風の国の神の系譜・飃樒(しきみ)が救護班に配属されたのは、元暁であったため、あまり信用出来なかったからと言うのが大きかったが、それでもその能力に見合った物だった。

 風を司る性質変化と、腕が切れても生えてくるほどの恐ろしい再生能力を持つ体。そして治癒能力は他人に対しても与えることができ、忍たちを助けることは、忍たちに虐げられて生きていた樒にとっては最初抵抗のある物だったが、徐々にそれは無くなっていった。




「ありがとうございます。ありがとうございます。」




 樒に深々と何度も頭を下げ、涙を浮かべて礼を言うのは老齢の男だった。

 彼は医療部隊の忍で、運び込まれてきたのは彼の息子だったらしい。死にゆくものが多い中で助かったのは、樒の驚異的な治癒能力のおかげだった。疲労は覚えるが、莫大なチャクラを持つ神の系譜にとっては医療忍者がやっとの事で行うことを簡単にこなすことが出来る。別に難しいことではない。

 だが、彼は必死に頭を下げ、礼を言う。

 かつて人間から化け物と罵られ、自分と人間は違う存在だとすら思っていたというのに、彼らは時に簡単に樒を認めるのだ。



「樒さん、ありがとう。助かったわ。」



 サクラが樒に笑いかけて、自分の汗を拭く。



「あぁ、そっちは終わったのか?」

「…うん。助けられなかった。」

「…」




 誰もが助かるわけではない。戦線は酷い状態で、チャクラまでまねる敵まで現れ、混乱し通しだ。医療忍者たちも疑心暗鬼になり、疲れ果てている。戦場では死者や負傷者は増え続けており、焦燥は膨らむ一方だ。

 血のにおいの混じった生臭い風が静かに吹き抜けていく。それが静かに樒に戦局を運んでくる。

 風は世界中何処にでもある、すべてを巡る樒の腕であり、手であり、体そのものだ。神の系譜がどうして出来たのかは知らないが、手に取るように風によって彼は世界を知ることが出来た。閉じ込められた目の前の世界があまりに酷すぎて、見ようともしなかっただけ。



「駄目だね。」




 火の国の神の系譜・炎一族の青白宮が、テントの中に入ってくる。



「…やっぱり、目覚めませんか、」




 サクラは目を伏せてぐっと拳を握りしめる。




「うん。傷はだいぶん癒えているからと思ったけれど、やはり脳への影響かな。」




 青白宮は悲しそうに灰青色の瞳を細めた。

 ここである程度の負傷者の処理が終われば、サクラや青白宮も戦場に出ることになっている。特に神の系譜は一人でも大きな戦力だ。

 だからこそ、もう一人の神の系譜を皆が起こそうと必死だった。



「誰のことだ?」

「堰家の要君だよ。」




 青白宮は大きなため息をついた。

 数ヶ月前に土の国の神の系譜・堰家は雷の国の神の系譜・麟に襲われた。当主の要と奥方の紅姫は重体で、子供だけが何とか結界の中で守られている状態だった。あれから目を覚まさない要とその奥方の治癒を連合の忍を始め行っており、神の系譜ということもあり、要の体の傷は癒えていた。

 だが、一向に目を覚まさない。



「彼は土を操ることが出来る。炎も風も防御には向かないから、彼が起きてくれればありがたいんだけど。。」




 樒の兄である榊も戦っているが、彼も風を操る。あと戦場に投入されている神の系譜は炎一族の者ばかりで、どちらも攻撃に特化しており、防御には向かない。水や氷を操る翠の姉弟が幼いこともあり、二人を戦場に出すことはできないため、土を操る要がいれば助かる部分は非常に多かった。



