うちはマダラ。



 木の葉創設の時代、その中心となったうちは一族の頭領で、後に反旗を翻し、長らく続くうちは一族と里との確執を作り出した。妻は蒼一族出身で、千手に殺されたと言われる。



「本物の、うちは、マダラねぇ。」



 壊れた傀儡の上に腰を下ろしていた斎は中央司令部からの報告に耳をほじってみせる。



『そうです。今、五影が応戦しているのですが、何か対策をご存じないかと、』

「そんなのの対処聞かれてもね、穢土転生を止めろとしか言えないよ。・・・が向かってるんでしょう?」



 うちはマダラはかれこれ70年ほど前に完全に里を抜け、初代に殺されたと言われている。確執なんてものは100年近く前の話だ。まだ30代前半の斎は実際に会ったこともなければ、彼の術をちらりと見たことすらない。

 当然、現在最高の天才と謳われる流石の斎も、うちはマダラの効果的な対処など、知るはずがない。

 根本的な対処として、出来るのはうちはマダラが蘇った原因である穢土転生を止めるのみである。それには既に千里眼の能力のある透先眼を持っているを向かわせていると言うから、術者のカブトは補足済み。これ以上の対策は取りようがない。



「貴方、知ってるんじゃありませんの?」



 敵を倒し、戻ってきた蒼雪が尋ねる。


「あれ、早かったじゃないか。」



 しかも、振り返って彼女の様子を確認してみれば、行った時とほぼかわりない。一つに束ねられた美しい、波打つ白銀の髪に、灰青色の瞳。鮮やかな緋色の、太ももにスリットの入った長い着物。埃一つついていない。



「たいしたこと、ありませんでしたの。」



 不機嫌そうに柳眉を顰める様は相変わらずに美しい。早足で歩み寄ってきているというのに、優雅だ。幼馴染みであるため昔からよく知っているが、その美しく楚々とした所作は全く変わらない。



「ふぅん、麟はダメだった?」



 神の系譜の一つ、麟家。それがサスケとともにおり、同じく神の系譜と呼ばれる炎の宗主である蒼雪が、相手をしていたのだ。


「だって、あれは所詮本系ではありませんわ。」

「なに?分家だったの?」



 神の系譜と呼ばれる一族たちの中でも、神と同等の力を持つと言われるのは直系のみだ。現在炎一族でその力を持つのは、蒼雪とその娘、のみだ。親から子へと、しかも一系統にしか残されない能力だからこそ、その価値は計り知れない。同時に、その才能もまさに化け物並みだ。

 ただそれを分け与えられた分家は山のように存在する。炎一族も200人以上の分家を抱えており、彼らの血継限界は直系には全く及ばないまでも、それなりに使える力を持つ。

 神の系譜である麟家と言えど、分家だったのかと納得しかけた斎だったが、蒼雪は少し困惑した表情をしていた。



「どうしたの。」

「・・・強かったんですの。」

「じゃあ種なし?」




 ごくまれに、宗主の子供の中に、宗主と同等の力を持つ人間が二人生まれることがある。どちらかは次世代にその力を伝えられない「種なし」と呼ばれる存在だ。力のない神の系譜は直系でないなら、分家か「種なし」のどちらかに過ぎない。

 しかし、神の系譜の特徴をこれ以上ないほどよく知っているはずの蒼雪の表情は晴れない。



「何か、引っかかるの?」



 斎は黙り込んでしまった妻に尋ねる。


「最初は、宗主のような気がしたんです。でも、何か違う。」 



 神の系譜である蒼雪だからこそ、感じる何らかの違和感があるのだろう。

 五つある神の系譜の内、現状全く親交がなく、実態がわからないのが、雷の国の神の系譜・麟だ。彼らは暁に協力し、水の国の神の系譜を襲ったことがある。

 神の系譜を倒す場合、分家や種なしの力はたかが知れているため、膨大なチャクラと特殊な血継限界をもつ宗主とその系統を殺さなければ話にならない。神の系譜の麟が現れた時、それを中央司令部は宗主だと判断したから、同じく神の系譜の炎一族の宗主、蒼雪を出したのだ。



「同じ神の系譜の雪が言うなら、そいつは宗主じゃないんだろうね。」



 斎は傀儡から重たい腰を上げる。

 神の系譜の直系は、分家や「種なし」に対して絶対的な権力を振るうことも、その能力を取り上げることも場合によっては可能だ。またその能力も様々であるため、何らかの特殊な能力を持っていたとしても、おかしくはない。



「そんなことより、うちはマダラの対策案を考えないと、問題なのではなくて?」



 蒼雪は灰青色の瞳で斎を睨む。 



「そうだね。」



 斎は穏やかに、それでいて決然とした面持ちで、まっすぐ前を見据えた。

 蒼一族は既に斎と、娘のしかいない。消えゆく一族だ。ただ、劣性遺伝であるため、本来であれば、両親ともに蒼一族であった斎を最後に、蒼一族の子供は生まれてこないはずだった。それにもかかわらず、蒼一族の斎と、炎一族の蒼雪の間に生まれたは、蒼一族の血継限界をも保持して生まれてきた。



