カブトを追っている時に、連絡が飛び込んできたのは、梢たちを倒してしばらくした頃だった。
「…ナルトとビーが?」
イタチは切羽詰まった声音で通信を聞く。
『あぁ、カカシたちが援護に行く予定だが、どちらかに援護に行ってほしい。』
シカクは切羽詰まった声でそう言った。
炎一族の白炎はチャクラを直接焼き、術を崩壊させる。宗主の蒼雪は既に別の戦場に出ており、残りはと彼女のチャクラを間接的に持っているイタチだけだ。確かに穢土転生を止めるのは急務だが、同じ能力者を同じ場所に置くわけにはいかなくなったと言ったところだ。
「雷影と火影様はどうおっしゃってる。」
『どちらも出払っている。』
イタチか、どちらがベターな選択なのかを訪ねようと思ったが、どうやら二人ともいないらしい。シカクでは判断しかねる部分もあるだろう。
「わたしが、行こうか?」
「…だが、白縹様がいる。」
カブトの元には炎一族の元宗主、の祖父でもあった白縹がいる。イタチはのチャクラを間接的に使うことが出来るが、体までと同じで炎に強いわけではない。相手が炎一族の白炎使いならば、が一番安定的に相手を倒せる。
ましてや生まれた時に数度しか会っていないの実の祖父だ。鳳凰を封印されているだけのイタチが出て行っては喧嘩を売っているようだ。
だが、をこの場に残していくのは得策ではない。
「どういうことだ。」
サスケが写輪眼でイタチをまっすぐ睨みながら尋ねる。
仮にイタチがここからナルトとビーの戦場に向かうとして、それをサスケが許すだろうか。イタチは逡巡して、内心で舌打ちをする。ままならないとはまさにこのことだ。
「か俺かのどちらかを、ナルトとビーの戦線にかり出したいと言うことだ。」
「ひとりでカブトを倒せとはとんだ里だな。」
サスケは嘲るように言う。
「何故炎一族も、あんたも里にこだわる。里はあんたらを利用するだけ利用したんだぞ。」
サスケの言葉は、彼が既に多くの真実を知っていることを示していた。
3年前のうちは一族の反逆。確かにうちは一族は里に反逆し、それを内通していたイタチが密告した。そのことによって暗部の部隊によって捕獲されたうちは一族の多くが殺され、一部のものは逃げ出した。
イタチは反逆を密告し、うちはの一部のものは今も牢につながれている。
イタチはダンゾウと取引をして、うちは一族全員を殺さず、反逆に荷担した人間だけを処罰するように求めた。暗部の親玉であり自分の師でもあった斎に言うことは、出来なかった。彼は炎一族の婿であり、仮にうちは一族の反逆を鎮圧すれば、うちは一族の恨みが炎一族に向くと知っていたからだ。
しかしダンゾウはイタチとの約束を守ろうとはしなかった。実際には多くのうちは一族の反逆とは無関係のものが殺され、秘密裏に目が奪われた。
結局のところ、斎が表に出てダンゾウ率いる根に圧力をかける形で殺しを止めた。ダンゾウは上層部と組んで暗部での斎の影響力を少しでもそごうとしたが、斎は上忍会と綱手を巻き込んでそれを押さえ込もうとした。
うちは一族だったイタチは正式に東宮の婚約者として炎一族に籍を変え、炎一族はうちは一族の反逆の一件で矢面に立つことになってしまった。そう、炎一族はうちは一族から恨みを買った。それは、ある意味でダンゾウが望み、意図としていたものそのものだった。
「炎一族は里なんかにかかわらず、生きていけるはずだ。」
イタチは結果的にうちは一族を捨て、炎一族の婿になった。その炎一族とともに里を出ることも、里と関わらずに独自の道を歩むことも、炎一族には出来るはずだ。実際に十数年前までそうやって来たのだから。
何故虐げられた里にとどまり続けるのか、イタチが悲しい思いをしてまでそうして守るだけの意味が里にあるのか、サスケにはどうしても分からなかったし、納得出来なかった。
「利用する里などいらない。」
真実を知った後、サスケはまず当時イタチを利用してうちは一族を始末しようとしたダンゾウを殺した。
うちは一族を差別し、そして同時に利用しようとする彼がどうしても許せなかったし、それを止めようともしない里も同じだ。
「どうして、どうして里をそんなに守ろうとするんだ。あんたも、も。」
里はと炎一族を利用して、うちは一族を憎み合わせようとしていた。それは炎一族の婿となっている暗部の現在の親玉・斎を虐げるための手段でもあっただろう。ダンゾウはうちは一族と炎一族、ふたつがつぶし合えば良いと思っていたのだ。
上層部も間違いなくそう思っていただろう。独自の意図を持ち、宗主を絶対として里一番の勢力を誇る炎一族が邪魔だったのだ。
はその意図に気づきながらも、うちは一族を守るために炎一族を使って逃げて抜け忍となったうちは一族の忍を捕らえ、牢につないだ。ダンゾウ率いる暗部によって、逃げたうちは一族の者たちが目を奪われ、殺されることを防ぐために。
だがその行為によっては、しいてはうちは一族は炎一族に人間を憎むようになった。それはダンゾウの意図することそのものだった。
