「、いくの?」
本部に預かりになっている淡姫が不安そうな目で用意しているとイタチを見上げる。大きな濃い青色の瞳が、不安そうに揺れていて、後ろの瀧もの着物の袖を留めるようにきゅっと握っていた。
椎は目じりを下げて、その赤紫色の瞳を潤ませて、イタチの服をひしっと掴んだ。
「イタチにに、ねねもいっちゃうの?」
尋ねられて、イタチは腰を下ろし、椎の癖のある茶色の髪を撫でる。その髪は椎の父親である要によく似たものだ。
「大丈夫だ。ここは安全だから、」
少なくともここは本部で、結界などもかなりしっかりしている要塞の中だ。大抵のことはどうにかしてくれるだろうし、手練れの感知部隊がいる。自分で自分の身を守ることが出来ない彼らが危険な目に遭うことはないだろう。
だが、椎の不安は自分の危険ではなかったらしい。
「…ねねとににも、いなくなるの?」
僅かに震える声音で問われて、イタチは言葉を失う。その姿が、不安げだったかつての椎の父・要に重なる。
彼が両親を殺された頃、彼はイタチよりいくつか年上で、まだ下忍になったばかり、8,9歳だったイタチにとって、炎一族邸に預かられていた彼は良い話し相手だった。彼はトラウマから夜眠れないようになっており、イタチも中忍試験を受ける前で色々悩んでいた頃だったため、夜通し語り合ったことは一度や二度ではない。
要が土の国に帰った後も、頻繁に手紙のやりとりをしたり、任務で訪れた際には彼の元に遊びに行ったりもしていた。
要は大怪我をし、ここにはいない。いるのは目の前の息子だけだ。
家族を酷い形で失ってしまった彼は、新しく出来た妻と、息子心の底から愛していたし、穏やかな彼が取り乱すのは家族のことだけだったし、従姉の娘に当たるを、そしてその婚約者となったイタチを心から家族だと言ってくれた。
うちは一族を失ったときも同じように、イタチを大切だと言いきってくれた彼にイタチはどれほど掬われたか分からない。
「いなくなったりしないさ。俺たちはすぐに帰ってくる。」
その言葉が所詮慰めである事は理解している。だが、言わずにはいられなかった。
椎の紫色の瞳は疑うようにじっとイタチの漆黒の瞳を見上げていたが、睫を震わせて目線をそらした。イタチはそんな彼の頭をくしゃりと撫でてやる。
今は何を言っても偽りにしか聞こえないかも知れない。神の系譜の子供は年齢の割に非常に成長が早いと一般的に言われるから、4歳の椎ももう既にある程度周りのことが分かっているのだろう。それでなくとも、子供はわかっていないようで、大人の感情の機微を良く理解している物だ。
幼い頃の、イタチのように。
「椎、おまえは男の子だ。瀧はまだ子供だ。淡姫と瀧を頼むぞ。」
イタチは小さな手に自分の手を重ねる。
神の系譜は子供であってもある程度の力を使うことは出来るし、普通の忍には気をつけていれば負けない。
「…うん。そしたら、ににたち、かえってくる?」
「絶対に帰ってくる。」
言うと、がんばる、と椎は何度も大きく頷いた。
「やっ、やだ、、いかないで!」
淡姫はどうしても不安なのか、泣きじゃくりながらの着物の袖にしがみつく。
「淡姫、大丈夫だよ。」
は膝を折って必死に言いつのる淡姫を慰めようと、そっと頭を撫でようと手を伸ばしたが、それをばしっと淡姫は振り払う。
「うそつき!かあさまもっ、そういった!!」
淡姫の母は霧隠れの里の忍に凍り漬けにされ、一族とともに亡くなった。その記憶が幼い淡姫には深い傷となってとどまり続けているのだろう。
は目じりを下げてから、誤魔化しても無駄だと淡姫の涙で濡れた濃い青色の瞳を見つめる。
