がイタチをともに転送の術の用意をされている途中に、の父である斎の方が先に出ることになった。




「神の系譜の麟が二人、翠が一人いるし、挙げ句サソリまでいるらしくて、さすがの雪もお手上げみたい。」





 どうやら前戦の一つ、の母である蒼雪が受け持っていた大名の近くの戦場に、神の系譜が出てきたらしい。何とか蒼雪とともに配備された忍が持ちこたえているが、破られるのは時間の問題だ。

 大名の護衛をしている水影も他の戦場にかかりきりで動ける状態ではない。かわりに本陣はシカクに任せ、斎はすぐに飛ぶことになった。





「雪さんによろしくお願いします。」





 イタチはあっさりとそう言って父を送り出そうとする。だがは母の身の危険を聞いて顔を真っ青にした。





「…母上。」

「大丈夫だよ。雪は図太いからね。」





 斎はからりと明るい笑みを浮かべる。だが斎が招集されるくらいだ、状況は決して良くはあるまい。





「それに、戦争においては人は死ぬものだ。」

「…」





 と同じ色合いの紺色の瞳は、まっすぐと戦争を臨んでいる。その強い覚悟の色を見て、思わずは目を伏せてしまった。

 死は想像もしがたい隔絶だ。


 アスマの死を身近に感じた時、は初めてその危険性に気づいた。自分の大切な人が死んでしまうなんて言うことを、は想像すら出来ない。また自分がその悲しみを抱えて、どうなってしまうのかも、わからない。大切な人に会えないのに生き続けるなんて、悲しすぎる。

 は本当に大切な人たちが死んでしまって生き続けられるのか、自信がない。

 俯いていると、父の斎は笑って、の頭にぽんっと大きな手を置いた。が父を見上げると、優しく笑う自分とよく似た顔がある。その自分と同じ紺色の瞳は、まるでの心を見透かすようだった。





、死は確かに怖いものだけど、必要な時もある。四代目火影が自分の息子であるナルト君と、里を守って死んだように。」





 何となくは知っていた事だが、父の口から発された言葉に、は目を丸くして、隣にいるイタチを見る。暗部だった彼も承知のことだったらしく、小さく頷く。

 ナルトが人柱力と言うことはよく知っていたが、まさか九尾事件でなくなった四代目火影が彼の父だとは思いもしなかった。確かに父は四代目の右腕と言われていたと聞いている。斎がナルトに優しいのは、斎にとっては親友の息子だという大きな理由があったからだろう。





「…もしかして、わたしがナルトと同じ班だったのは…」

「もちろん偶然じゃない。ついでにナルト君が九尾を暴走させた時、そして君が鳳凰を暴走させた時、止められるのは互いだけだと上層部は見ていた。」






 幼いとナルトには分からなかっただろうが、上層部は二人―特に安定性の低いナルトを危険視していた。チャクラを焼く炎を持つならば、他の班員を助ける可能性もあると判断されていた。もしくはどちらも揃って死んでくれたら良いと、思っていた人間もいたことだろう。






「でもね、僕はナルト君とが一緒の班になった時、結構嬉しかったよ。」






 斎は目を細めて、昔の自分を思い浮かべる。

 上層部の思惑を知りながらも、斎は娘が四代目火影、波風ミナトの息子と同じ班になり、一緒に戦ったり、笑いあったとしているのを見て、嬉しくてたまらなかった。

 兄弟子であり、親友で波風ミナトとともに戦場を駆けた。第三次世界大戦もあり、大変な時期だった。沢山の親友を亡くした。しかしだからこそ、特別な絆も生まれた。

 手をつないで歩いた自分たちを、彼の息子と、自分の娘に重ねた。




「…初代火影柱間様の頃、蒼、うちは、千手は手を組んだ時期があった。」

「え?」

「ナルトは、初代火影の奥方と同じ血筋だ。そして二代目火影の扉間に嫁いだのは蒼一族の女性だった。同時にうちは一族の頭領だったマダラにも、蒼一族から娶られた。」





 ナルト、、そしてサスケは血筋的には因縁めいたものがある。

 かつて競合していた千手とうちは、そしてそれを血筋的につないでいた蒼一族。

 蒼一族はその希少な血継限界を守るために同族婚を推奨していた。にもかかわらずうちは、千手一族に娘を嫁がせたのは、間違いなく政略的な意味合いだろう。蒼一族は生き抜くために、二つの一族に人質の意味合いも含めて嫁を差し出したのだ。