「違うよ、違うよサスケ。わたしは、ただ、死んで欲しくなかっただけだよ。」
は首を横に振る。
「生きていればわかり合うことも出来る。でも、死んでしまえば、そこで終わりだから。」
イタチのために、これ以上うちは一族の人間に死んで欲しくなかった。
例え反逆者と罵られようが、生きていればわかり合うことだって出来る。だが、死んでしまえばもう話すことも、いつか心を変えて新たな人生を歩むことだって出来ない。死は隔絶しがたい断絶に他ならないのだ。
「生きててくれれば、それで良いんだよ。」
短くなった紺色の髪が、さらりと風に揺れる。
――――――――――――――おまえはどうして俺に、憎しみの目を向けない
と戦った時、そう尋ねたサスケにはわからないと答えた。でも彼女はきっと、サスケに、死ぬくらいなら生きて、自分を憎んでいればそれで良いと思っていたのかも知れない。生きている限りは、取り戻すチャンスはあるから、と。
「・・・でも、それは多分、みんなにとってのわたしも、同じだった。」
例え自分の命を犠牲にするという、悲しいやり方だったとしても、生きているサスケを取り戻したいと、縛り付けてしまったイタチの代わりに、それを自分がすべきなのだと、心からそう思っていた。それで良いとは思っていた。
だが、それは間違いだ。
にとって多くの人の命が尊いように、の命もまた、イタチや、両親や、友人たちにとって自分の命と同じくらいに尊いのだ。それをは、サスケを取り戻したいと盲目に願うが故に、忘れていた。
は一人ではない。炎一族の東宮だという価値だけではない、たくさんの木の葉の仲間が、という命を支えてくれている。
「俺は木の葉のうちはイタチだ。」
イタチは腰に手を当てて、大きく息を吐く。
「里には俺の守るべきものが沢山ある。それを捨てられはしない。」
イタチが過ごしてきたのはうちは一族だけではない。里とともに多くの時間を過ごしてきた。もちろんさとの抱える問題をイタチも十分承知しているし、うちは一族だからと差別を受けたこともある。厳しい目は、いつもイタチに向けられていた。
だが、それだけではないたくさんのものをイタチは里から与えて貰った。否、里からと言うのはおかしいかもしれない。里に住む忍から、人々から与えて貰った。
「俺はシスイから里を守るようにと、目を託された。」
イタチは静かに目を伏せる。
3年前、反逆の少し前にシスイは目を奪われ、重傷を負った。彼はしばらくして目を覚ましたが、自分を襲った人間を覚えていないという。彼はイタチと同じ暗部の忍であり、同時にイタチが兄とも慕った人物でもあった。
「シスイの目は特別でな。絶対幻術を使える。それ故に、ダンゾウに狙われていたんだ。」
ダンゾウはシスイの万華鏡写輪眼が絶対幻術を使える貴重なものである事を知っていた。だからこそシスイの目を奪おうとしていたのだ。イタチが託された時、既に彼の目の一つは奪われていた。
「じゃあ、シスイさんは…」
「…今は斎先生と、炎一族に匿われている。」
里の中では現在、シスイは死んだことになっている。火影である綱手も納得済みだ。
今は炎一族の邸の近くにある朱雀神社の神主をしている青鬼姫宮の元に預かられている。あそこは古くからの特殊な結界が張られており、代々炎一族の宗家に連なる人間が斎宮として神社の神主をしている。
青鬼姫宮もまた、盲目だった。
「俺には里のためにと託されたものがある。俺はそれに沿う義務がある。」
許されない罪を背負って、一族を裏切って、耐えられないと嘆く夜もあった。でも、託されたものは、それだけではない。この力も、この目も、里のためにと犠牲になった人々に守られたものだ。幼い頃忍界大戦を見、戦場に幼い頃から出てきたイタチは、痛いほどにそのことを理解している。
「俺は今も昔も変わらず、木の葉隠れのうちはイタチだ。」
確かにうちは一族は反逆罪で解体された。自分も炎一族の婿となる。里は多くの矛盾を抱え、これからもイタチにのしかかるかもしれない。それでも、自分は木の葉隠れの里の忍であり、うちはイタチだ。そのことは変わりない。
「それでも、やはりおまえを殺すことは出来ない、」
イタチは悲しそうに目じりを下げて、眉間に皺を寄せる。
サスケが一度を殺した事も、既にサスケが木の葉隠れの里の忍を殺した敵だということも、イタチはわかっている。だがやはり弟を前にすれば、手が動かない。幼い頃から抱いた愛情は捨てられないのだ。
「おまえは俺の弟だから。」
どんなことをしていようと、イタチにとってサスケは弟だ。イタチは静かに自分の隣にいるを見やる。
弟とは言え、を殺し、傷つけた相手を殺せないと言ったイタチを、彼女は仕方ないなぁとでも言うような、柔らかい笑みで見ていた。それは師である斎にもどこか似ていて、イタチはそっと彼女の手を握った。
イタチよりも小さな手は、いつもと同じようにぎゅっと強く握り返してきた。
信心