うちは一族と炎一族は仲がよい。


 うちは一族の嫡男と炎一族の東宮が結婚することが決まっていることもあり、親戚同然のつきあいがある。


 特にイタチの母ミコトと、炎一族の女宗主での母である蒼雪は仲が良く、一週間に一度、ミコトは炎一族
邸に足を運んで裁縫が得意な蒼雪に裁縫を習っていた。





「結局斎さんの所に行ったんですね。」






 ミコトが困ったように呟くのは長男のイタチのことだ。

 先日ミコトの夫と父子喧嘩をしたイタチは、家を飛び出した。

 アカデミー時代に飛び級して同年代の親しい友達も少ない息子だから、野宿でもしているのではないかと心
配はしていたが、どうやら担当上忍で蒼雪の夫である斎の所へ転がり込んだらしい。

 確かに彼が頼れる人は斎以外いないだろう。



 斎の妻が炎一族宗主で、彼は炎一族の婿のため、自動的に炎一族邸に転がり込んだことになる。

 炎一族は木の葉で最も人口の多い一族だが、里の中での栄達を求めることもなく、里から少し外れた寝殿造
りの宗主邸を中心にひっそりと暮らしていた。

 里の政治とも表だって関係のない一族なのでイタチは気楽だろうが、親としては他の一族に迷惑をかけてい
るというのは申し訳ない。



 ミコトはため息をついた。






「あら、斎のところではありませんわ。宮の所にいるのですよ。」






 蒼雪は着物の端を縫い合わせながら、ミコトに穏やかな調子で返す。

 斎から、娘・の住まう東の対屋にイタチがいるという話はもう聞いている。

 は病弱で外には出られないので、話し相手としてもイタチがいてくれること喜ばしいことで、疎ましく思
うことなどあるはずがない。

 身体が弱く友達の少ないだから、少しでも外に触れあう機会になれば良い。





「けれどまさかイタチさんが家出するとは思いませんでしたわ。」





 しみじみと蒼雪は頬に手を当てて呟く。

 斎の生徒であるイタチはいつも優等生だった。

 アカデミーを飛び級した上で首席で卒業し、暗部に入り、手練れとして称えられる。

 炎一族邸に来るときも必ず礼儀正しく挨拶を返し、大人びすぎて少し生真面目で生意気なところもあるが、
非常に賢い子だ。


 親と喧嘩したとはいえ、家出するまで思い詰めるとは到底考えがつかなかった。






「・・・そうでもないんです。いつかはと思っておりましたから。」





 ミコトはため息をつく。

 蒼雪にとっては意外なことだが、母のミコトからしてみれば、想像範囲内のことのようだ。

 彼女はイタチが家を出ることを考えていたのを、知っていた。



 彼は里で重要な位置を占めることを求めている一族の体勢を非常に嫌っており、将来的にうちはを名乗るこ
とを本人が望まないことも、うちはを出るだろう事も、ミコトはとっくに予測していた。

 うちは一族の嫡男と炎一族の東宮が結婚することは、東宮・が生まれたときから決められていたことだ。



 うちはにはイタチとサスケ、2人の嫡男がいる。

 常ならば長男であるイタチが家を継ぎ、次男であるサスケがと結婚して炎一族の婿になるのが一番丸く収
まる方法である。

 しかし、それを早くに定めなかったのはイタチの将来を追いつめないための選択肢を残してやりたかったか
らだ。

 今まで彼の未来も将来も、何でもかんでも親が決めてしまった。

 一族のためにと求めてきた。

 其れが徐々にイタチと一族、強いては家族との繋がりを希薄にした。

 だから最後の最後で将来の選択を、ミコトはイタチにもサスケにも公平にさせてやりたかった。

 イタチが家を継ぐも良し、そしてイタチと同じく嫡男であるにもかかわらず期待されず悩み続けるサスケが
家を継ぐのも良い。 

 誰かが勝手に子供の将来の選択を奪ってはならないのだ。

 そう思って、うちは一族の意向や夫をミコトは止めてきた。

 子供達の将来を思って。



 父親との喧嘩の時、イタチははっきりと言った。

“サスケがうちはを継げば良い”

