カブトが隠れていたのは、薄暗い洞窟だった。


「なんか、じめっとしてて良くないね。」



 洞窟の入り口で、はフードをとり、ついた水を払う。

 炎を司る血継限界を持つは熱さには強いが、寒さにはめっぽう弱い。それを知るサスケは体調は大丈夫なのかと少し不安になったが、はすぐに僅かに濡れた髪や服を、自分の白炎の蝶で一気に乾かした。



「じめじめしてて気持ち悪いし、まわりを乾かしたら、ダメかな。」

「おまえ、何かと力業に出るようになったな。」



 前は何をするにも優柔不断で、何も出来なかっただが、もともと生まれ持ったチャクラは莫大で、術の使い方さえ覚えてしまえば、基本的に何でも出来る。交戦した時サスケも思ったことだが、はやる術や行動がいちいち大きい。本人は自覚がないようだが、少し気をつけるべきだろう。



「だめ?」

「チャクラは温存しろ。無理はするな。」

「無理じゃないけど・・・」

「他人から無茶に見えるって事だ。自分を大切にしろ」



 もともと持っているチャクラの量が人より莫大であるため、はあまりチャクラを温存する戦い方をしない。だが、チャクラが足りなくなれば前にサスケと戦った時と同じように、イタチに封印された、自分の体では支えられないチャクラを引っ張り出すはずだ。

 それはまた、彼女を死出の旅路へ押し出すことに他ならない。

 サスケが言うと、は紺色の瞳を丸くして、「ごめん」と不安そうに目尻を下げた。

 どうやら別の誰かにも怒られたらしい。きっとサクラやナルト、そして誰よりもイタチが思っていることも、同じだろう。

 洞窟は深いようで行き止まりが見えない。結界も張ってある。それをサスケの須佐之男で破り中へと入れば、そこにはフードを深く被った人間がいた。

 蛇が喉を鳴らすような音が耳に届き、は肩を震わせた。それは生理的な嫌悪だったが、サスケはそれに飛び退いた。



「大蛇丸か?!」



 巨大な蛇を操る人間というのは、それほど多くない。だが、それに応えるように、少し高い声が洞窟に響いた。



「クク、少し違う。」

「カブトさん」



 はかつて中忍試験で見かけたその男を見据える。

 穢土転生を行っているのはカブトであると、報告は本部から報告を受けていた。うちはマダラを蘇らせたのも、この男だという。



「ボクの結界を通り抜けて、よく居場所がわかったね。まあ、透先眼を持っている君なら、十分考えられることだ。」



 男性にしては少し高いともとれる声が響く。



「まあ、補足したのはお父さんの方?それとも君かな。」




 ちゃかすように軽いその声音に、は答えなかった。


「無視かな。良いよ。でもボクを殺しても、穢土転生は止まらないよ。でも、穢土転生を止められるのは、ボクだけだ。」



 カブトはが無視したことに対して、少し気分を害したようだったが、得意げに笑って見せる。はちらりとカブトを上から下までじっくり見てから、口元に手を当てた。



「どうするんだ。」



 サスケは答えないに、問う。



「どうしようか。」



 は生憎、幻術のような形で他人を操るような術は持ち合わせていない。アカデミーで学ぶような基本的なものはできるが、まさかそれにカブトをかけるなど、弱らせても難しいところだ。やはり、イタチの写輪眼を借りてくるべきだったと少し後悔する。



「手がないのか!?」



 サスケが驚きのあまりを見る。はというと、口元に手を持って行ったまま、軽く小首を傾げて見せた。



「うん。まあ、考えてなかったかな。」



 いつも通りのんびりした口調で返されれば、サスケも呆然とする。


「じゃあ、どうするんだよ!?」

「殺しちゃ駄目なら、・・・半殺しにしてから考えようかなって思う。」

「はあ!?その後の手立てもないのにか?」



 叫びながらも、そもそも改めて考えてみれば、の血継限界である白炎は数万度で、普通の人間はそれに触れれば簡単に死ぬ。彼女の能力は本来、あまり捕獲や半殺しには向かない。それを仮に蒼一族お得意の結界術で補ったとして、捕らえた後、どうやって穢土転生を解く気なのだ。



「透先眼で過去を見て、解き方を暴くよ。ただ生きていない場合、その人がやったことを視るには、結構手間がかかる。」

「完全にコピーできるのか?」

「・・・うーん、だいたいはね。ここ3年、綱手先生の教え子だったから。」




 はもともと莫大なチャクラを持って生まれているため、チャクラコントロールが極めて下手だった。しかしはここ3年ほど、医療忍者として名高い綱手の弟子として修行をしてきた。医療忍術は緻密なチャクラコントロールが必要とされる分野であり、綱手はチャクラコントロールのエキスパートである。

