白縹は、炎一族の宗主として生まれ、随分と長く生き、死んだ。

 母は妾だったが、炎一族においてそれは別に問題ではなく、白炎を持つというただそれだけが基本的な嫡男としての証だった。

 家族と言うべきなのかよくわからないが、正妻である風雪中宮を初め、十数人の妻と、8人の子供がいた。宗主として望まれることを果たして、ただ炎一族の宗主として死んだ白縹には、炎一族以外のことはよく分からない。

 宮家の一つであり、正妻の生家だった風雪宮家は基本的に木の葉隠れの蒼一族と古くから親交があった。だが、白縹が直接里と関わることはなかったし、それは死ぬまで変わらなかった。

 うちは、千手の両方の一族についても、どちらもが忌まわしい一族であることはよく知っている。

 炎一族は宗主の寿命が人間より比較的長いため、永きにわたって明確な形を持って存続している。同時に、記録も他の一族よりも豊富に持っている。だからこそ、六道仙人の頃から続く因縁を思えば、2つの一族の争いに首を突っ込む気にはなれなかった。

 さらにうちは一族は白縹の生母を殺した一族だったが、結局千手に押されて既に木の葉隠れの里の主流派ではなくなっていた。かつて二大巨頭だった一族の片方の崩壊は、ただ傍観に徹していた白縹にとっては時の流れをただ示すものでしかなかった。



「忌まわしきかな、煽りしはうちはか。」



 白縹は自分が操られていることを理解しながら、やってきた二人に顔を向けた。どうやらこの二人を倒すことが、白縹に課せられた使命らしい。頭の中で響く不快な命令がそう言っていた。

 選択肢はないというのにどうしようかとため息をつきながら、白縹は二人を見やる。



「・・・汝は、」



 さらりと揺れる肩までのまっすぐな紺色の髪に、大きな紺色の瞳。少女は、白縹の孫娘だというのにやはり全くといって良いほど似ていない。目じりを下げた姿は、気の強かった自分の娘とは全く似ずに気弱そうだった。

 残りの一人は固そうな黒髪に漆黒の瞳の細身の少年だった。こちらは険しい表情で眉間に皺を寄せているため、随分と少女よりも年かさに見えた。



「蒼の倅の弟子、か?」



 白縹が問うと、彼は僅かに顔を上げて、酷く困惑したような表情を白縹に見せた。

 蒼の倅とは、白縹の娘、風雪姫宮の夫となった蒼斎のことだった。

 昔から炎一族に出入りしていた蒼一族の最終血統の少年で、白縹の娘はひとつ年上の彼に恋をしていた。確かに彼は古くから続く貴重な血継限界を持つ一族の出身だったし、木の葉でも指折りの忍だったが、どう考えても炎一族の婿にはふさわしくなかった。

 しかし、白縹が反対すると、驚くべき事にあっさりと娘は彼との結婚のためにすべてを捨てた。斎は白縹にとって、愛しい娘を奪った憎々しい相手であり、その彼とそっくりの孫娘は、悪夢のようだった。

 暗部に所属していた彼が、珍しく幼い弟子をとったと話題になったのは、白縹が死ぬ本当に直前のことだ。当時、その斎は珍しく暗部ででは無く、まだアカデミーを出たばかりの子どもを弟子にとったと大きな噂になっていた。

 確かそれがあのうちは一族の嫡男であったはずだ。



「違う。オレはそいつの弟だ。あんたはイタチを見たことがあるのか。」



 少年は淡々とそう言ったが、どちらにしてもうちは一族である事に変わりはない。



「イタチと言ったか。あぁ、一瞬、だがな。」



 基本的に白縹は炎一族を離れられず、駆け落ちした娘とも、その夫となった斎ともほとんど会うことはなかった。だが一度だけ、斎に呼び出されて木の葉に斎を訪ねたことがある。その時にイタチも蒼一族邸でちらりと見た。

 とはいえその弟を見たことはない。サスケの目の色から、うちは一族であると判断しただけだ。



「この茶番の首謀者はうちはと聞きようが。」



 ちらりとだが、カブトという穢土転生で自分を使役している憎々しい男と、うちは一族のマダラを名乗る男が話している内容を聞いた。だが、幼い頃とは言え、マダラを実際に見たことのある白縹はあれが「マダラ」ではないと知っていた。

 ただどちらにしても、彼は安易な話、世界を幻術で作りかえ、それを平和にしたいらしい。ならば、どちらにしても、この事態はマダラの“夢”なのだろう。



「馬鹿なことだ。そんなことをしても、失った者は、戻ってきはせん。」



 白縹にもあまりに覚えのある感情だったが、恐らく普通の人間の誰よりも長く生きた白縹はまた、失いゆくことに、個人の悲しみに、一定の悟りを開いていた。

 そして、だからこそ、どうしても諦めがつかないという感情もまた、理解できる。彼は己の夢のために、全てを失った。大切な人間のために、平和な世界を望んだというのに、そこに彼らはいない。あまりに失い過ぎたが故に、もう夢の中に幸せを求めた。

 それは現実を受け入れられなかった男の、世界を巻き込んだ現実逃避だ。美しいことはいくらでも言える。だが、彼は、幸せの証をとうに失ってしまっていたのだ。気づいた時には遅かっただろう。

 白縹は幼い頃に見送った、長い紺色の髪の少女を思い出す。

 蒼一族の当時の成人女性の風習に従って、髪を段々には切っていたが、彼女はまだ酷く幼げな表情の人だった。黒髪ばかりのうちは一族の中で、少し不安げに紺色の瞳を揺らして、それでもマダラとともにあることに幸せそうに目を細めていた。その人。

