愛情に満たされるような世界を欲していたけれど、与えられたのはその恐るべき力と羨望、嫉妬、鮮烈なる憎しみだけだった。
「哀れな同胞よ。」
浮は目の前の炎の少女―を見て、一言呟いた。
同じ神の系譜の直系だと言っても、彼女はどう見ての10代半ばの子供だ。20代半ば、しかも性質変化で勝る水の神の系譜である浮に敵うはずもない。彼女の隣にいるさらりとした黒髪の青年は、木の葉隠れの里の額宛てをしている。要するに木の葉隠れの里の忍なのだろう。
もうひとり彼に似た、と同じ年頃の少年もいる。
「見ておけ、どうせ奴らはおまえを裏切る。」
浮はちりりと袖に着いた鈴を鳴らして、静かに指で二人の男を示す。
どう見ても彼らは神の系譜でも、その血筋でもない。家紋から見て取るに木の葉隠れの名門、うちは一族だ。里の忍が神の系譜である彼女を本気で守る気があるはずがない。かつての霧隠れの里が、浮を裏切って一族を皆殺しにしたように。
「そんなこと、ないよ。」
は紺色の瞳で浮を睨んで、周囲に浮かんだ白い炎の球体をちらりと一瞥する。
どう見ても白炎を高濃度に圧縮してあり、最初のビームの攻撃を見ても、この白い球体は危険そうだ。どのみち消極的だろうと、操られている限りは同胞とはいえ彼女を助けるすべはない。後は運命に身を任せるだけだ。
浮は静かにその濃い青色の瞳を開いてを見る。彼女もまた紺色の瞳で、まっすぐ浮を見ていた。
「いざ、尋常に、…勝負。」
はその淡い桜色の唇で小さく言って、手を大きく振る。
白炎の蝶が作り出した白い球体から、一直線に水鏡向けてビームのような直線の攻撃が走り、水鏡をすべて打ち壊していく。
「指示通りに良いな!」
イタチがサスケを振り向くこと無く、刀を持ったまま水鏡が割れる中を一番前に出て浮に一直線に襲いかかる。
「はやいな。」
浮はイタチの瞬身の術の早さに目を見張り、後ろへと退く。イタチの刃は彼の体を捕らえることは出来ず、スピードとしては申し分ないはずなのだが、当たらない。
「甘い、」
浮はイタチをそう評して、軽くイタチの太刀をひらりと避けていく。不意打ちならばともかく、簡単には捕まらないようだ。その身のこなしはやはりイタチに劣る物ではない。
神の系譜の多くは、その莫大なチャクラと性質を操る能力故に、機動性が低いのが一般的だ。刀などを持つよりも、自分の性質である血継限界で攻撃した方が早いから、体術などよりその莫大なチャクラと血継限界を操ることに特化し、近距離戦闘を苦手とすることが多いのだ。
しかし、浮は口寄せの術で自らの刀を呼び寄せ、それを振り上げた。
「っ、」
どすん、と大きな音がして、土煙が立つ。イタチの持つ刀のように細身の物ではない、腕力がなければ扱えないような、自分の背丈ほどもあり、幅も二の腕ぐらいありそうな、かなり大きな刀だ。
「力比べは分が悪いな。」
イタチはそう言って、後ろへと飛ぼうとするが、浮の方が一歩早く、印を結んだ。
「水遁、水陣壁!」
浮が口から大量の水を作り出す。イタチは勢いのある水を被ったが、なんとか水面に着地し、後ろへと距離を取る。その後ろから水の龍が襲いかかった。
「兄貴!」
「わかってる!!」
の透先眼をイタチが使用しているため、サスケに言われなくても、写輪眼と併用しているためしっかりとチャクラの動きも、後ろからの攻撃もすべて見えている。イタチは水の龍たちの間に体を滑り込ませるようにして、ぎりぎりのところでそれを避けた。
「火遁、鳳仙火の術!!」
冷静にはイタチの動きを把握しながら、浮を狙う。だがが作り出した火の球は、あっさりと足下に広がった水からせり上がった壁に打ち消された。その間に周りにある水を使って、梢が破壊されていた攻撃を跳ね返す水鏡を再生させる。
