次々に本部に入ってくる情報は、どれも朗報とは到底言えないものばかりだった。

 有名な忍の死が伝えられると同時に、有名な忍が穢土転生されたと淡々と、感知、情報部隊が口にする。それを悲しむ時間すらも与えず、ただ人の死が増えていく。

 穢土転生の中には五影の前任者、そしてかつての神の系譜も含まれているらしく、状況は随分と切迫していた。





「幸い炎一族一人はだけだねぇ。後はいないね。不幸中の幸いかな。」





 の父である斎は、透先眼で情報、感知部隊の手に入れた状況を再確認しながら、小さく安堵する。

 神の系譜の炎の宗主たちは皆チャクラを直接焼き、忍術を瓦解させる白炎を持つ。だからこそ、彼らを操ることは本来は不可能だ。おそらくカブトも警戒して穢土転生しなかったのだろう。彼らが穢土転生されたなら、根本的に戦略や防衛戦を変えなければならなくなる。

 だが、一人だけ、その炎を持たない白炎使いがいた。





「雪の、父親か。」

「…」  





 綱手の質問に斎は答えなかったが、それが答えだ。どちらにしろ完成された白炎使いであれば、誰であれ強敵である事に変わりはない。





「他の神の系譜は?」





 綱手は矢継ぎ早に情報を確認する。





「もちろんいますよ。飃がひとり。翠がふたり、堰がひとり。」





 水色の目で戦場を見回して、斎はため息をつく。





「飃?」





 と同じように状況を聞いているだけだった榊が濃い緑色の瞳が見開かれる。

 榊は弟以外、自分の両親も知らない。だが飃の神の系譜が穢土転生されたと言うことは、間違いなく彼の父母か、先祖なのだろう。





「カカシたちの部隊が交戦してるね。榊、出られる?」






 斎は榊にその水色の瞳を向ける。






「あぁ、いろいろ聞きたいことが、ある。」





 榊は感情の乏しい表情ながら、決心をしたように小さく頷いた。





「翠と、白縹様はカブトと一緒にいる。多分、白炎使いへの対策でしょう。」






 斎は渋い顔でとイタチを見やる。

 カブトとしても術に大層自信があるのだろう。しかしそれを簡単に瓦解することの出来る可能性を持つのは、炎一族の白炎使いだ。彼にとっては天敵と言える。

 火が性質変化の上で水に弱いのは有名な話で、だからこそ同じ神の系譜である翠を連れているのだろう。またの祖父でもある炎一族の元宗主白縹をつれているのは、白炎使いの秘密を知っているからだ。






「カブトを追わないと、穢土転生はどうしようもない。お願いです。行きます、行かせてください。」





 はカブトを追っていたアンコが連絡を絶ったと言うことを聞いていたため、思わずそう言っていた。途中までの足取りはアンコたちの部隊が命がけで手に入れた情報で分かっている。

 イタチが写輪眼で痕跡を探し、の透先眼を使えばなんとかカブトの足取りを掴み、彼を追うことが出来るはずだ。また、イタチの写輪眼があればカブトを操り、無理矢理術を解くことも出来る。






「…うむ。」






 綱手は少し困ったような顔をしてちらりとの父である斎を窺う。情報、感知部隊の状況をまとめてシカクと話し合っていた彼は、小さく息を吐いて覚悟を決めたように口を開く。





「…同じ能力者は本部に二人いらない。出し惜しみできる状況じゃないからね。」





 入ってくる戦況は決して良くは無い。

 イタチとは大きな戦力で、今すぐにでも戦場に行って貰いたいくらいだが、もし大きな賭をするならば、穢土転生を使っていると思われるカブトを追わせるのが妥当だ。カブトを止められれば穢土転生は瓦解し、有利に事を進められる。

 もちろんとイタチがやられれば大きな損失となる大きな賭だが、それだけの価値は十分にある。






「わかった。私はとイタチを信じる。雷影、おまえはどうする。」





 綱手は斎の答えを得て、雷影のエーに目を向ける。最終的な判断をするのは、エーだ。彼は一瞬目を閉じたが、大きく頷いた。





「わかった。、イタチ、おまえらはすぐにカブトとマダラを追え。だが、穢土転生を止めるために、カブトが優先だ。」





 どちらにしても戦況は非常に厳しい。それを打開するための手段として、大きな賭も仕方がないだろう。ならば、こちらも覚悟を決めるしかない。





、イタチ。カブトは…蒼の人間も何人か穢土転生させてる。」






 斎は注意するように娘に告げる。

 蒼一族は透先眼を保有し、その千里眼は戦況を把握し、作戦を練る上では非常に有益なものだ。しかも結界術が得意であるためほかの使い道もある。





「…蒼…」





 だがは小首を傾げて斎を見上げた。

 父の両親は既に亡くなっており、が生まれたときには既に蒼一族の血を引く人間は父との二人の身だった。だから他の蒼一族の人間が穢土転生されていると言われてもいまいちぴんと来ない。