 しかも蒼一族は総じて劣性遺伝のため、血継限界を他の一族の血筋にとられることもない。




「その人たちは、どうなったの?」

「二人とも相次いで亡くなったよ。千手が、殺したと言われて、それが後々うちは一族と千手の苛烈な争いの原因になった。その後和解した後、彼女達のことは誰も口に出さなくなった。深い因縁だよ。」





 うちはは力を求め、千手は和を求め、そして蒼は共存を求めた。結果うちは一族は争いの中にほとんどが滅び、千手は木の葉に深く根付き、初代、二代目、そして五代目と三人の火影を輩出した。蒼は一族としての形式こそ滅びたが、千手を含め、他の一族の血にとけて消えた。




「蒼一族に昔からある言葉を君にも教えておくよ。」





 斎は柔らかに笑う。

 既に蒼一族としての力を受け継ぐのは斎と、そして娘のしかいない。だから知っておかなければならないことはある。





「我は儚き命。汝らゆきつく終わりはみな同じ」






 例え未来を見る力が合っても、現在をすべて見通す遠目の力が合っても何も変わらず、自分たちが行き着く先は同じ。同じ彼岸に行き着くことを忘れるな。驕るな。そしてどんな道を歩もうとも、行き着く先は同じなのだ。

 それが、蒼一族の家訓であり、遠き人たちが残した教訓だ。





「ミナトほど上手には出来ないかも知れない。でも仮に死ぬことになっても僕は無駄死にしたりはしないよ。」





 人にはきっとそれぞれの役割があるのだと、斎は思う。もしもその時が来ならば、斎は全力で自分の大切な者を守って死ぬだろう。そのための命だ。





「っ」





 はなんとも言えない表情を斎に向ける。だが父の表情はどこまでも穏やかだった。





「僕は君が生まれた時、本当に幸せだったし、心からの絶望も同時に知った。」




 斎が初めて娘をこの手に抱いた時、未熟児の赤子はあまりに小さく、頼りなく、生きて動いているのが不思議なほどに拙い命だった。

 幸せだった、斎の一族が繰り返した近親婚故に、無精子症候群で子供は望めないと思っていた。

 同時に酷い絶望も覚えた。は生まれ持った莫大なチャクラに体が耐えられず、20を絶対に越せないだろうと言われた。





「君を殺した方が幸せなのではないかと、思ったこともある。」





 何度も娘の死を覚悟し、どうしようもない、抗いようもない死に泣いた。がチャクラに押しつぶされ、苦しそうにしていると、この子を殺して死んでしまった方が良いのではないかと思ったほどだ。してやれることは、一緒に死んでやることだけではないかと思った。





「でもね、君は笑ってたでしょう?」






 それでも、斎はここまでこれたのは、いつもが笑っていたからだ。

 苦しくても、どんなに体調の悪い日でも、は笑っていた。は多分軽い体を生まれてこの方知らなかったからこそ、精一杯その苦しい生を笑った。





「君は僕と雪が生きた証だよ。」






 斎は娘の体を抱き締める。その小さな体を抱き締めながらも、幾度も死を覚悟した。それでもいろいろな人に助けられながら、娘の命はまだ斎の腕の中にある。





「ねえ、。僕に何かあっても。」






 斎にとっての、心からの幸せの証。愛情の証。生きた証。すべてが詰まった娘を精一杯愛してきた。後悔だってない。





「約束してね。君は歩き続けるって。」





 だから、願い続けるのは一つだ。娘のが自分がいなくなったとしても、歩き続けてくれること。笑ってくれることが一番の斎の願いだ。

 戦争は人を当たり前のように人を殺し、殺されていく。





「親より先に死ぬほどの親不孝はないんだからね。」





 斎は目を細めてもう一度強くを抱き締める。はその温もりに顔を埋めながら、力一杯父親を抱きかえした。





「…うん。わたしも、父上、が大好き。」





 涙がこみ上げて、うまく声にならず、それでも掠れた声で必死で言う。




「うん。僕も大好きだよ。だから、またね。」




 かつてと同じ声音で父は柔らかく答えた。

 何があってもその気持ちだけは変わらないから、また会えると思い込まなければやっていけない。だから、は恐ろしい可能性のすべてを見ないことにした。


父性