「イタチ、下がって!!」
が大声で言って、白炎の球体のビームでまた水鏡を破壊する。そしてイタチが自分の後ろに下がったのを確認すると、印を結んだ。
「火遁、豪火滅却!」
口から噴き出した火で、辺りのすべてを焼き払う。
「…流石は火の神の系譜だ、」
イタチは思わずその光景に言葉を失う。サスケもそれは同じなのか、目を丸くして目の前の光景を見つめた。
莫大なチャクラを持ち、火の神の系譜だけあり、彼女の豪火滅却は辺りに大量の水があったにもかかわらず、あっという間に辺りを炎で包み込む。広範囲が炎で覆われる様子は地獄絵図と言っても良い。普通なら確実に逃げる暇も無く焼け死んでいるだろう。
だが、相手も神の系譜だ。
炎から数秒開けて、あっという間に水が霧状になって辺りを埋め尽くす。相手も水の神の系譜だ。どうやら大量の水をぶつけて相殺したらしい。
すべての視界が霧に覆われていく。なんとか写輪眼ならこの霧の中でも相手のチャクラを捉えられるが、透先眼は遠目と全方包囲の視界だけで、あくまで普通の視界しか持っていないため、全くと言って良いほど見えない。
「逃げてっ!」
霧の中で悲鳴のように、梢の声が響いた。
「ぁっ、」
は片方しかない透先眼で辺りを見回し、横から飛んできた3枚の水の刃を避ける。僅かに避け損なって袖を掠ったが、飛んで何とか避けきった。
は安堵の息を吐こうとしたが、甘かった。
「ぇ、」
刃が去って行った方向に、きらりと光る物が見える。それを水鏡だと認識する前に、先ほど避けたはずの三枚の刃が、戻って来たのが見えた。
宙にいるは体を反転させることは出来ても、三枚すべてを避けきることは出来ない。炎を使うにも、タイムラグが出来るため、刃を処理できるほどの時間が無い。二枚は掠る程度で避けることが出来るが、一枚は必ず当たる。
「…」
咄嗟にが考えたのは致命傷を避ける方法だ。一枚に当たるしかないと覚悟を決めた時、後ろから思いっきり引っ張られた。
「須佐能乎!」
後ろを振り向けば、そこにはサスケの紫色の須佐能乎がある。どうやら須佐能乎の防御に守られたらしい。はサスケの須佐能乎の手に支えられながら、なんとか水面にチャクラで吸着した。
「気をつけろ、早くしないとやばいぞ。」
サスケは緋色の瞳であちこちを確認しながら、に言う。この霧では写輪眼の視界もそんなによくはないし、の透先眼もあまり役に立たない。
水はあちこちにある、早く彼自身を仕留めてしまわなければ、防戦一方だ。
「うん。」
も少し目じりを下げながら、小さく頷く。
「水遁、水鉄砲の術。」
僅かに霧が晴れ、浮は静かな声での方を示して言う。途端に水の小さな玉が撃ち出される。それをサスケが須佐能乎で防いでいたが、足下の水が、サスケを引っ張った。
「サスケ!」
は慌ててその水を蒸発させようとするが、あまりに量が多すぎて炎の方が消されてしまう。
「っ!!前だ!」
サスケが切羽詰まった声で言う。
彼が水でから引き離されたことによって、須佐能乎が崩れている。は顔を上げて自分の状態を見る。水面に立っているが、四方を水の龍に囲まれていた。
「…哀れな、同胞よ。」
浮が目じりを下げて静かに言う。
最初から彼はを先に殺すつもりだったようだ。確かに神の系譜のチャクラは莫大で、不確定様子の多いを先に叩くのは常套手段だと言える。
「わたしは哀れなんかじゃないよ。」
サスケが須佐能乎で矢をつがえるのを背後に見ながら、はまっすぐと浮を見据えた。
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