「里と協力する、炎の娘か…」





 翠の当主である浮(うき)は、目の前にいる少女を見やる。

 肩までで切り揃えられた紺色の髪に、大きな紺色の瞳。白い炎の蝶を従えた着物姿の少女は随分と気弱そうだが、白い炎を操るという噂通りであれば火の国の神の系譜・炎一族の直系だろう。

 浮自身が死んでから果たして性格に何年たっているのかわからないが、炎一族が木の葉隠れの里と友好関係を結んだという話は聞いていた。彼女が忍として忍界大戦で戦い、カブトを止めようとしていると言うことを考えれば、里との友好関係は崩れていないのかもしれない。


 炎一族が里と和解したという話を聞き、浮もそうできないかと掛け合った。

 霧隠れの里との会談に出かけ、戻った浮を待っていたのは、氷漬けにされた自らの一族と妻、そして残された二人の我が子だけだった。





と言ったな、おまえはいくつだ。」





 浮は小柄な、初めて会う他の神の系譜の少女に問う。





「16歳、です。母が炎一族の宗主で、蒼雪、昔は風雪姫宮と呼ばれていました。」





 は少し戸惑うような表情をしながらも、静かに浮に答えた。






「なる程な。死してから、十数年と言ったところか。」






 浮はため息混じりに、考察を口にする。

 確か浮が死ぬ時、炎一族の宗主は女に変わったばかりで、名は風雪と言ったはずだ。目の前の少女の話を加味すれば、浮が死んでから10数年たっていることになる。おそらく浮が死ぬ少し前に小耳に挟んだ、体の弱い東宮というのが、彼女なのだろう。

 神の系譜の中で唯一国と和解した、火の国の炎。白い炎を操るという噂だけは聞いていたが、実際に出会うのは初めてだ。互いに互いを知らないのが、神の系譜だ。浮とて他の神の系譜に会ったことはない。

 その力故に一族で傅かれ、同時に里や他者から恐れられる。それが己だ。





「そやつらは、里の忍か。」




 少女の隣にいる二人の忍を眺めて、浮は言う。





「同胞と言うには我らは知らなすぎるが、忠告しておいてやろう。我らは力を持ちすぎている。」





 浮は自分の周りに浮く、水の塊を眺める。

 水の球体に映り込む自分は酷く浮かない顔をしていて、しかも死人だから仕方がないが顔色も悪い。既に己の一族は死に絶え、妻も亡くし、心残りは忍具・蒼帝に封じた子供たちだけだ。





「どのみち生きている限り、利用される。」







 力を持つ存在に他者は常に恐れを抱き、そしてそれを排除しようとする。その大将は紛れもなく自分たちだ。例えどれほどこちらが心を砕いたところで、相手からの恐怖を解消することは出来ない。






「若いおまえもいつかわかるだろう。」





 浮とて、和解の道を模索しなかったわけではない。だがそれ故に、自分と人間たちは違うと思い知らされた。相容れない存在だと理解した。





「…私はな。誰だったか、奴が言った幻術の世界とやらも、良いんじゃないかと思う。」






 浮はふと空を見上げて、ぼんやりと目の前の少女に言う。





「そうすれば、我らは消えるのではなかろうか。我らは、そうすべきなのかも知れない。」






 力を持ちすぎたからこそ、常に疎まれ続けた。崇められ続けた。だからこそ、共存を求め、そしてそれが不可能である事を知った。






「死んで、10数年?」






 は浮の言葉を反芻して、首を傾げる。






「貴方、まさか…」

!ぼさっとするな!!」





 サスケがを怒鳴りつけ、襟首をひっつかんで後ろに飛ぶ。途端にの足下すれすれのところに、氷の刃が突き刺さっては真っ青になった。





「ぼさっとするなら邪魔だ。下がれ、」

「ご、ごめんっ、」





 サスケの言葉は辛辣で、は思わず謝罪を口にする。





「白炎が通じないなんて、…びっくりしちゃって。」

「おそらく、水がおまえの炎を消すんだろう。ただ、結界に関してはおまえは破れるらしいな。」






 イタチは冷静に分析した。

 おそらくの白炎のチャクラを直接燃やすという効果は、あくまで炎に付随しているもので、炎が一瞬にして消されてしまったため、効果を発揮することなく消えてしまったのだ。ただし、結界に関してはが問題無く破れる。





