うちは一族と炎一族は新年会を一緒に行う。



 今年は広い炎一族の屋敷の寝殿で行われていた

 炎一族の東宮雪花姫宮蒼が生まれ、うちはの嫡男のどちらかと結婚することが決まってから十数年、今や恒例
行事に等しい。

 わいわいと賑わう大人達の間にぽつりと残され、サスケはぼんやりとしていた。


 兄のイタチはうまく大人に愛想を振りまいているが、サスケは彼ほど大人ではない。

 そういうことを上手にはできなかった。

 上座に目をやると、ぽつんと空席がある。

 雪花姫宮蒼の席だ。 



 彼女は病弱で、滅多に公の席に出てこない。

 すぐに体調を崩すらしく、炎一族の婿での父親蒼斎を担当上忍としてよくこの屋敷に出入りするイタチと違い
、サスケが彼女を見ることはほとんどなかった。

 アカデミーでも同じ年のはずで、同じように在籍しているが、は学校に来れない。




 会う機会は皆無に等しく、彼女の顔すら朧気で、ただ頼りないふわふわ揺れる印象だけが残っている。







「退屈してるね。」






 ふと、声をかけられて顔を上げると、斎が柔らかく笑っていた。



 兄の担当上忍である彼のことが、サスケは嫌いではなかった。



 娘のがアカデミーに行けないので、その週に授業で配られたプリントを週に一回もらいにアカデミーに足を運
ぶ彼は、ひとりでいるサスケを見つけては術や話を聞いてくれる。

 一族で優れた兄が大きすぎて期待されないなど、くだらない劣等感丸出しの言葉も、彼は穏やかに笑って聞いて
くれる。

 別に自分の意見を押しつけることもなく、ただのんびり聞いてくれるのが嬉しくて、ほっとした。








「アカデミーはどうだい?サスケは優秀だから、授業も退屈?」

「退屈、もうわかってることばっかりやるし。」






 生意気に返す。 

 けれどやはり、斎は笑っていた。







「そうか。サスケはいつもがんばってるね。」






 ぐしゃぐしゃとちょっと立っている髪の毛を撫でてくれる。

 斎にとって、サスケはただの子供で、イタチの担当上忍だったはずなのに、彼はイタチとサスケを比べようとは
しない。



 彼は良い理解者で、良い教育者だ。



 誰かと比べるのではなく、本人がどれだけがんばっているかを見る。
 きっと彼は、一生懸命がんばって、それでもワースト一位なら、その子を褒めると思う。

 逆に一生懸命がんばらなくて首席をとったとしても、褒めない。

 その子供の、精一杯の線を見抜く。



 だから、サスケが一生懸命兄に追いつこうとがんばっていることも見抜いているのだ。






「まだアカデミーに入ったばかりだし、ゆっくり頑張ったらいいよ。今度水遁の本を貸してあげよう。苦手だろう
、水遁は。」






 穏やかに笑って、立ち上がる。



 彼は、里で一番の規模を誇る炎一族の婿養子として、炎一族の女宗主、蒼雪姫宮と結婚し、をもうけた。

 難しい立場だろう。

 それでも彼は自分のペースを崩さず、それでいて人とうまくやっていける。

 大変器用な人だ。

 そして、強く無邪気な人。






「あっ、もう宴会出ても良いよ。誰も気づかないから。」






 悪戯っぽく振り返って笑う。

 それをサスケに言いに来てくれたのだ。

 サスケは彼の背中に頭を下げて、広間から廊下に出た。


































 炎一族の屋敷は基本的に寝殿造りになっている。



 宗主の住居で南向きの寝殿を中心に東・西・北に対屋を立て、これらが渡殿でつながっている。

 寝殿の正面には広大な庭があり、池や白梅や紅梅などの木がある。

