イタチは久方ぶりにアカデミーに足を踏み入れる。






 が風邪を引いて保健室にいるから迎えに来てほしいとアカデミーから連絡があったとき、の両親は二人とも
任務で出かけていて、使用人の中にも手が空いているものがいなかった。

 現在イタチはの家に居候させていただいているわけだから、こういう時には役立とうと、を迎えに来た。




 幸い、イタチは三日ほど任務も何もない。



 何人か顔見知りの先生にもあったが適当にあしらって保健室に向かう。

 保健室にはと桃色の髪の女の子、そしてサスケがいた。







「イタチ!」







 が嬉しそうな声を上げる。



 だが、少し顔が赤い。



 チャクラを肩代わりしてから体調を崩すことは少なくなっただが、それほど身体が強いわけでもなく、たまに
は風邪も引く。

 今日は朝起きて来るのも遅かったから、調子が悪かったのだろう。

 保健室の女の先生は、にこやかに笑う。








「ご苦労様、本人は元気なんだけど熱が40℃近くあってね。ちゃんは一人で帰るって言ったんだけど、迎えに
来てもらったの。」

「いえ、ありがとうございます。」








 イタチは素直に彼女に礼を言って、に向き直る。

 は椅子に座って、少し沈んだような顔をしていた。








「どうした?体調が悪いのか?」








 尋ねるが、は首を振る。



 それからきゅっとイタチの服を握るから、イタチは困惑した。

 いったいどうしたというのだ。








「あー、今日、戦術の試験が予告されたんで、」








 サクラが、イタチに言う。









「あぁ、二人一組でやるトーナメント方式のあれか。」








 イタチも最終学年の時にやった記憶がある。

 それが沈んでいる原因か。




 イタチは小さく笑った。



 イタチは試験に一喜一憂した経験はない。

 大抵学年首席だったし、それほど頑張らなくとも他人よりうまくやる自信があった。





 だが、はできない。

 決しては誰かに劣っているわけではない。




 才能だけなら、サスケにも勝る。



 サスケと違って、は誰かと比べて自分ができないと劣等感を抱くことはない。

 それはやはり彼女が一人っ子で、一族中から大切に育てられたからだ。

 でもその分、自分はできないと勝手に思いこんでいる。

 他人から見ればは比較的良くできる子供だろうに、自信がないから自分はできないと思いこんでいる。



 彼女に足らないのは、自信。



 自分を信じて、自分のできることを精一杯やる姿勢が、ないこと。

 だから失敗する。


 とても簡単なことなのに、にはそれができない。








「誰と組むんだ?」

「オレ、」








 横から、サスケが言う。 


 なんだか不満そうだ。

 サスケからしてみれば、自分と組むのだから大丈夫だと思ってほしいのだろう。


 サスケは現在学年首席だという。

 だったら彼以上良い相手はいない。









「サスケなら余裕だろ。」

が木陰で小さくなってたとしても余裕。」









 偉そうにかえすサスケに苦笑しながら、イタチは毛布を抱えて不安そうにしているを抱きかかえる。









「いつも通りにやれば、は大丈夫だぞ。」

「でも風邪引いちゃった。」









 涙目で、訴える。 









「すぐなおるさ。その間にサスケが対策を考えてくれる。俺もの苦手な体術に持ち込まれないような方法を考え
てやる。だから大丈夫。」

「ほんと?」

「本当だ。それにアカデミーの試験なんか、おまえが思うよりずっと簡単だ。」




 それほど気に負う必要はない。




 はやっと元気が出てきたのか、大人しくイタチに抱きつく。

 イタチはを抱え直して、保健室の先生に頭を下げてから、ドアから出る。

 サクラは二人の後ろ姿に手を振りながら、サスケをちらりと盗み見た。









「あれがの許嫁?」

「あぁ、うちはイタチ、オレの兄だ。」









 サスケはイタチが出て行った扉を睨みつける。





 大切そうにを抱きかかえる彼を、サスケは何度も目で追ってきた。

 それしかできなかった。

 イタチはうちはの嫡男で誰よりも期待された天才。





 でも心はうちはから確実に離れている。



 小さい頃からの家に出入りしていた彼は、の父・斎がイタチの担当上忍になってからは、任務が二日続くと
必ずの家に泊まり、家に寄りつかなくなった。

 仕方ないことだとは思う。







 の家は、とても穏やかだ。


 押しも押されぬ炎一族だからだろう。

 一族中の人がただ宗家の人々を敬うだけで、周りと比べようとはしない。




 斎は婿養子だが、別に肩身が狭いわけでもなく、おおらかに家長としての務めを果たし、女宗主のの母・蒼雪
はそんな夫を穏やかに眺めている。

 当然そこで育ったも優しく、穏やかだ。



 そこには殺伐とした空気はなく、家のために自分の意志や将来を曲げる必要はない。

 がもし、忍になりたくないとだだをこねれば、一族のものはそれを優しく許し、一応強い婿をとったらどうか
と提案するだけだろう。

 何かを強制することはない。




 イタチはその空間の居心地の良さに、離れがたくなったのだ。



 たまに斎が諫めると帰るが、それは家が恋しいから帰るのではなく、ただ斎に言われて、斎を立てて帰るだけの
話。本心から帰りたいわけでもあるまい。

 いつしかうちはとの繋がりは薄くなり、元々あわなかった父との関係は悪化。

 結局大喧嘩の末、家出するという突飛出た行動に出たのだ。

 炎一族の者達も、あっさりと東宮(次期宗主)の許嫁としてイタチを受け入れた。









「サスケ君のお兄さんってそんなにすごいの?」







 サクラは何の気なしに尋ねるが、サスケの表情はますます険しくなる。









「七歳でアカデミーを首席で卒業。10歳で中忍試験に合格。」

「えっ、10歳!?」

「13歳で暗部分隊長に就任。いまは暗部一の手練れとして活躍中。」










 驚くサクラに構わず、サスケはつらつらと兄の経歴を並べる。




 覚えているのは、あまりに比べられすぎたから。

 自分でも比べてしまうので、覚えている。

 一つたりともサスケは及ばない。

 後ろから彼の歩いた道を追っているだけの状態。


 悔しい。









「すごい人なのね。」










 サクラがしみじみとつぶやく。



 そんなこと知っている。



 サスケはイタチが出て行った扉に穴が開くほど鋭い視線で、兄を想った。












( 他者より技能や能力が上なこと 才能に恵まれていること )