「・・・殺されたそうだ。千手に。」


 白縹が低い声で呻くようにはき出したのは、の父斎が言ったのと同じ言葉だった。しかし、白縹は全く違う可能性を、続けて口にした。



「ただし、マダラはその時に万華鏡写輪眼を手に入れた。」


 その言葉にサスケが顔色を変える。


「え?どういうこと?」



 はサスケを見ても意味がわからず、祖父の方に視線を向けた。

 自分の婚約者であるイタチやカカシ、そしてサスケが万華鏡写輪眼を持っていることをは知っている。だが写輪眼の進化形だという認識しかなく、それを手に入れることがどういうことなのか、いまいち理解出来ていなかった。

 白縹は腕を組み、小さなため息をつく。



「万華鏡写輪眼の開眼の条件は親しい友を殺すこと。それは恋人でも良い。」



 集落を構える場所が近かったこともあり、炎一族には写輪眼の詳しい記録も存在する。うちは一族が知る以上に、炎一族はうちは一族のことをよく知っていた。



「え、えっと・・・どういう、こと?」



 はよくわからず、首を傾げるしかない。だがひたひたと背中を悪寒が走る。



「頭が悪いのか良いのかわからんな。」



 サスケが黙り込んで答えられないその答えを、白縹は当然知っていた。恐らく、うちは一族の多くが知らず、また、知っていたとしてもその忌まわしい過去は言いがたいことだ。この答えを教えられるのは、今や白縹だけだろう。




「要するに、マダラは己が妻を手にかけた、」



 マダラは万華鏡写輪眼を、妻の死を境に開眼した。




「少なくとも、とどめを刺したのはマダラのはずだ。」



 当時、マダラと親しい者は少なかった。恐らく妻と彼の弟だけだっただろう。それが何かの謀だったのか、それとも別の何かがあったのか、それは誰にもわからない。


「…ど、どうして?・・・マダラは、奥さんを愛してなかったの?」



 が悲しそうな高い声音で尋ね、表情を歪める。



「そんなことは決してなかろうて。彼は妾をとらなんだ。それに子供もたくさんいた。」



 白縹が、マダラと彼女が一緒にいるところを見たのは一度きりだが、彼はいつも彼女を気遣っていた。

 うちは一族の頭領の妻が、蒼一族出身者というのは難しい問題を孕む。そのため、妾を取ることを常に勧められていたはずだ。しかし彼は決して新たな妻を取ろうとはしなかったし、たった10年近くの間に多くの子供を儲けた。

 彼女が亡くなった後も、彼は一切新たな妻を娶ろうとはしなかった。



「故は、誰も知らぬ。恐らくその事実を知っていたのは、マダラとその弟のイズナ、そしてマダラの娘であったアカル姫くらいのものだろう。」



 万華鏡写輪眼の仕組みを知る者はほとんどいない。当時でも知っていたのはマダラと、マダラの娘であったアカル姫くらいであろう。



「彼女は確かにうちはだったが、蒼一族の能力を継いでいないわけではなかった。だからこそ、彼女は



 事実は表向きには、彼女は千手に殺されたとされた。何故、マダラが愛した人を手にかけたのか、表向きに千手に殺されたとされたのか、実際に千手に殺されていたのか、違ったのか。それは当人たちにしかわからない。



「晩秋、彼女は亡くなった。翌年の早春には千手に嫁いでいた彼女の妹も亡くなり、戦いの火ぶたは切って落とされた。」



 運が悪かった。彼女だけで亡く、翌年には妹も亡くなり、春には戦いが始まった。うちは一族にして見れば弔い合戦に近かった。かつて、彼女を疎んでいたうちは一族は、いつの間にか彼女を愛していた。だからこそ、許せなかった。許せっこなかったのだ。



「その戦いの中で、マダラの最後に残っていた弟も命を落とした。」



 白縹は目を伏せる。

 停戦の後、彼女は争いの象徴となったため、忘れ去られた。墓所はうちは一族の墓ではなく、別の場所に建てられた。阿加流神社の片端だ。それを建立したのは、彼女の娘だったアカル姫だった。今や誰もが忘れてしまった事実だ。

 うちは一族は存続した。しかし、マダラがともに夢を目指した妻も、弟も、すべてが死んでいた。うちは一族の頭領であった彼は、うちは一族を守ったかも知れない。だが、それ以外の何も守ることが出来なかった。

 いや、戦いが終われば目の前にある悲しみが大きすぎて、残っていた大切な者に目を向けることが出来なくなっていたのだろう。



「きっと、汝は炎一族であって、炎一族ではない。だから、汝はあの人の夢の欠片なんだろう。あの人は、一族など気にしていなかっただろうから、」



 白縹はまっすぐと紺色の髪と瞳の、あの人とよく似た孫娘に視線を向ける。

 何故、あの人があれほどまでに他の一族からも、うちは一族からも人望があったのか。その答えは、彼女が戦いを望まず、様々な交渉の場に足を運び、他の一族のためであっても、協力を惜しまなかったからだ。