 北の対屋は普通は宗主の正妻が住まうが、現在は宗主蒼雪姫宮の住居で、寝殿は婿養子斎が使っている。

 基本的には蒼雪も寝殿で斎と寝食を共にしているので、あまり北の対屋は意味がないそうだ。

 宗主の娘で東宮は、東の対屋に住んでいる。

 食事の際は寝殿に出向くらしいが、それ以外は東の対屋にいるそうだ。




 サスケはひとまず渡殿をわたって、東の対屋方面に歩いた。



 寝殿での宴会のせいか、この辺は人が少ない。

 歩いていると、広廂(ひろびさし)で、小柄な少女が庭を見ていた。

 斎と同じ紺色の髪が灯りにきらめいて光る。






?」







 小さく呼ぶと、聞こえたのか、こちらを向いた。



 同じ年のはずなのに、はサスケよりずっと背が低く、色が白い。

 詳しくは知らないが、あまり外に出られないからだろう。







「あっ・・・サスケだね。」






 は一瞬目を丸くしたが、笑った。

 今は冬だから、紅に白い表のついた雪の下と言われる襲の着物を着ていた。 




 見事な刺繍も入っていて、綺麗だ。



 思わず、頬が赤くなるのを感じて、サスケは顔を背けた。

 どれくらいぶりだろう。顔を合わせるのは。







「ねぇ、中に入ろう。寒いでしょ。貝あわせをしよう。」






 はサスケの手を取って言う。

 の手のほうが自分の手よりもずっと冷たくて、サスケのほうが驚いた。


 御簾をあげて母屋にはいると部屋の中は逆に暖めすぎと言うほど暖かかった。



 これはやりすぎだと思う。



 特には何枚も着物を重ね着しているのだから、これでは暑いと思ったが、はけろっとしていた。

 どうやら平気らしい。

 棚においてある小さな唐櫃から綺麗な細工の螺鈿の箱を取り出す。



 貝合わせがしまってあるのだ。



 の家は里ができる前から木の葉近くの山の中にあった一族で、一昔前の高価な品がたくさんある。

 この貝合わせもは平気で遊びに使うが、きっと高いものなのだろう。 

 ばらばらと雑に箱から出して、それを畳の上にばらまく。

 そんなに粗雑に扱って良いのかと本気で問いたくなったがは気にしていない。




 変なところで大胆だ。



 貝の一つを捲る。

 和歌と十二単姿の綺麗な女性が描かれていた。

 金箔が貼ってある。






「簡単な神経衰弱だよ。」






 は笑う。



 この貝合わせには遊び方が二種類あって、表に向けたまま百人一首の要領で、和歌の上の句を読み上げて下の句
をとっていくか、全部裏返して絵が同じのものをとっていくかだ。

 和歌のほうは上の句下の句を覚えていないととれないが、神経衰弱なら誰にでもできる。







「おまえ記憶力良かったけ?」






 神経衰弱は半分以上記憶力の問題だ。

 サスケがにやりと笑うと、が自信ありげに肯いた。






「良いよー。きっとサスケよりも良い。」

「そりゃ楽しみだ。」







 日頃ぼんやりのを相手に負けるとも思えず、意気込んだとき、御簾が上がった。






「珍しいな。」






 後ろを振り向くと、兄のイタチが立っていた。






「・・・宴会、出てきていいのかよ。」

「おまえも出てきてるだろ。」







 少し険悪な空気が漂う。

 は少し不思議そうにして、イタチに言った。







「イタチもやろうよ。貝合わせ。」

「おまえと、貝合わせか?」

「負けるの怖いの?兄さん。」






 サスケは兄を睨むが、イタチはため息をついた。






「サスケ、おまえじゃなくて、に負けるんだ。」

?」


 ぽけぇっとしたに?







