「行くぞ。」




 サスケがの手を軽く引く。

 穢土転生を止めなければ、こんな悲しい戦いをずっと続けなくてはならない。それはだけではなく、皆だ。




「うん。」




 はぎゅっとサスケの手を握り返す。

 幼い頃も彼はいつもこうして、がいなくならないようによく手をつないでくれていた。イタチは良くを抱き締めてくれたし、おんぶしてくれたが、サスケはいつも手をつないで、を引っ張ってくれた。




「しっかりしろ。守るんだろう。」






 サスケは振り向くこともなく、言う。

 そうだ。は約束をしたのだ。こんな所で泣いてなどいられないし、カブトも止めなくてはならない。前に進むしかないのだ。

 は俯き、涙を拭ってから、顔を上げる。まだもう一つ仕事が残っていた。




、こっちだ。」




 イタチは何とか結界の中に、梢を閉じ込めたらしい。




「…そっくりだな。」




 サスケは僅かに眉間に皺を寄せて言った。

 青色の結界の中で、とよく似た顔立ちの女性が困った顔でこちらを見ていた。紺色の髪は少し波打っているが大きな紺色の瞳と白い肌、その小作りな顔のパーツ故の童顔はそっくりだ。






「貴方は斎の…?」





 梢は少し考えるそぶりを見せてから、ゆったりと口にした。

 彼女が生きている時、既に蒼一族は自分の息子である斎一人だった。蒼一族の血継限界や容姿は劣性遺伝で、だからこそ長らく蒼一族は近親婚を重ね、梢自身も兄だった聖と子供を作った。とは一人では、もう蒼一族は残らないだろうと思っていた。だがはどう見ても蒼一族の容姿を受け継いでいる。

 少なくとも、斎の血筋であるのは間違いない。




「娘です。」




 はいつもとは違って少し早口に告げた。

 が白炎で彼女を燃やせば、穢土転生はとける。だがその前に、少しで良いから、祖母である彼女と話しがしたかった。自分の性格がとても彼女に似ていると聞いていたから、なおさらだ。




「…その炎、貴方、東宮なのね。」






 口元を抑えて、の肩にいる白炎の蝶を見て梢は言う。そのと同じ紺色の瞳は、優しげに細められて弧を描く。




「結局いろんな壁を越えて、あの子は炎一族の東宮であった風雪姫宮と一緒になったのね。」




 風雪とはの母である蒼雪のことだ。おそらく梢が生きていた頃、蒼雪は宗主ではなくまだ東宮で、傅かれて育つ典型的なお姫様だった。父の斎は蒼一族ではあったけれど、すでに残り数人の一族だった。家格では釣り合っても、一族の規模は全く違う。普通に考えれば、かなうはずもない恋だった。

 しかし、昔から何か感じるところがあったのだろう。




「父上も母上も、とても元気で、本当に、良い…」





 なんと言っていいか分からず、は言葉を選ぼうとして口を噤む。でもぴったり来る言葉が分からなくて、ふっと浮かんだ言葉を思い出した。



「わたしは、父上と母上が・・・大好きです。父上と母上も、わたしを大好きだって言ってくれてて、本当に本当に大事にしてくれます。」




 いつも、愛してる、大好きだよと育てられた。だからは自分を信じることが出来るし、強くいられる。

 それはある意味でが得た一番の宝物だといえた。




「そう、わたしも貴方が大好きよ。」




 優しい声音で、彼女は柔らかにに微笑む。それを聞いて、は涙ぐんで俯いた。

 祖母である梢はが生まれる前、父が12歳くらいの頃の大戦で亡くなったという。足も悪く、透先眼使いだった彼女は、大戦で狙い撃ちにされた。もしそれがなければ、彼女は普通に年を取り、に直接そう言って笑いかけることが出来ただろう。

 もっと普通に、こんな互いに殺し合う形ではなく。




「…斎先生は俺の師でもあります。今は暗部の親玉で、火影候補に挙げられるくらいの、尊敬出来る人です。」




 イタチがうまく言葉が見つからないの代わりに、梢に言うと、随分と彼女は驚いた顔をした。




「そう、あの子が物を教えるなんて少し想像ができないけれど、大丈夫なのかしら…」




 おそらく、斎は幼い頃からあのふざけた雰囲気で、適当な彼だったのだろう。それが想像できて、イタチは思わず笑ってしまった。






「貴方たち、うちはなのね。」




 梢は確認するようにイタチと、そしてサスケを順に見てから、目を伏せる。




「これも、伯母さまからの、因縁かしら。」

「え?」





 イタチがよく聞こえず聞き返す。彼女は少し昔を思い出すように目を細めて、イタチとサスケの方をその紺色の瞳で見た。




「お父様はよく、うちはと千手が争う度に、姉上がいらっしゃればとおっしゃっていたわ。」

「そういえば、あの、マダラが言っていた…」




 は風影が攫われた事件で、マダラを名乗った仮面の男にあっている。その時、彼はを誰かに似て頑固だと言った。と言うことは少なくとも、彼はマダラの本当の記憶を持っている、もしくはある程度は間違いなく知っていると言うことになる。




