肩までに切りそろえられた紺色の髪が、風に揺れる。



「どういうことなんだろう。」



 は白縹が消えた青い空を見上げる。いつの間にか視界の端には薄暗い雲が出始めており、徐々に青い空を覆っていく。


「・・・万華鏡写輪眼を開眼したなら、殺したのはマダラで間違いない。」



 サスケは少し早口で、から視線をそらして言った。



「サスケ?」

「オレがおまえを殺して、万華鏡写輪眼を開眼したのだから、」



 だから間違いない。語尾は吐き捨てるようだった。はサスケを振り返り、その青白い表情を眺める。奥歯をかみしめ、眉間に皺を寄せている彼は、酷い顔をしていた。



「どうやって、わたしを蘇らせたの?」



 サスケは何らかの形で、の命を取り戻した。

 誰も口にしなかったことだが、恐らく誰かの命を犠牲にしなければ、誰かの命を取り戻すことなど出来ない。サスケはを取り戻すために、何らかの犠牲を払ったはずだ。しかも、その写輪眼で誰かを操って、を蘇らせた。

 そういうやり方を、サスケは嫌っていはずだ。それなのに、を蘇らせるために、そうした。



「馬鹿だなぁ。」




 は苦笑して、サスケの方へと歩み寄る。彼の方がずっと体が大きいというのに、恐れるかのように彼は一歩後ろへと後ずさった。



「気にしなくて良いのに。」



 はぽつっと呟く。それは何故か幼く、酷く間抜けな高い響きとともに、場を支配した。

 ぽたぽたと曇りだした空から水がこぼれ落ちる。それが本来なら深刻な空気を醸し出すはずだというのに、なぜかますます、間抜けなBGMになった。



「・・・」



 サスケはを凝視して、固まる。一瞬彼女の言っている意味がわからなかったが、飲み込むと、ますますわからなくなる。


「そーんなの気にしなくて良いのに、ね。」



 誰に同意を求めているのかはわからない。彼女の肩に止まっている白炎の蝶にだろうか。蝶は雨を避けるように、彼女の着物の袖に潜り込んだ。



「・・・」



 真剣な話、本当のこと言うと、兄であるイタチの前に立つよりも、記憶を取り戻してしまったの前に立つ方が勇気がいった。勝手に憎んで、あれほど彼女を追い詰め、殺してしまった。その罪悪感は、自分が死んでしまった方がましだと思えるほどだった。

 なのに、なんだこの軽い言いぐさは。

 悩んでいた時間が長かっただけに、彼女の言っていることを理解すれば、言いようもない怒りがこみ上げてくる。



「昔から言おうと思っていたんだがな。」

「ん?」

「おまえ現実がちっとも見えてねぇんだよ!」

「え。」



 突然怒鳴ったサスケに、が困惑の表情を浮かべる。それがますますサスケの怒りを煽ることに、は気づかない。



「だいたいな!普通、殺されれば文句の一つでも言うだろ!?」

「だ、だって、ほら、まあ、サスケにも事情が、」

「その事情、勘違いだっただろ!?完全に逆恨みだろうが!言えよ!!」



 サスケは真実を知るまで、うちは一族を反逆者として処分したイタチを、そしてその恋人であり、うちは一族の残党を狩っていたを、心の底から憎んだ。そして戦いの末に、を殺した。

 しかし、うちは一族の反逆をイタチが暗部に密告しなければ、サスケも含めてうちは一族は抹殺されていただろう。鎮圧の過程で殺された者ももちろんいるが、うちは一族の多くが生きて幽閉されている。逃げた者も、イタチや、そしての身を案じた炎一族の人間によって捕らえられた。

 うちは一族はイタチを裏切り者として罵り、炎一族をも憎んだ。だがそれは、里がうちは一族と炎一族という、二つの大きな一族をつぶし合わせるための罠だった。里は、イタチや、そして同時に暗部の有力者で、火影候補にもなっているの父、斎をつぶそうとしたのだ。

 サスケも所詮、里に利用され、挙げ句、を殺してしまった。



「オレはこんなに悩んで、罪悪感でぎしぎし心が痛むってのに、本人のおまえはふらふらふわふわしやがって!」


 罪悪感の分だけ、脱力感は大きく、怒りに変わる。それが完全な八つ当たりだとサスケも理解していたが、怒りをぶつける相手が他にいないため仕方がなかった。

 それに対しては少し驚きつつも、相変わらず困った顔をしている。



「ご、ごめん。な、なんて言えばよかったのかな・・・、えっと」




 いつも通り下がった目尻。サスケの逆ギレに怒りを返すことも出来ず、ただただ困惑する彼女に、サスケは怒りを抑えるためのため息をついた。


「・・・おまえに怒ると疲れる。」



 昔からいつもそうだ。はぼんやりしていて、真剣にサスケが怒っても謝るばかり。こんなを利用しようとした里が憎い。ただ彼女はそんなこと、ちっとも思っていないだろう。いつもそんな感じで、サスケの怒りも、他者の憎しみも素通りしていく。



「ごめん・・・なさい・・・?」



 もはや途方に暮れたような顔で、はサスケを見ていた。だが、謝るべきはサスケだ。

 ぽたぽたと雨がの短くなってしまった紺色の髪を滑り落ちる。長かった髪はサスケとの戦いでばらばらに切れてしまったから、肩で切りそろえるしかなかった。それに手を伸ばして、サスケは彼女の着物についたフードを、冷たい雨から彼女を隠すように、彼女の頭にかけてやる。

 170センチあるサスケより、彼女は20センチ身長が低い。小さいその体で、サスケと互角、いや、それ以上の戦いをしてみせる。



「ありがとう、」



 は先ほどまでのやりとりを忘れたように、へらっと笑って礼を口にする。その笑顔が昔と変わっておらず、やりきれなくて、サスケはフードをかぶせた頭を自分の方へと抱き寄せた。



「わっ、」



 が驚きの声を上げる。

 彼女の自分より遥かに高い体温が布越しに伝わってくる。成長しても彼女の体は自分の腕にすっぽりおさまるほど、小さい。変わっていないことを確認すれば、それを奪おうとしていた自分が浅ましく、恐ろしくて、手が震えた。



「・・・ごめん、」



 低く、小さく、呟いた声もまた同じように震えていた。



「・・・本当に、ごめん・・・」



 憎んでいた。彼女がイタチを、一族を自分から奪ったように思っていた。でも本当は、自分の身を盾にして、彼女はうちは一族を必死で守ろうとしてくれていた。里から利用されていることも承知で、サスケが守れなかったものを守ろうとした。

 それなのに、サスケはを憎み、追い詰め、殺してしまった。取り返しのつかない傷を負わせたはずだ。



「わたしは、自分に出来ることをしたかっただけだよ。」



 はうちは一族ではない。

 だが、イタチのために、そしてサスケのために、出来るだけのことがしたかった。例え憎まれても、大切な人たちのために、彼らの大切な者を守りたかった。だから、誰に憎まれても、うちは一族を守ろうとした。



「だから、里のことを、憎んでいても良いけど、今は一緒についてきてよ。」



 サスケは里を憎んでいる。里を助けるのは嫌だろう。

 でも、今だけは、少しだけ時間が欲しい。が大切な者を守るために、ここにいる。それに少しだけ、協力して欲しい。こうして隣り合って、寄り添う時間が欲しい。それが何を示すのか、それによって何が生み出されるのか、わからなくて良いから、そうしたいと思っていた。

謝罪