「やー、えーぅ!えぇーん!!」







 小さな少女が斎にしがみついて泣きじゃくっている。



 かわいらしい女の子だ。



 大きな紺色の瞳を潤ませ、綺麗に切りそろえられた紺色の髪を振り乱している。

 小さな白い手はきつくきつく握り締められ、斎の服を離すまいとしている。


 侍女たちは周りでどうしたものかとおろおろ視線をさまよわせる。







?」






 斎が困ったように幼い少女の名を呼ぶが、まったく無意味。

 ますます斎にしがみついて激しく泣く。







「何をやっているんですか?」






 師である斎の屋敷に本を借りに、初めて一人で炎一族邸に足を踏み入れて緊張していたイタチは、一気
に緊張が途切れ、疲れたように息を吐いた。





 今日、斎は任務のはずだ。


 時間は差し迫っている。



 イタチは困り顔の斎と少女を見比べて目を見張る。

 そっくりだ。

 娘だと誰が言おうと一目でわかる。




 斎は炎一族の宗主の婿だ。




 彼女は炎一族宗主の一人娘であり、次期宗主。

 噂では聞いていたし、数度宴などで見たこともあったが、体が弱くめったに外に出てこないため、対面
するのは初めてだった。

 成人すら危ぶまれるほど、虚弱体質の姫宮。


 泣いているせいもあるだろうが、熱があるのか、頬が赤く染まっている。







「どうしたんだろう。熱があるからかな、いつもはわがまま言わないのに・・・、」







 斎は娘を抱きしめてあやす。

 時間は迫っているのに幼いは泣くばかりで、理由をいえない。

 まだ二歳過ぎの子供であることを考えれば父から離れたがらず泣きじゃくるのも理解の範疇だ。




 イタチの弟のサスケもそうである。



 だが、父にすがりつくの姿は、何かにおびえているようにも見えた。

 相変わらず侍女たちは遠巻きに見守っている。

 イタチは斎から半ば無理やりを抱き取った。







「うぇー!やーあぁ!」






 は父から離れまいと暴れるが、弟がいてなれているイタチは斎から簡単にを引き剥がす。

 侍女たちが怯えるように後ずさる。

 イタチは嫌がるの背中を軽くたたいて手早く宥める。







「えぇーん!えぅ…う?」







 しばらく大声で泣いて暴れただが、今気づいたとでも言うように突然イタチを見上げた。

 潤んだ、宝石のように輝く綺麗な瞳。







「怖くないぞ、」







 こつんと、額をあわせる。



 間近で交わる視線。


 は首を傾げたが、イタチの服をぎゅっと握る。

 安心したのか甘えるようにイタチの肩に頬を寄せた。

 イタチもを抱きなおす。







「すごいねイタチ、この子すごい人見知り激しいのに。」







 斎は感心したように何度もうなずき、うれしそうに言う。

 もう落ち着いたのか、はイタチの顔に興味を持って小さな手で頬をぺちぺちたたいたりした。






「先生、遅刻しますよ。は俺が見ときますんで。」








 イタチは今日、任務がない。



 本当は本を借りて家で読むつもりだったが、家にいるのが好きなわけではない。

 斎の家にいられる理由ができたならむしろうれしい限りだ。







「本当?ごめんね。実はその子、僕と雪以外には懐いてなくて困ってたんだ。今度おごるから。」






 斎はイタチに両手を合わせてから、用意すべく急いで出て行く。


 いまさら急いでも遅刻だろう。


 今度はも泣かなかった。

 イタチはを抱きしめたまま、畳に座る。

 あまりにがイタチをじっと見上げるから、イタチは自分が自己紹介をしていなかったことを思い出し
た。







「俺はイタチだ。うちはイタチ、」

「いーち?」

「イ・タ・チ、」

「い・た・ち?」








 はっきりいったイタチを真似するようにが大きな口をあけて発音する。







「そうだ、」







 イタチはの頭をそっとなで、さっき乱れた髪を元に戻してやる。

 サスケと同い年のはずだが、ずいぶんと拙い。

 体もかなり小さかった。

 炎一族に代表される神の系譜は長命で、人間よりもはるかに長いときを生きる。


 それなのにはこんなにも小さく、弱い。


 の寿命も他の人間以上に短いとされている。

 うちは一族の嫡男のどちらかがと結婚することはイタチも知っているが、彼女に子供を産み、跡取り
を残すことが可能か、と問われれば、幼いとはいえ到底そんなことを望めそうな身体とは思えなかった。







「いたち、くろ−。」







 イタチのうなじで束ねた髪の毛をが掴む。



 子供の力なので痛くはない。



 の目は熱がでているせいか、どこかとろんとしている。

 イタチは侍女に毛布を持ってこさせ、それでを包んだ。







「こほっ、けっほっ、」








 が小さな咳を漏らす。



 少しでも楽になるように背中をさすりながら、イタチはを抱きしめた。

 こんな風邪で不安なときに彼女の両親は、彼女の傍にいないのだ。

 苦しいときに誰もいないのは淋しい。 

 そのことをイタチはよく知っている。








「熱冷ましのお薬なのですが・・・、」






 侍女が戸惑いながら入ってきてイタチに薬を渡す。

 はその途端イタチがわかるほどびくりと震えた。






「飲み薬か?」

「はい、蜂蜜を混ぜてあります。」





 侍女は言い終わるとそそくさと出て行く。

 イタチは受け取った薬とを見比べた。






「薬は嫌いか?」

「くす・・り?・・・きらくない。」







 少し拙く意味が通らないが、嫌いではないようだ。

 ならば薬が怖いのではない。






「侍女が、怖いのか、」







 イタチはそっとの目を見下ろす。

 幼いの瞳は戸惑いと不安にゆらゆら揺れていた。






「みんな、こわ・・いって・・・、も、こわ、、い・・」







 拙い言葉で自分を伝えようとするの言葉に、イタチも耳を傾ける。

 侍女達は次期宗主で大きな力を持つに怯えている。


 敏感なにも侍女が自分に怯えていることがわかるから、も怯えるのだ。







「イタチ・・・いる?」







 きゅっとイタチの服を握って、が尋ねる。





「あぁ、ここにいるよ。」






 優しく告げて、そっと熱い額に口づける。



 の身体は熱いけれど、そのぶん、確かな温もりの存在をイタチに教えてくれる。

 薬の入ったおわんを傾けて、の口に近づける。


 は促されるままにおとなしく飲み込んだが、うまく飲めなかった分が唇の端からあふれて喉を伝う。

 イタチは其れを手ぬぐいで拭いて、の様子を伺うとはニコニコ笑ってイタチにくっついた。

 イタチの弟サスケは薬を飲ませると泣きじゃくるが、慣れているせいか泣くことも機嫌を損なうことも
ない。






「いい子だな。」






 の頭をなでてやると、まるで子猫のように喉を鳴らした。

 






( ひとつ 単独 零ではなく 存在すること )