 綱手の弟子になったことで医療忍者としての訓練は受けないまでも、は透先眼で術を行う本人を視れば、血継限界を使わないような術の多くを再現できるようになったのだ。それが可能であることは、百足と呼ばれるほど術の手数の多い、同じ透先眼保持者で、父親でもある斎が証明している。

 炎一族の宗主として神の系譜とまで呼ばれるほどの血継限界とそれに伴う莫大なチャクラと、蒼一族としての千里眼の効力を持つ血継限界と、長らく伝わる結界術。そしてその全てを的確に操るチャクラコントロール。

 こともなげには言ってみせるが、サスケはそれを恐ろしいと感じた。

 昔からそうだが、この小さな体の少女が一瞬底知れない化け物に見える瞬間がある。今は彼女が何を抱えているかを知っている。だがそれでも、彼女は、なんなのだ。

 そしてうちは一族と蒼一族、そして千手一族は。




「そう簡単では、ないと思うけどね。」




 カブトは怪しく笑って、目を細め、馬鹿にするように舌をつきだした。

 長い舌にサスケは思わず顔を顰めるが、もそれは同じだったのか、遠ざかりたいとでも言うように一歩後ろへと下がった。



「うちは一族のうちはサスケと、炎一族東宮蒼。君たちを丁度欲しかったんだよ。」



 大蛇丸とよく似たようなことを口にして、カブトは唇の端をつり上げる。



「どうして?」



 は実に素朴に自分の疑問を尋ねた。



「・・・」

「・・・」



 この瞬間だけ、サスケとカブトは同じ事を考えただろう。カブトは案の定、気を取り直すようにため息をついた。



「だって、不思議だったの。前から思っていたのだけど、貴方はどうして大蛇丸を求めているの?」



 の質問は突拍子もなかったが、的を射ていた。

 カブトはスパイとして様々な組織、里に入り込んでいた。だが、忠誠を誓っていたのは大蛇丸のみで、必ず大蛇丸の元へ戻っていた。大蛇丸が死んでもまだなお、彼を求めている。

 それは何故なのか。



「貴方は他の人が欲しいの?」




 カブトの目が丸く見開かれる。の紺色の瞳はただ静かなままだった。カブトはに何か言おうと口を開こうとしたが、言葉が見つからなかったのか、そのまま口を噤んだ。かわりにカブトが言うことの出来なかった言葉を、サスケが口にする。



「・・・おまえ、嫌なところが斎さんに似てきたな。」




 の父親である斎は、さらりと人の本心を見抜くような男だった。

 蒼一族は元々予言を司る、不思議な力を持つ一族だ。過去と現在を見通す千里眼の力を持つ透先眼。それは未来すら見通すと言われた。それは本当なのかはわからないが、少なくとも斎は洞察力に優れた天才だった。

 斎は自覚を持ってそうしていたが、はそうでもないらしい。



「え?なにが?わたし、遅刻はしないよ?」



 はサスケの言った意味がわからなかったらしく、首を傾げてサスケを見上げてきた。

 そんな話はしていないのだが、どうやら彼女にとって父親の嫌なところと言うのは、遅刻癖らしい。どうせ彼女のことだ。理由もイタチを困らせるからとか、その程度のことだろう。




「まあ、良いよ。どうせボクの物になるわけだからね。」



 カブトは気を取り直すように笑い、姿を隠したいとでも言うように、体を丸める。



「来るぞ。」



 サスケはカブトの出方を窺うため、いつでも動けるように腰をかがめた。だがはというと、直立したままの体勢で、視線すらもカブトから外し、あたりの蛇に視線を向けている。



!」


 サスケはの緊張感のない動きに彼女の名を呼び、怒鳴りつけたが、は白炎の蝶に指示を出すように、白い手を振る。途端に蝶の鱗粉が弾け、今にもサスケに襲いかかりそうになっていた蛇を焼き払う。



「見えてるよ。」



 振り返った彼女の瞳は薄水色。透先眼、全方位死角なしの視界を持つ、蒼一族の血継限界である。その視界は写輪眼を遙かに上回る。


 チャクラを見抜く写輪眼の視界と合わせれば、基本的に見えないものは何もない。


「やろうか。」 



 は柔らかに笑って、サスケにそう言って見せた。

兼帯