サスケから見ても、やはりの成長は恐ろしいものだった。

 蟻の分身だと分かった時の反応速度といい、少しせっかちの所はあるが、ナルトと違い直線的ではないし、非常に頭も良い。戦術の組み方もよく分かっている。3年前に苦手だったチャクラコントロールもサスケより遙かにうまいほどだ。

 莫大なチャクラを持つにとってチャクラの微調整は簡単ではない。それぞ血を吐くような努力を積み重ねたことだろう。

 イタチのために、そしてサスケのために、彼女は変わったのだ。

 短い紺色の髪と、長い帯がふわふわと揺れている。相変わらず着物の背中には五咲きの花の家紋と、一枚羽根の家紋が縫い付けられている。小さな背中は二つの一族の誇りとともに、沢山の人からの意志を背負っている。

 きっと彼女の事を、二つの一族の者たちも誇りに思っているだろう。



「大丈夫か?」

「うん。」



 サスケの問いかけには大きく頷き、白炎の蝶を増殖させる。同時に薄水色の瞳で、ある物を探す。

 淡い光を放つ蝶は辺りを埋め尽くすほどの増殖をし、一部の蝶は丸い球体を、一部の蝶は鱗粉を生み出し、蟻を燃やしていく。だが、蟻の量に流石に蝶の量は追いつかない。それでも蟻は白炎の蝶を捕らえることは出来ないらしかった。


「まったく、哀れな子らだ。」



 白縹は涼しい顔で灰青色の瞳を細めて見せる。



「やめておけ。蟻は放っておくだけで増えるぞ。」



 彼が示すサスケの足下を見ると、いつの間にかじわじわと蟻がやってきていて、足下からサスケのチャクラを食っていた。



「サスケ!」



 サスケは何とか飛び退き、がサスケにまとわりついていた蟻を燃やす。だが数が多いため、サスケはどうしても防戦一方になる。ちらりとを見ると、彼女は眉間に皺を寄せていたが、その透き通るような水色の瞳が、静かにあたりを見ている。



「こっちは大丈夫だ!それより、まだなのか!?」



 サスケの力では、相手のチャクラを食べる蟻を長時間防ぐことは出来ない。防御を得意とするサスケの須佐之男でも恐らく、それほど耐えられないだろう。の白炎に頼らざるを得ない。だがの白炎の蝶は、鱗粉から炎を生成するまでに僅かなタイムラグがある。

 蟻を抜本的に対峙してしまわない限り、じり貧になって、チャクラを食い尽くされるのが落ちだ。


「が、がんばってる!」



 は水色の瞳で辺りを見回しながら、うわずった声で返した。

 まわりの蟻を探しながら、相手の攻撃もよけながらというのは、存外集中力もいるし、難しいのだ。心ばかりが焦ればなおさら、見つからなくなる。片目で現在の視界を、片目で蟻を追うのは、透先眼の使い方に慣れてきたとはいえ、難しいのは事実だ。



「・・・遅いな、まあ、うちはの倅の方からいくか。」



 白縹の影分身が、サスケに肉薄する。それを何とか避けながら、サスケは冷静に考えた。

 先ほどから、白縹本体は絶対に襲ってこない。元々白炎使いは他人のチャクラを直接燃やす数万度にもなる炎を操るため、だいたい遠距離線を得意とする。莫大なチャクラを保持していることから、大技も得意だ。当然影分身もチャクラ量に比例していくらでも作り出すことが出来る。

 肉弾戦を行う前に、片がつくのだ。



「なるほどな。」




 白炎さえどうにかしてしまえば、サスケでも殺せる可能性はある。だが、その思案が、致命的な隙になった。


「サスケ!!」



 白炎の蟻がサスケの足下から襲いかかる。目の前のことに気を取られ、足下がおろそかになっていたらしい。の悲鳴で理解したサスケは一瞬硬直する。だが、白炎の蟻がサスケを食らうよりも早く、サスケの足下が爆発した。



「なに?」



 白縹がその灰青色の瞳を丸くし、紫色の袖からのぞく白い手で蟻に指示を出すように手を振る。だが、地面が次々に爆発し、蟻が燃やされていく。



「どういう、」



 ことだ、と続く言葉は、刀に貫かれる。



!!」



 白縹の胸を貫いたサスケが、大きく叫んだ。その途端、刃を中心に封印式が白縹の体を包み込んでいく。サスケの後ろで、影分身のが印を結んでいた。



 白縹は自分の体を動かそうとするが、もはや指一本動かない。

 どうやらは蟻に鱗粉を食わせ、それを蟻の中で爆発させたらしい。確かに爆発させる場所を考えれば、多くの蟻を道連れにできる。そしてその隙に、サスケが白縹に肉薄したというわけだ。サスケの刀には封印式が組み込まれていた。



「・・・蒼一族お得意の、結界か。」



 なすすべのない白縹は、ただ空を見上げ、小さく息を吐く。封印の中でも、例えこの体が穢土転生の屍だったとしても、太陽は煌々と輝いていて、自分たちに眩しい光をまき散らす。

 結界というのは、封印式と紙一重だ。蒼一族は遠い日、結界の中に引きこもり、争いの時代に争いを知らずに生きていた。もう、100年近く前の話だ。この結界の中で、日の光の中で、幸せな生活を送っていた。

 視線を孫娘に戻せば、ふわりと風が少女の肩までに切りそろえられた紺色の髪を揺らす。少女の口元が、僅かな弧を描く。



 ――――――――――――約束して、東宮、



 段々に切りそろえられた、紺色の長い髪の少女。弧を描いた桜色の唇。優しく抱きしめられた温もりと、紺色の髪に透ける太陽のぎらついた光。与えられた予言と、そう、もう一つ。約束。あれは、まだ残暑の厳しい日のことだった。



 ――――――――――――貴方の子供たちの中に、またわたしによく似た子に会える



 白縹は、目尻をつり上げた己の娘を思い出す。

 白縹には何人もの娘や息子がいた。望まれるままに子供を作った。その中で、跡取りとしての資格を保持して生まれてきたのは、二人だった。一番長くともにいた妾の息子と、若くして嫁いできた正妻の娘。息子は一族から距離を置いて薬師となり、跡取りとなった娘は家を出た。

 紺色の髪の少女は、そう、あの人と「よく似た子」は、娘が産んだ。


 ――――――――――――きっとその子は滅びとともに私の夢の欠片になる



 彼女が運ぶ滅びは、本当は誰のものだったのだろう。蒼一族のものだったのか、それとも、うちは一族なのか、はたまた炎一族だったのか。本当のところは誰にもわからないはずだ。ただ、白縹は炎一族のものだと思った。

 そして、白縹はあの日のことを、一つ、忘れていた。



 ――――――――――――その子に、大好きよ、と伝えて頂戴



 うちはの男と寄り添っていたあの人は、そう言ったのだ。

 本当はこの未来を知っていたのかも知れない。でも、彼女はそれだけを望んで去って行った。白縹が死ぬまで、いや、死んでからも思い出さなかった約束。あの温もりは覚えていて、何度も何度もあの日の光景を思い返したのに、思いださなかった。

 あの、優しい人との最初で最後の約束。



「・・・おじい、さま?」



 恐る恐る、紺色の髪をした少女が結界の中にいる白縹に呼びかけてくる。それを眺めながら、白縹はため息をついた。


片隅