「だが、穢土転生を止めるには、の白炎で燃やすか、封印するしかない。」

「俺は有効的な封印術を持っていない。要するに、奴を水が使えない位痛めつけて、に燃やさせろって事か。」





 サスケはイタチの分析を理解し、目の前にいる翠の当主を睨み付ける。

 神の系譜はそれぞれ違う力を持っているが、唯一の共通点がその莫大なチャクラと元素に応じた血継限界だ。簡単な相手ではない。その上に遠目で有名な透先眼を持つの祖母・梢までいるとなれば、厄介なんて言葉では言い表せない。





「浮、さん。貴方、淡姫と瀧の父上ですよね。」





 はおずおずと口を開く。





「…っ!?」




 途端に浮の顔色が変わった。濃い青色の瞳は見開かれ、を凝視している。





「いきと、たき?」






 サスケはまったく聞いたことの無い名前に、イタチに目を向ける。





「あぁ、俺たちが保護した、翠の神の系譜だ。」

「翠は10年以上前に滅びたんじゃなかったのか?」

「生き残りがいた。幼い、姉弟だ。忍具に封じられて眠っていた。」






 ほんの数ヶ月前に、翠の一族がかつて暮らしていた廃墟で、十年以上の間忍具に封じられ、眠っていた翠の幼い姉弟。

 確かに、十数年前に目の前にいる翠の当主・浮が死んだのならば、要するに彼が、翠の一族を皆殺しにした霧隠れの里を襲い、忍具・蒼帝を奪い、その中に自らの子供たちを封じ、そして、自分をその廃墟を守る結界の糧として死んだ、淡姫と瀧の父親だ。





「…そうか、甘かったな。」






 浮は静かに言ってその目を伏せた。

 浮自身が翠の当主として、その力を恐れられ、里が自分を殺した勝手いる事は分かっていた。一族を失い、力を疎む世界で里に狙われる自分が、たった一人で子供たちを守りながら生きていくことは出来ないと理解していた。

 だから、子供たちを忍具に封じ、自分の血肉をその結界の糧にした。神の系譜の血肉は多分にチャクラを含み、その血だけでも回復力を持つほどの効能がある。それを糧にした結界を破れる者などほとんどいない。


 子供を手にかけて心中するなどと言うことは絶対に考えられなかった。だが、この残酷な世界に子供たちをおいて行くことも出来なかった。

 だから、忍具・蒼帝の中に子供たちを封じた。

 殺すことは出来ない。だが、生かすことも出来ない。だから、穏やかな眠りを子供たちに与えたかったのだ。神の系譜の結界を破るような人間は、この世に存在しないだろうと思っていた。





「何故、この残酷な世界に、子供たちを引きずり戻したんだっ!」





 浮はを睨み付け、憤りを含んだ声音で怒鳴る。




「おまえが一番分かっているだろう!」






 力を持つ者が受ける扱いは、どこでも同じだ。それ程変わりある物では無い。それを火の国の神の系譜・炎の娘ならば、彼女とて百も承知のはずだ。

 浮の後ろにあった水の玉が半分に割れ、それが龍の頭を形作る。





「おまえの隣にいる忍たちだって同じだ、いつか裏切る!我らは化け物でしかない!!」





 水の龍が牙をむき出しにしてに襲いかかろうとする。

 浮とて和解を模索した。手を取り合えると信じた。その結果が浮から翠一族を奪い、妻を奪い、子供たちを守る術すらも奪った。





「我らは、化け物なんだ!」





 望んで力を得たわけではない。生まれながらに持ったそれをなくす術はなく、ただ運命を甘受するしかなかった。


 その悲しみが、彼の人生の終わりとともにそのまま残されていた。
















恐怖