 確かにあの人は一族のためにも生きた。だが、自分の大切な他人のために生きた。



「あの人から、汝に伝言だ。」



 生きている時に、白縹はこの言葉を伝えられなかった。思い出せなかった。だからきっと、これはやり直しなのだろう。



「大好きだと、伝えて欲しいと言われた。」



 そう言うと、は少しだけその紺色の瞳を丸くしたが、すぐに優しく目を細める。



「うん。知ってる。わたしはそれを、みんなからいっぱいもらってる。」




 大丈夫とでも言うように柔らかく、自慢げに高らかに笑って、彼女は隣にいる少年を見た。彼は驚いたようだったが、の手を応えるように握る。その姿に、白縹はかつて寄り添っていた二人を思い出す。

 一族は違っても、何がなくても、きっと本当は、大切な人といられることが何より幸せだったのだろう。

 白縹は一族が望むままに子供を作り、ただ時を生きてきた。本当は家族のために、一族のために、そして世界のために出来ることがあったのかも知れない。だが、結果的に長い時を無気力に生き、里と関わることもなく、生きて死んだ。

 変わりゆく時代も、他の一族も認められなかった。



「道理で怒鳴りつけられるわけだ。」



 本当は、白縹とて、求めていた。一族という枠組みの中ではなく、ただただ、大切な人を愛して生きることを。だが、それが出来なかったからこそ、一族を捨ててでも大切な人と生きようとした娘が許せなかった。娘を攫った男が許せなかった。

 そして、娘の自由の証であるが、許せなかった。



「娘は、幸せそうか?」



 白縹が問うと、と少年は顔を見合わせた。



「誰が見ても幸せだと思うぞ。」

「う、うん。仲良いもんね。」



 即答だった。

 里の手練れであるためふたりとも忙しくしているが、小さな口喧嘩はあれど、ふたりは誰が見ても非常に仲が良い。恐妻家なんて言われながら、父も大概自由にやっている。気の強い母はそんな父に怒りつつも、仕方ないとため息をついて、でも傍にいる。

 二人とも娘に甘く、優しい父親だ。



「そうか。」



 白縹は小さく頷く。

 娘が愛した人と、その子供とともに、生きている。そしてそれで幸せになっているのなら、親として、嬉しく思うべきなのだ。自分と違って、自由に生きることが出来ている、そのことを幸せに思うべきだ。



「雪と蒼の倅に、謝っておいてくれ。悪かったな。そして汝にも。」


 多分最初の白縹との面会に関しては、は幼すぎて、覚えていないだろう。だが、彼女のことを望まなかったと、出来損ないなどと言ったことは、謝らなければならない。



「え、えっと、いや、気にしてないし、」

「嘘つけ、おまえ結構気にしいだろ。」

「あ、いや、えっと」



 サスケに横やりを入れられても、は謝られると居心地が悪いのか、手をぶんぶんと横に振って見せた。

 やはり孫娘は、気の強い娘には似ていない。娘なら白縹が謝ったところで、謝るなら最初からやるなと激怒したことだろう。そういう点では、娘を奪ったあのいけすかない男は、孫娘をうまく育てたと言って間違いない。感謝すべき所なのかも知れなかったが、やはり素直に感謝する気にはなれなかった。

 それに、もう終わりだ。

 が白炎の蝶に命じれば、その封印式後と、白い炎が白縹を包み込む。白炎使いが白い炎に燃やされることは、普通ならばあり得ない。だが恐らく穢土転生であるため、炎一族の宗主が持つ炎への耐性は、再現できなかったのだろう。



、」




 最期にもう一度、何もしてやれなかった孫娘の名前を呼ぶ。彼女は白縹を、その美しい紺色の瞳で映した。それに向けて、白縹は笑う。




「汝は、炎の宗主だ。その誇りを忘れるな。」




 低く、重い、炎一族の宗主としての言葉だった。それは彼が生きてきた価値観そのもの。

 灰青色の瞳が、細められる様を、はその紺色の瞳で映す。確かにその色は違うが、流れる血がそこにある。託した心が、ある。だが、彼は柔らかな笑みを口元に浮かべている。



「そして、幸せになってくれ。汝が愛す者の隣で。」



 それは孫娘に対する、ただの祖父としての言葉だった。

 白い炎が、彼の全てを包んでいく。かつて、神の系譜はその炎から生まれ、そしてその炎によって消えるのは、まさにふさわしい最期だろう。



「ゆめ、か」



 最期に、白縹は呟いた。

 違う一族の人間が寄り添い合って笑うことの出来る、そんな、あの人の夢。でも目の前には夢でなく、紺色の髪の少女と、黒い髪の少年が寄り添って立っている。



 ――――――――――――約束して、東宮



 優しい紺色の髪のあの人との約束。ちゃんと、伝えた。伝えることが出来たから、今度はあの人がうちは一族の男と去って行くのを見送るのではなく、見送られる番だ。

 心残りはたくさんあった。それでも、白縹は満足感とともに目を閉じた。

 今度こそ、あの人に会える気がした。

夢見