 サスケは改めてに目を向けるが相変わらず、何の苦労も知らぬお姫様だ。

 これに負けるのか。






「考え過ぎじゃない?」

「まぁ、いいか。」





 イタチは少し迷ったようだが、肯いて貝に向き直った。






「正月だしな。」






 意味不明な呟きとともにじゃんけんをする。



 神経衰弱の開始だった。


 だがイタチの杞憂の原因は、十分もすればわかる。

 まさしく神経衰弱だ。






「えっと、確かこれとこれなの。」

「げっ、またとられた。」

「・・・・、」





 順調にとっていくに、サスケはたじろぐ。

 イタチは慣れ、諦めているようで、ひとまずのとった貝など関係ないように、自分のとれる範囲を着々ととっ
ている。







「ありえねー、」







 の驚異の記憶力に、サスケはイタチが神経衰弱に渋った理由を知った。

 一度でた貝を彼女は絶対に忘れない。

 たぶん、一番目から今までどの貝が出たのか、明確に口にすることができるだろう。







「だから言っただろ。と記憶力を争おうなんて無謀だぞ。」








 イタチははずれた貝を戻しながら、言う。



 サスケも次からと神経衰弱だけはやめておこうと肯いた。

 男二人でこれでは、やるせがない。

 は案外賢いのだ。

 女を舐めいてはいけない。







「そういえば体調は良さそうだが、宴会に出なかったんだな。」







 突然、にイタチが尋ねる。







「うん。堰家の要兄様が夕刻まで来てて、どうせ宴会にお遅刻だったから。」








 忍五大国にはそれぞれ、神の系譜と呼ばれる一族が一つずつあった。

 火の国の炎、土の国の堰、雷の国の麟、水の国の翠、そして風の国の飃。

 直系が神のごとき凄まじい血継限界を持つ。



 だが、いくつかはもう滅んでいる。



 神のごとき力を持つ直系がいなければ、一族はまとまらない。

 もちろん滅んだ一族にも、今でも庶子の系譜が残るが、彼らの力など微々たるもので、他の人間と変わらない。

 今残るのは炎、堰、麟の三つだ。



 そのうち堰の当主は要と言う青年だった。



 それぞれの一族は、皆人間の戦乱に感化しないことが多い。 

 土の国と火の国はそれほど仲が良いわけではないが、そんなことは堰家には関係ないのだ。

 特に現在の堰家の当主は大変な変わり者で、水の国翠一族の庶出の少女を妻にしたそうだ。

 一族内での結婚が多い堰家では珍しく、また他国の人間を、それも翠の生きのこりを妻にするなど、変わってい
る以外の何者でもない。

 一時両親の死の際、炎一族に滞在していたこともあって、今でもたまに炎一族に足を運んでに変わった話をお
いていく。



 からすれば良い兄さんだ。



 イタチも何度か会ったことがあった。







「要兄様のお子様がお風邪を引いたのだって。水疱瘡で、母上様が良い薬を持っているから、それをもらうついで
によってくれたの。」

「新年から子供が風邪とは大変だな。」

「大丈夫なのかよ。」

「大丈夫だよ。奥様の紅姫さまが見ていらっしゃるだろうし、お兄様はいつもご家族のことになるとあわてすぎな
の。」







 もイタチもなれているので、それほど驚かない。

 彼は両親を早くに殺されているから、家族が弱ると過敏に反応する。

 それだけだ。






「最後のひっとつ。」






 が最後の貝を二組取る。



 これで、貝合わせは終わりだ。

 結局の圧勝だ。数えるまでもない。






「お正月からいい年が迎えられそうですー、」

「それは良かった。」






 素直に喜ぶに、イタチとサスケは微妙に複雑な気分だった。

 好きな子に負けてあまりいい気はしない。

 二人で顔を合わせて、ため息をつく。



 は貝合わせをしまおうと、立ち上がる。

 ざわっと、チャクラが揺れる。

 の動きが固まった。






「ちっ、」






 イタチが舌打ちをして、傾いたの躯を支える。

 度重なる来客に、はしゃぎすぎていたらしい。



 はただ病気なのではない。



 チャクラが多すぎて、それに躯が耐えられずに、体調を崩しているのだ。

 疲れればそのぶんだけチャクラがうまく制御できずに揺らぐ。

 そして体調を崩す。




 の額に手を当てると、だいぶ熱くなっていた。






「大丈夫なのか?」






 サスケは心配そうにの顔をのぞき込む。







「少し寝かせれば大丈夫だろう。」






 イタチはの躯をいつでも引きっぱなしの布団に寝かせる。

 小さな躯は軽い。






「今日は調子が良かったのにな。」






 は少し不服そうに布団の中で唸った。








「また来るから、今はおとなしく寝ていろ。」




 イタチは笑って、の頭を撫でる。







「な、サスケ。」







 突然話を振られ、サスケはとっさに肯く。








「うん。また来る。」








 たぶん来ないだろうが、でも今は肯いておく。



 は少しだけ笑って目を閉じる。



 今日は寒いが、この部屋はとても暖かい。

 外では雪が降り始めていた。













( 皆がわいわい騒ぐところ 祝うこと )