 彼がこれほどに強い意志を示すのは初めてのことだった。

 いつも、苦しそうな顔をしながらも、懸命に親の期待に応えてきた。

 その彼がそういったのだから、彼の心は既にうちはにないのだ。





「・・・ご迷惑をおかけするとは思うのですが・・・・」

「あら、よろしいんですよ。だって宮は大喜びですもの。」





 蒼雪は華やかに微笑む。



『いたちがね、いっしょにすむのー。』




 昨日の昼、イタチが任務に出かけている時間に、は嬉しそうに手を挙げて蒼雪の元に報告に来た。

 わーい、とはしゃぎまわる娘の姿を見ながら、蒼雪は素直にイタチに感謝した。

 は一人っ子で、斎も蒼雪も忍としてかなりの力量を持っているため、任務に引っ張りだこになり、身体の
弱いを構ってやることが出来ない。


 両親でありながら、彼女を一人にしてしまう。

 熱があろうと任務があるため、彼女をおいて行かなくてならない。

 そのことをいつも心苦しく思ってきた。


 イタチは細やかに時間を作ってはに会い、たくさんの話をしてくれている。

 今までにしてきてくれたことを考えれば、居候など安いものだし、これからも彼がの傍にいてくれると
したら、親にとってこれほど安心できることはない。

 親としても感謝こそすれ、追い出したり、嫌がることは何もなかった。





「イタチさんはしっかりしていらっしゃるし、わたくしとしても宮についていてくださるので安心ですわ。」

「そう言って頂けると嬉しいです。」






 ミコトは安堵したように深く息を吸った。

 炎一族邸は寝殿造りで、ミコト達のいる廂には御簾ごしの柔らかな日差しが降り注いでいる。


 のんびりと布を広げて裁縫の練習をするミコトと蒼雪の姿は雅やかだ。

 廂の端からばたばたと足音が響く。





「ははうえさま!」





 廂の御簾を跳ね上げて姿を現したのは蒼雪の愛娘・だった。

 綺麗に切りそろえられた紺色の髪に、鮮やかな赤色の衣を着ている。

 後ろにはイタチの姿もあった。





「こら、危ない。」





 イタチは裁縫をしている蒼雪達を見て、に針が刺さると危ないとを抱き上げる。

 は突然のことに驚いたようだったが身体から力を抜いて、大人しく抱き上げられた。






「どうしたの?」

「針が危ないだろう?刺さったらどうするんだ。」





 諫めるようにイタチが言うと、は素直に頷いた。

 イタチは針に気をつけながら、蒼雪の隣に膝を折る。





「なにぬってるの?」





 は母親が縫っている布をじっと見つめる。

 青色の、綺麗な黒い蝶が描かれている布だ。


 夏用なのか布地は薄く、透けている。





「これは姫宮のですわ。少し背が伸びたから、新調しようと思ったの。」





 蒼雪は布を大きく広げる。

 先ほどは部分的にしか見えなかったが、大きな桃色の華に蝶がとまっている絵柄が描かれていた。





「でも、帯をどうするか、考えておりませんの。何かあわせるのに良い絵柄はありまして?」





 尋ねるが、あまり好みのないは首を傾げるばかりだ。

 代わりにイタチが答えた。





「淡い色なので、紅色の帯を合わしても良いかもしれないですね。後は風雪御前から頂いた文様の入った黄の
帯とか。」

「それは素敵かもしれませんわ。」





 蒼雪は頭の中にの帯を思い描いてくすくすと笑って、手元の着物をまた縫い始める。


 は母親の手元を不思議そうに見ていたが、しばらくすると飽きてきたらしく、イタチに抱きついて頬をす
り寄せた。

 イタチも困るそぶりもなく、の背中を撫でる。

 の面倒を見るのは、もう慣れていた。





「本当に、東宮様はイタチに懐いているんですね。」






 話には聞いていたが、はじめてみるミコトは目を丸くする。 

 彼女は人見知りが激しく、誰にも懐かないばかり見てきたので、意外だった。





「うちはのおばちゃま、」





 は小さくつぶやいて、嫌がるようにイタチに強く抱きついて、辺りをきょろきょろ見回す。

 ミコトに人見知りしているわけでもなさそうだが、いったい何を探しているのかがわからない。





「父上は俺と顔を合わしたくないから来ないだろ。」





 理由のわかったイタチは苦笑しながら返答する。

 はあからさまにほっとした顔をした。


 蒼雪とミコトは同時にぷっと吹き出す。





「あらあら、宮はフガクさんが怖いんですの?」

「うちはのおばちゃまはにこにこ、うちはのおじちゃまはまゆげのあいだにしわ。こわいー。」





 きゃぁっとは声を上げる。

 フガクの眉間の皺はのお気に召さないようだ。





「でもイタチさんと結婚すれば、フガクさんは貴方の父上様になるんですよ。」

「・・・・??」

「え・・・父上・・・」






 は意味がわからなかったのか返事がなかったが、変わりに嫌そうな声を上げたのはイタチだった。

 イタチは言ってしまってからはっと気づいてあわてて自分の口をふさぐ。

 ぽろりと本音が出たといったところだろう。



 蒼雪はあらまぁ、と頬に手を当てて困った顔をする。





「イタチ〜、」






 ミコトが息子に怒りのまなざしを向ける。

 イタチは首をかしげるを楯にしてものすごい剣幕の母親の視線に耐えた。



 



( すべてを知りながら 見守る 優しい人 )