それは深くて綺麗な水の色合いを映している。きっと彼女の薄い水色の髪は、浅い海の色なのだろう。には髪の色すらも神の系譜の性質を示しているようで、逃れられない運命が己の体とともにここにある気がした。
「淡姫、」
「いやっ、やだぁ、」
「淡姫っ!」
が僅かに声を荒げると、声を上げて泣きじゃくっていた淡姫が我に返ってぴたりととまる。
「瀧もおいで。」
手をさしのべると、瀧はおずおずとの方へと歩み寄ってきた。ちりちりと二人の狩衣の袖に着いた鈴が鳴るのを聞きながら、にっこりと笑う。
「わたしは戦いに行くの。どうなるかはわからない。」
戦いなのだから、どういった結末を迎えるのか、生き残るのか、死ぬのかはわからない。これは戦争だ。命を失うことを躊躇って逃げてばかりいれば、守るべき物も守れない。だから、戦わなければならないのだ。
「瀧、」
一番小さくて、まだよく分からないであろう小さな少年に、は一番に目を向ける。
確かに神の系譜の力は強く、並の忍では子供であっても殺すことは難しいだろう。だが、それでもマダラほどの相手となれば、どこまで勝負できるか分からない。幼さと経験不足は彼らの力を有効的に使うことが出来ないことを意味している。
しかし瀧はひとりではない。
「貴方はわたしと同じ、龍を持っている。」
瀧が持つ龍は、が持つ鳳凰と同じように別個の個体として、力を持ち、意志を持っている。間違いなく、己の主である瀧を守るという意志を持っているはずだ。そして龍は幼い瀧の意識に一定は影響されるが、長らくの記憶を保持している。
おそらく、瀧の経験不足を補うほどに、その龍の意志は大きい。だが、その龍は瀧を守ろうとしているのではなく、瀧本人を守ろうとしているだけだ。だから、瀧は覚えておかねばならない。
「強く望めば、瀧、貴方はその力で誰でも守ることが出来る。」
龍は瀧に従う。瀧が強く誰かを守りたいと思えば、その誰かも一緒に守ってくれるだろう。かつての鳳凰が、が一番大事に思っているイタチを傷つけようとはしなかった。そして今、イタチとともにを守ってくれるように、龍はいつでも瀧の力になる。
もしそうなら、例えマダラであっても簡単に手出しはできないはずだ。
「それに、淡姫、貴方なら大丈夫。そうでしょう?」
はそっとまだ白くて柔らかい淡姫の頬にそっと手を当てる。
まだ幼い彼女が泣きじゃくるのはきっと、に甘えているからだ。母が死んでから必死で気を張って弟を守り続けてきた彼女に、また同じように酷なことを強いているのは分かっている。
「わたしが帰ってくるまでの、短い間だけだよ。」
帰ってきたら、いくらだって泣かせてあげよう。それでも、それを支えに彼女はきっと弟や椎を守ろうとするはずだ。例えが帰らなかったとしても。
「…やくそく、よ。すぐ、すぐって、」
「うん。」
長い薄い水色の睫を震わせる小さな淡姫は、に縋りたくてたまらないはずだ。だが、気丈にも納得して、彼女はから僅かに体を離した。
「淡姫、瀧、わたしはどこにいても貴方たちのことが大好きだよ。」
は淡姫と瀧の体を強く抱き締める。幼い頃不安だと泣くを、父母やイタチがそうやって自分を抱き締めて、慰めてくれたように。そして、自分を愛してくれるその腕が、いつも孤独や力に怯える自分を支えてくれたように。
「忘れないで、何があっても、わたしは傍にいるよ。」
確かに体は傍にいないかもしれない。でも自分と同じ存在たちを心から大切に思っている。そのことを、何があっても忘れないで欲しかった。
それが苦しいときに彼女達を支えてくれると、知っているから。
約束