ばたばたと侍女達があちこちに走り回る。

 寝殿の騒ぎようが東の対屋にいるとイタチにも伝わった。

 もうすぐ夕食の時間としても、少しおかしい。









「どーしたのかなぁ?」











 は、イタチに不思議そうに尋ねた。

 風呂から上がったばかりのイタチはタオルで髪の水を拭きながら、首を傾げる。




 わからない。



 当時の二人はまだ三歳と、八歳、

 まだほんの子供で、大人達の事情を見ただけで何故か判断できるほどの年ではなかった。













「騒がしいな。」

「うん。ははうえさまがせきけにいってたけど、もどってくるの。でもなんか、ばたばたしてる。」

「堰家?」

「うん。おおおばさまがとついだんだって。わたしのおばあさまといまのとうしゅふじんは、しまいなの。」












 は おにばば!って、おばあさまとけんかするんだよ、と笑う。

 だが、侍女達の様子はせっぱ詰まっているようで、そんな明るい話が来たとは思えない。

 の父・斎が担当上忍になってから、イタチはこの家によく泊まりに来るが、こんなに騒がしいのは初めて
だった。




 は布団の上で退屈そうに本を広げている。



 イタチが持ってきた本は難しすぎてのお気に召さなかったようだ。

 物語でも持ってこれば良かったと悔やんでいると、御簾の張られた向こう側に、東の対屋に慌てて入ってき
た侍女が、一人膝を突いて頭を下げた。












「どうしたの?」











 が声をかけると、やっと侍女はしゃべり出す。













「本日堰家御当主夫妻が崩御なされました。」

「おおおばさまが?でも・・」












 はきょとんとする。



 大叔母はまだ四十代のはずだ。

 基本的に、神の系譜は長命。

 堰家も炎一族も、神の系譜。二〇〇年はざらに生きるし、それが当主の血筋に近ければ近いほど、長く生き
る。



 堰の当主も大叔母もまだ四十代、彼らの常識からいけば、ものすごく若い。



 亡くなるような、年ではない。身体も弱くなかったはずだ。

 それも二人同時に。










「・・・・・病では、ないんだな。」











 イタチはの傍だからこそ、あえて遠回しな質問をした。

 すると侍女が頷く。














「・・・こういうことは後々イタチ様のお耳にも入れねばならぬことでしょう。最近、堰家は雷の国の麟と敵
対しておられましたから。」













 暗殺されたと、侍女は暗示した。



 堰の当主を暗殺するなど、よほどの手練れだ。

 基本的に、神の系譜の直系達は、単独で一つの里を優に滅ぼせるほどの能力を持つ。


 五影レベルの能力を持つ忍でも彼らを殺すことは難しだろう。



 神の系譜は基本的に、同じ神の系譜の直系でしか倒せないとされる。

 麟もまた、雷の国にいる神の系譜の直系だ。

 現在残る神の系譜は三つ、火の国の炎、土の国の堰、雷の国の麟だ。











「たまたま堰家を訪れておられた蒼雪様が割って入られましたが、そのときにはすでに当主夫妻は・・・、」














 侍女が語尾を濁す。




 これ以上、幼いに聞かせるのは忍びないと思ったのだろう。

 堰家は土を操るが、麟家は雷を操る。性質変化的な、相性が悪い。











「当主夫妻のご子息、要様が、このたび屋敷にいらっしゃるとのことです。」












 子息だけは、助けられたのか。


 イタチは感慨を覚えて目を伏せた。

 当主夫妻は、彼らをかばったのだろう。

 庇うものがあっては、うまく戦えないのも仕方ない。それでなくとも不利な状況だったというのに。





 が不思議そうにイタチを見上げている。

 幼い彼女には意味が理解できなかった。




 きっとまだその方が良い。

 残酷な権力の分布や、暗殺の闇など、知らない方が。










、イタチさん、少し寝殿に来てくれますか?」












 廂の板が軋んで、打ち掛け姿の女性が現れる。



 緩やかな銀髪を幾筋か頭の後ろで束ねて、簪を挿している。

 の母親、蒼雪は灰青色の瞳を哀しげに細めて、二人に手招きをした。

 どうやらもう堰家から戻っていたらしい。










、」











 イタチはの手を取って一緒に御簾から出る。

 炎一族の宗主でもある蒼雪は、それほど小柄ではなく、今のイタチよりも背が高い。

 ぼんやりと彼女を見ていると、彼女の服に血が付いていることに気づいた。





 着替える暇がなかったのだろうか。




 イタチの視線に気づき、蒼雪は寂しそうににこりと笑う。

 渡殿を歩いて寝殿に行くと、イタチの担当上忍の斎と、一人の少年が毛布に包まれて座っていた。

 イタチよりまだ四,五歳上だろう。





 服が血にまみれている。



 焦げ茶の長めの髪の毛も少し汚れていて、白かったろう肌も血でどす黒い。

 綺麗な面立ちは、どこか艶めいていたが、赤紫色の瞳には生気がなかった。

 蒼雪が微笑んで彼に達を紹介する。












「こちらは私の娘の、むこうはうちはの嫡男のイタチさん。」

「よろしくー・・・・」

「何でも聞いてくれ、」











 も何かただならぬ空気を感じたのか、静かに挨拶をする。

 イタチもそれに続けた。

 少年は無表情でイタチとを見る。










「しばらく、要君はここで暮らすことになりますの。わからないこともあると思いますから、教えてあげてく
ださいね。」










 イタチとに念を押すように蒼雪は言う。

 イタチは頷く。




 彼の様子は、ただならぬもののように思えた。











「早速で悪いのですけれど、イタチさん。と一緒に東の対屋で要君に服を着替えさせてあげてください。こ
のままでは気持ち悪いでしょう。湯も運ばせますから、身体も拭いてあげてください。」

「はい。」











 イタチは返事をして、毛布に包まれた要にそっとふれる。

 立ち上がる際にふらついたので、あわてて支えた。



 血まみれの要の手を、がそっと握る。

 彼を支えながら、ゆっくりと東の対屋に移動した。














( 泣きたくなるような気持ち )