「えぇ、うちはマダラに嫁いだと言われているわ…わたしにとても似ていたおいでだったのですって。きっと貴方にも似ていたのでしょうね。わたしが生まれる頃にはとっくにお亡くなりだったけれど。」




 梢の目には悲しそうな色が宿っていた。




「わたしのお父様、貴方の曾祖父に当たる方は、斎が生まれた時に、“姉上の夢の欠片が見える”とおっしゃったの。」





 梢の父は一族でもよく見えることで有名で、長い間千手をはじめとした多くの一族に関わってきた。また、木の葉創設時代の最後の生き残りでもあった。彼がうちは一族と、千手一族の不和、しいてはマダラと柱間の戦いの、すべてを知っていた最後の人物だっただろう。





「夢?」

「一族なんてなくなってしまえばよい。それがお父様の口癖だった。」







 一族を守る立場にありながら、梢の父はいつもそう漏らしていた。

 混血すれば劣性遺伝である力を持つ人間は、そして蒼一族の人間はいなくなる。だから一族は近親婚を繰り返した。それをわかっていながら、彼は繰り返しそう言って、木の葉に根付いた一族のものに他の一族との結婚を勧めた。その彼の子供である梢と聖が兄妹婚をしたのは、一種の皮肉だろう。

 彼はすでにもう、蒼一族が長らく繰り返した近親婚の弊害を誰よりも知っていたのかもしれない。もしくは、ほかに理由があったのかは、今となっては誰も知らない。




「どちらにしても、お別れ…。」




 いつまでもこうしてはいられない。梢はその千里を見抜く力を持つ透先眼故に、事態を正確に理解していた。





、」




 イタチはの隣に立ち、次の行動を促すようにそっとの頭をそっと自分に引き寄せる。

 蒼一族の梢を再び黄泉の国に送り出すのは、孫であるの姿だ。はイタチの腕の温かさにほっとしながらも、自分の白い炎の蝶を見ると、ふわりと蝶はの肩から飛び立ち、鱗粉を散らしながら結界の回りを飛ぶ。





「泣かないで、貴方に僅かだけれど会えて嬉しかったわ。」




 梢は悲しそうなに首を横に振って笑う。

 穢土転生という術は確かに許せない物だが、それでも梢にとっては会えるはずのない孫娘に会う機会を作ってくれた。それは決して無駄なことでは無いし、彼女が悲しむ事ではない。




「聖への土産話が出来たわ。」




 夫であり、兄であった聖のことを口に出し、梢は心から幸せそうに笑う。その無邪気で屈託のない笑顔は酷くに似ていた。

 兄を近親婚だったとは言え、彼女は心から彼のことを愛していたのだろう。




「斎にごめんなさいと大好きよと、伝えて頂戴。きっと寂しい思いをさせたでしょうから。」







 大戦の折、梢とそして聖は相次いで亡くなった。まだ12歳だった息子の斎は、ひとりぼっちで苦労したことだろうし、寂しかっただろう。

 それでも、後悔はなかったし、梢は幸せだった。そして息子が自分の愛した人と結婚し、娘を儲けたことを知れば、自分の死は決して無駄ではなかったのだろうと分かる。

 長年思っていた幼なじみと結婚して、目の前にいるを儲けた。梢の中の息子は相変わらず12歳だったけれど、少なくともこの少女が淀みもなく父親が大好きだと言えるくらい、良い父親なのだ。そのことを、梢は心から嬉しく思う。




「蒼一族では、言葉は言霊となって世界に宿ると言われるの。」




 かつて予言や神事を司っていた頃からの、言い伝えのような物で、言葉は言霊となって実際の現象に繋がっていく。それくらい大切な物だという、教えだ。




「だから、貴方は言葉にすることを忘れないでほしい。」




 言葉は慎重に使わなければいけない。それが、現実になってしまう可能性があるから。そして同時に、言葉にしなければならない。言葉にしなければそれを現実になることもないから。

 ふわりと白炎の蝶の鱗粉が輝きを放ち、イタチが張った結界ごと、梢を焼き尽くしていく。




「大丈夫。きっと貴方たちの未来は明るいわ。貴方たちは何者にも負けない。」





 白い炎に照らし出され、ふわりと安心させるように、梢は本当に柔らかな笑みを浮かべる。




「我は儚き命。汝らゆきつく終わりはみな同じ。」





 それはの父である斎も、と別れる時に言っていたことだ。蒼一族の古い格言のような物だという。

 例え過去や未来を見る力が合っても、誰もが同じ場所にたどり着く、誰も特別ではない。そして、どんなに別れが寂しかったとしても、悲しいものであったとしても、死ねば同じ所にたどり着く。だから決して寂しくはないし、悲しくもない。

 がはっとして顔を上げると、梢は優しい目を孫娘に向けて、静かに目を閉じる。




「泣かないで、いつかまた会える時、貴方の幸せな話をたくさん聞かせて。」





 その凜としたゆったりとした声音は、静かに炎に消えていく。




「すぐ来ては駄目よ。でも、またね。」




 彼女は、さようならとは言わなかった。またねと言った。それは、きっと再会を信じているからだ。



「うん。…またね。」




 は震える声で返した。

 きっと会えるのはきっとずっと先の事になるだろう。そうしなければならない。それまでには沢山の幸せを見つけなければいけない。

 彼女に伝えるために。

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