「梢か…厄介だな。」





 綱手は斎の言い方を聞いて、大きなため息をつく。






「おばあ、さま?」






 も何度か家系図や写真は見たことがあるが、彼女が死んだのは父が12,3歳の時の忍界大戦だ。当然は会ったこともない。

 ただはどちらかというと彼女に性格などが似ている節があるらしく、最近では“仏の梢姫”と呼ばれた彼女を揶揄しても“仏の姫”と呼ばれている。





「うん。カブトについてる。母さんの結界術はへたをすれば白縹様より厄介だよ。」





 斎は渋い顔でイタチとに資料を渡す。

 そこにあるのはかつて木の葉にいた時の蒼梢の資料だった。よりも少し柔らかそうに波打った紺色の髪。そつなく整った小作りなパーツと大きな瞳、童顔がそっくりだ。

 イタチはついている写真と目の前にいる父娘を改めて見て心から納得する。

 は父の斎にそっくりだ。そして斎は母の梢にそっくりだから、もしも梢が生きていれば親子三代同じ顔でなかなかシュールな光景だっただろう。誰が何を言おうと髪の色以前に顔立ちが血のつながりがあると言っている。





「注目すべきは顔じゃないからね。結界だよ。結界。」





 斎はもの言いたげなイタチの頭を軽く叩いて、資料の一部分を示す。





「…触れなくても、結界が張れるってどういうこと?」





 は資料を読んでも意味が分からず、思わず疑問を口にしていた。

 普通結界や時空間忍術を使う時はまず、張りたい場所、移動したい場所に術式を書くのが普通だ。そのためどういう形であれ直接触れる必要がある。だからこそ、相手がそう言った術を使う場合は、触れられることに警戒するのだ。

 だが、触れなくても結界が張れるのならば、一体何に気をつければ良いのか分からない。





「水だ。」





 雷影のエーが、に答える。

 エーはの祖母である梢とも何度も交戦した経験がある。彼女の性質変化は水と土で、特に水を操ることに長けており、その水を地面や空気中に漂わせて、術式を描くのだ。

 理論上は可能だが、それをするためには驚くほど緻密なチャクラコントロールが必要となる。





「だから、カブトは翠の神の系譜を連れているのか。」





 イタチは納得して、大きなため息をつく。

 水の国の神の系譜である翠は間違いなく水に関してはトップクラスの血継限界を持っており、が簡単に火を生み出せるように、いくらでも何もないところから水を生み出すことが出来るだろう。





「…結界は、燃やせるけど時間かかるね。堰の神の系譜がいるなら、白炎は土で防がれちゃうし、」

「火遁は水遁に弱いな。」





 とイタチは顔を見合わせる。

 二人の性質変化は揃って火と風だ。さすがののチャクラを直接焼く白炎も、土の壁を作られればふせがれてしまう。また水をかけられれば効率よく消されてしまうことになる。

 カブトもとイタチが別行動だという情報を得ているのかも知れない。

 ヤマトが捕まったという報告はすでに五影たちにも伝えられている。それでも、とイタチしか行く人間はいない。





「母さんは、足が悪い。生まれながらね。機動力はない。」 





 斎は少し悲しそうに目を伏せる。


 それは蒼一族が重ねた近親婚による障害だった。おそらく触れる必要のない結界術も足が悪いが故だったのだろう。足が悪い状態で忍として働く事が出来たのも、その能力故だ。





「…そっか。戦うのは悲しいけど。でも、会えるのは、嬉しいよ。」





 は小さく笑って心配そうな顔をしている父親を見上げる。

 父方の祖母にも、母方の祖父にも、は一度も会ったことはない。ましてや自分に似ていると言われる祖母に直接会ってみたいと思うのは当然のことだ。

 だから、これは良い機会なのかも知れない。





「おまえたちが、要だ。」





 エーはとイタチの肩を叩き、まっすぐな視線と信頼を向けた。

開戦