「これも運命だったのかな。」



 がふたつの一族の近親婚のせいで体が弱く、幼い頃は死に向かうのみだった。どれだけ子供を作ったことを後悔したかわからない。だが、うちはマダラが穢土転生で蘇ったというのなら、きっとあの子にはこれ以上ないほどの意味があるのだろう。

 同時に、蒼一族の斎が、弟子としてうちは一族のイタチを選んだことにも。



「僕は行くよ。」



 斎は蒼雪に背を向ける。

 黒色の長袖の服の背中には、五枚の花びらが、透先眼と同じ色をした水色の菱形で描かれている。100年前とかわりない、蒼一族の家紋だ。それを背負う人間はもう二人しかいなくなってしまったけれど、その意志は今もそこにある。



「100年前からの宿題の答えを、今度は僕が出す番だ。」


 それが、最後の蒼一族となるであろう、自分たちに課せられた役目だ。用意ができ次第戦場に飛ばなければならない。


「んなことより、こんな壊されて、もう武器ねぇんだけど。」



 壊された傀儡の上に座っていたサソリが、珍しく気合いの入っている斎に悪態をつく。

 サソリが持っていた傀儡はほとんど先ほど斎とやり合った時に壊されてしまっている。傀儡師として以外に、サソリは様々な術を使うことが出来るが、戦いとなればやはり傀儡は必要だ。



「本当に貴方、ぐだぐだうるさいですわね。」



 蒼雪が腕を組んで、サソリを睥睨する。女性にしては高身長の蒼雪は、体を傀儡としてしまったせいであまり成長しなかったサソリより遥かに背が高い。



「くそっ、なんでこいつまでいんだよ。」

「ちょっと、私、このぱっぱらぱーの嫁ですわよ。」

「ちょっと、ぱっぱらぱーって聞き捨てならないんだけど。」

「ぱっぱらぱー以外に言葉ねぇだろ。」

「阿呆でも良いですわよ。」



 長年の幼馴染み二人の言葉は、一切の容赦がない。斎としてはなんで非難がこちらに向いたのか大いに疑問だが、肩をすくめ、息を吐く。少し疲れているような気がしたが、胸にしまって置いた巻物を使う機会が出来たことは、その疲れを払拭してくれる。

 斎は自分の胸元から巻物を取り出し、それをサソリに渡す。



「なんだよ、これ。」

「チヨばあさまからだよ。」



 これが木の葉に送られてきた時、斎は正直驚いた。交友関係はあったとはいえ、斎は他里の忍だ。それでもチヨは斎を信頼し、いつかサソリにこれを渡す日が来るだろうと、信じていたのだろう。孫を最期まで信じていた。




「わかると思うけど、チヨばあさまの傀儡さ。」


 サソリが作り上げた傀儡は斎が壊してしまった。でも、ここにはまだチヨが作った傀儡がある。サソリがいつしか捨ててしまい、里を出るのに置いてきてしまった傀儡だ。中には祖母とともに作ったものも含まれている。


「これで戦えるでしょ?」


 斎が軽く首を傾げて笑って見せる。

 いつも、ひとりだと思っていた。父母は既になく、祖父であるチヨは自分に対して遠巻きだった。他の子供たちが親と笑いあう中、サソリはひとりでそれを眺めていた。寂しかった。でも、もっと求めれば、与えてもらえるものがあったのかも知れない。

 傀儡ならずっと一緒にいてくれるからと、友人となってくれそうな人を殺したこともある。だが、心にぽっかりあいた穴は、そのままだった。



「サソリは本当に、引きこもりみたいなヤツだから、仕方ないよね。僕が一緒に行かないと。」



 傀儡にしようと思っても、強すぎて歯が立たなかったその幼馴染みは、サソリを簡単に穴から引きずり出す。多分、自分の心に穴が空いていたのではなく、自分が穴を作り、そして閉じこもっていただけだったのだろう。

 もっと、たくさんのものに目を向けていれば、サソリは新たな大切な者を見つけられたのかも知れない。



「・・・」



 サソリが受け取った巻物は、ずしりと重たい。物理的に重いのではない。託された思いを、サソリは初めて受け取るからだ。これを託した祖母は、何を考えていたのだろうか。今となってはもうわからないけれど。



「さて、きっととイタチが待ってるよ。」



 もう30歳を超えたはずなのに童顔の斎は、昔と変わらない笑顔で無邪気に笑う。今が戦争だと言うことも、サソリがたくさんの忍を殺したこともなかったかのように笑って見せる。だから、いつもサソリは何も言えなくなる。



「何ぼさっとしてますの。置いていきますよ。」



 蒼雪のトゲのある口調が、なんだか酷く懐かしい。いつもそうだ。蒼雪は斎との二人の時間を邪魔されるのが大嫌いで、それがサソリであれ、4代目火影であれ、斎の傍にいるのが自分だけでなくては不機嫌だった。

 このさも当たり前のようにあたられる感覚がまた懐かしいなんて、頭がおかしいとしか思えない。



「はぁー・・・また斎のわがままかよ。仕方ねぇな。・・・つきあうか。」



 だからサソリも、昔と変わらぬ悪態をついて、腰を上げる。自分の唯一の友である彼が守りたいと願っている者を、今度こそ一緒に守るために。





反響