「…そんなに、酷いのか。」

「多分、雷による脳への影響だと思うんだ。」




 神の系譜はその莫大なチャクラ故に常人よりは遙かに回復が早い。怪我も早く治る。要の体の傷は良くなっているが、おそらく損傷を受けた脳が回復しきらないのだろう。




「諦めるしか、ないんでしょうか。」



 サクラは宙を睨んで、言う。だが、こればかりはどうにもならないことだ。




「会って、見るかい?」




 樒の興味に気づいた青白宮が、穏やかに問いかける。

 同じ神の系譜に興味を抱くのは当然だ。他国の神の系譜を見る機会はほとんどなく、こんな事にならなければ自分たちが出会うこともなかっただろう。

 樒は静かに頷いて、促す青白宮についてテントを出る。サクラも樒の後についてきた。

 2つか3つ向こうのテントには厳重な見張りがついていて、その中に機械につながれている青年がいた。年齢はおそらく、二十五、六歳と言った所だ。焦げ茶色の癖毛に白い肌、睫は長いが精悍な顔つきの彼は、ただ静かに眠っている。




「…彼が、要君だよ。」




 現在一族の形式を保っているのは、敵に回っている雷の国の神の系譜・麟と、一番安定しており、里と和解した火の国の炎一族、そして中規模だが独自の地位を確立し、炎と縁戚関係にあるのが、この対の国の神の系譜、要が率いる堰家だ。



「君も会ったかな、椎君。要君は幼い頃に両親を殺されているから、息子のことを特にかわいがっていた。」



 青白宮は少し弾みながらも悲しそうに言う。

 親戚同士にあたるため、炎一族と堰家には頻繁な行き来がある。そのため青白宮も他の神の系譜のことは知らなくても堰家のことはよく知っていたし、子供の誕生や成長の度に贈り物を取り交わしていたため、よく知っていた。

 要の隣には奥方であろう漆黒の長い髪の女性が眠っている。こちらは包帯まみれで酷い怪我がまだ全く癒えていないことが窺えた。



「二人とも、子供を庇っていたみたいだね。だから、」



 重傷を負っても、意識を失っても、彼らは決して子供を守るという点に関しては諦めなかった。足手まといだと分かっていても、彼らは子供を守った。時間を稼げば、子供だけでも生き残らせることが出来れば、縁戚関係にある炎一族が子供を助けてくれると知っていたから。



「…」



 樒は初めて見る土の国の神の系譜をぼんやりと眺める。

 自分といくつも変わる年ではないだろうが、彼には奥方がいて、子供がいる。一族がいて、子供を助けるほど信頼する親族がいる。彼は支えられ、また支えて生きてきたのだろう。



「…俺は、」




 幼い頃から既に両親はなく、兄とともにその再生能力を利用するために閉じ込められ、ただひたすら搾取され続けた。兄と離れた後は暁に入り、今度は搾取し、奪う側に回った。誰かを支えるどころか、誰かを率先して傷つけ続けてきた。

 それは自分たちを閉じ込め、傷つけ続けた人間たちと何ら変わりない。守り続けてきた、彼とは違う。



「俺なら、助けられるかも知れない。」



 樒はぽつりと呟く。



「え?」

「俺たちの体は、高密度のチャクラで出来ている。だから、腕も生えてくるくらいの強度があるんだ。」



 その血で干渉すれば、他者の体すらも再生できる。やり過ぎれば樒の命にも関わるし、場所によっては非常に再生がしにくい。だがそれでも、死にかけてはいない、要の脳を治癒するだけならば十分な効果が得られるだろう。



「血が、力になるんだ。だから俺たちは、ずっと血を搾取されてきた。」




 幼い頃から閉じ込められ、戯れに傷つけられて血をむしり取られてきた。その理由は血が妙薬になり得るからだ。




「…良いのかい?」




 親族でもある要を助けて欲しいのは青白宮とて同じだろう。だが彼は心配そうな顔で樒を覗う。




「でも、樒さんの躰に影響はないんですか?」




 ついてきていたサクラは期待の入り交じる、けれど樒の躰を心配して、不安そうに樒を見ていた。

 怯えもない、打算もない。ただ純粋にこちらに向けられる感情は、未だに躊躇いを覚える樒の背中を優しく押した。


和合