラから来てね。」
はできる限り明るく、サクラに笑いかける。
彼女の表情は一瞬くしゃっと歪んだが、それでも不器用に頬をつり上げて、笑い返した。
後方