 マダラもまた、彼女のことを愛おしそうに見ていた。白縹が生きている彼女に会ったのは、それが最期だった。早くに亡くなった母の手は幼すぎて覚えていない。けれど、優しく撫でてくれた、彼女のその手だけを今でも覚えている。



「・・・」



 目の前にいる少女は、あまりに“彼女”に似ていた。

 肩までの綺麗に切りそろえたまっすぐの紺色の髪。少し下がった目尻。大きな紺色の瞳。桜色の唇。白い肌。幼げな顔立ちながら、そこには決然とした強い決心がうかがえる。そして彼女は遠い日と同じようにうちはの男とともに目の前にいる。

 前と違うのは、“彼女”が他人ではなく、自分の孫娘であると言うことだ。



「穢土転生を、止めに来ました。」





 少女が悲しそうに目尻を下げて言う。



「・・・穢土転生を行った、カブトとか言うやつは、後ろの洞窟にいる。だが、我を倒すは簡単ではあるまい、」



 白縹は涼しい声音でそう言って、小さく息を吐く。

 後ろの洞窟には白縹を使役している男がいる。自分は操られているわけで、自分を倒さなければカブトを追うことも、この穢土転生の術を解くことも出来ないだろう。それは目の前の少女にとって簡単ではないはずだ。



「それにしても、忌々しいほどに、あの男にそっくりだな。」



 疎ましさのあまり、白縹は思わず柳眉を顰める。

 炎一族の誰とも似なかった赤子は、それでも白い炎を持って生まれた。まごう事なき炎一族の嫡子となるべき証。蒼の血の濃い、炎の嫡子。だが、白縹はそれを受け入れられなかった。

 それは紺色の長い髪をした麗人が言った言葉を未だに忘れていないからだ。



 ―――――――――――――――貴方の子供たちの中に、またわたしによく似た子に会える。



柔らかい声音、長くまっすぐの紺色の髪。全員が黒髪のうちは一族の中で外部から嫁いできた彼女は異質そのもので、だからこそ阻害され、悲しい思いをしていた。そしてその異能もまた、うちは一族とは違った。



 ―――――――――――――――きっとその子は滅びとともにわたしの夢の欠片になる。



 彼女はそう、幼かった白縹に予言を与えた。

 彼女の夢が明確になんだったのか、未来が見えていたはずの彼女が何故あんなことになったのか、白縹には分からない。だが、彼女は一族という形式すべてを憎んでいたのかも知れないと、年を経るごとに思うようになった。一族がなければ、彼女たちが死ぬ必要などなかったから。

 彼女の滅びは、長いうちは一族と千手との争いとなった。だからこそ、彼女の予言したその滅びは、炎一族の事も示すと、白縹は知っていた。そして一族のために全てを捨て、生きてきた白縹にとって、それは何よりも恐れることだった。


 ―――――――――――――――一族なんて、亡くなってしまえば良いのに、



 そう言ったのは、彼女の弟。

 蒼一族は、かつては結界の中に引きこもり、戦いを知らずにただ時を過ごしていた。それにも関わらず戦いに否応なしにかり出され、彼は結果的に二人いた姉を亡くすことになった。そんな男が、呟いた言葉は、蒼一族の滅びを予言していたのかもしれない。

 蒼一族は、滅びを運ぶ。



「実に不快だ、汝は、炎一族ではない。風雪の娘などではない。」



 白縹は紺色の髪を持つ孫娘を見た時、そう呟いた。

 白銀の髪でもなく、灰青色の瞳でもない。予言を司る紺色の瞳は、それだけで白縹に炎一族の滅びという正当性と、神の思し召しを語るようだった。鳳凰にも耐えられぬ体を持った、出来損ないの孫娘が、すべてをもって行くだろうと恐怖した。

 白縹が言うと、少女は大きく息をのんで胸元でぎゅっと手を握りしめた。



「・・・確かに、わたしは出来損ないかもしれない。」



 は幼い頃から持って生まれたチャクラに耐えられず、白炎を操ることができないほど弱り切っていた。炎一族の血に耐えられず、そのまま死ぬ運命だったは、確かに出来損ないだった。



「でも、この力を持って生まれた意味がもしもあるのなら、今だと思うから、」




 どうして自分が生まれたのか。莫大なチャクラを持ち、化け物とののしられながらも生まれた意味があるというのならば、きっとはこの戦いで役に立つためだと思う。莫大なチャクラが、そしてが持って生まれたすべてのものが、今必要にされている。

 はその細い腕をさしのべて、自分の白炎の蝶をそこに止まらせる。


「・・・小娘が、我に勝てると思うのか?」


 白縹は薄笑いを浮かべ、全く似ていない孫娘を嘲った。

 亡くなった時、白縹は百歳を超えていた。とはいえ、元々神の系譜である炎一族の宗主は長命で、二百年近く生きるものもいる。老熟した神の系譜に、幼いが勝てるはずもない。

 だが紺色の瞳は全くといって良いほど怯まなかった。



「ひとりじゃない、から。」



 は後ろを振り返る。そこにはサスケがいる。一人ではない。



「通してもらう。」


 これ以上ないほどはっきりと、高い声音があたりに響いた。

 白縹は死人だ。既に今は亡き彼に勝てぬようでは、はこの先きっと何も超えていけない。だから、ここで負けるわけにはいかないと、は自分を奮い立たせる。



「わたしは、母上の娘だから。」



 顔が似ていなかろうが、なんだろうが、この身に流れる血は違わない。そして、両親に育てられ、愛されたことに変わりない。それは自分を守るこの白い炎と、何よりも自分自身が一番よく知っている。

 かつては自分を認められなくて、自分が嫌いでたまらなかった。

 でも今は他人から認めて貰い、沢山のものを背負ってここに立っている。だからこそ、は自分にも出来る事が、その役目があると心の底から信じていた。
情念