商業用の馬車のおじさんは、砂隠れの親戚に会いに行くのだというサスケの言い訳を聞くと、あっさりと馬
車の荷台に載せてくれた。

 果物を風の国に運ぶという馬車の荷台は、果物のにおいでいっぱいだ。







「勝手に一つ二つ食べてもかまわないぞ−。」







 おじさんは馬に乗りながら、大声で後ろに乗るとサスケに言う。






「ありがとうございます。」






 ふたりは同時に頭を下げた。

 ガタンゴトンと馬車が揺れる。

 景色は木の葉の森や林を抜け、徐々に荒野へ、そして砂漠へと色を変えていく。




 はその様子を荷台にもうけられた小さな窓から興味深そうにのぞいた。







「すごいねぇ、おおきな砂ばがいっぱいだよ。」

「砂場じゃなくて、砂漠っていうんだ。」







 サスケはの言葉にあきれたように返す。

 木の葉は比較的その名の通り森がたくさんあり、水にも恵まれているため、砂漠がほとんどない。

 サスケも砂漠を写真や話では知っていたが、本当に見るのは初めてだった。


 たまに荷台の中にも小さな砂が飛んでくる。

 服のどこにでも入ってきそうだ。

 荷台の中にいるのでそれほど感じないが、幕を上げて外をのぞくとじりじり照りつける太陽に、サスケは目
眩がした。

 毎日これほど太陽が照りつけるようでは、農業には適さない。

 見渡す限り植物の一本も生えていなかった。



 サスケは徐々に代わり映えのない風景に飽き飽きし始める。

 暑さにも堪えてきたが、対するは炎の血継限界を持ち、熱に強いのでいつにもまして体調が良さそうだっ
た。

 体が弱い彼女の体調が一番心配だっただけに、サスケは少し安堵した。



 里を出てこんなに遠くまで来るのは、サスケも初めてだ。

 一応、鳩に6日ほど出てくると手紙をくくりつけて家に届けておいたが、行き先をきちんと書くべきだった
と今更ここまで来て後悔する。

 心配してもここまで来てしまったのだから、どうしようもない。





「さすけ、すごい、すごい。恐竜。」





 が騒ぎ立てるから目を向けると、床にトカゲが這っていた。

 図鑑の何かと勘違いしているのだ。


 先祖は恐竜だったかもしれないが、こんなミニサイズの恐竜はおかしい。

 砂漠に住むとげとげのトカゲは、体を変な風に揺らしながら歩いていた。





「これはトカゲって言うんだ。」

「とかげ?」

「そうだよ。木の葉にはもっと細いトカゲがいる。」





 見たことのないだろうは、まじまじと“トカゲ”を観察する。

 茶色の目のくりくりしたトカゲは、を不思議そうに見返していた。

 こんな広い砂漠を越える人間も少ないから、人を怖がることがない。



 サスケはふっと外を見る。



 砂漠の中でも少しだけ草の生えているところが増えてきた。

 オアシスが近くにあるのかもしれない。

 は相変わらずトカゲとにらめっこをしながら、指先でトカゲの頭をなでたりしている。





「かわいいねぇ、くわっておくちあけたよ。」

「ちょっ!噛もうとしてる、噛まれるから!!」





 サスケは無邪気なを慌てて止める。





「おーい、一度降りろ。休憩だ。」






 馬車の持ち主であるおじさんに声をかけられ、顔を上げる。



 馬車の幕が上げられると、そこには砂漠の中とは思えないような大きな湖があった。

 澄んだ青色の水は木の葉でもなかなか見られないほどきれいだ。

 不純物や動物の死骸、草花が水中に落ちないせいだろう。





「おみずがいっぱいだね。」

「みずうみっていうんだ。」






 サスケは訂正してから、巨大な湖を見渡す。

 一つ二つ民家があり、木々が少し茂っている。


 まさに話に聞くオアシスで商人の中継地としての役割が大きいようだが、忍の姿も見えた。

 それほど大きな砂漠ではなく、馬で超えられる程度だが、中継地は必要だ。





「さすけさすけ、焼き魚およいでるよ!」

「ちがう、さかなださかな!」





 料理の名前でしか魚を知らないは、きゃっきゃと笑う。


 初めて見る物ばかりで楽しくて仕方ないのだ。

 不安を感じ、サスケはの手を握りしめる。






「あ、あれはなに?」





 石造りのそれは、砂漠に住まう人の家なのだが、には縁がなく不思議そうな顔をする。







「さばくにすむ人のおうちだよ。」

「でも、うちとはちがうよ。」

「木の葉よりあついだろ?だからおうちもつくりかたをかえなくちゃいけないんだ。」





 サスケは説明しながら、近くの家を見回す。





「おーい、ぼっちゃんら、こっちにおいで。お水やご飯をあげよう。」





 気さくな商人のおじさんは、馬車に乗せてくれるばかりか、果物や食事をサスケとに手渡す。

 食事は、薄い粉のパンに肉や野菜を挟んだサンドイッチだった。

 ついでに肉のスープも入れてくれる。

 見ると商人たちが集まって炊き出しをしていた。





「ぼっちゃんは砂隠れの里に行くのか。」






 ほかの商人がサスケに声をかける。





「うん。親戚のいえにいくんだ。」





 なれないはサスケの後ろに隠れたが、サスケは普通に返した。

 大人との応対は、父がうちは一族の代表者であるだけに慣れている。

 嘘をつくのもうまかった。





「そうかそうか、そりゃたくさん食っとかんとな。」

「嬢ちゃんも食え食え。」








 の一番近くにいた商人はにこにこ笑って、にオレンジを差しだした。

 はそれを素直に受け取ったが食べ方を知らず、首をかしげる。






「ナイフで切るんだよ。」






 サスケはに教えたが、具体的にどう切るのか、は知らない。



 商人は笑っての手からオレンジをとり、切り分けた。

 みずみずしい果実は切ると食べやすく、おいしい。


 はひとつ口に入れるとおいしかったのか、ほぼまるまる一つすべて食べ尽くした。






「おいしい」

「だろう?南国の果物だ。」






 様々な場所を行き来する商人はの答えに満足そうに笑った。






「いろんなところにいくと、たのしい?」






 は少し慣れてきたのか、商人たちにしゃべりかける。

 すると年若い商人がそうだな、とうなずいた。






「やっぱり様々な物がみれる。」

「危ないこともあるけどな。」







 もう白髪交じりの商人が、困った顔をする。








「戦争とかもあったしな、」

「せんそう・・・」

「最近では大蛇丸が行き来してるとかで物騒だが、戦争の頃に比べたらましさ。」







 肩をすくめる彼らに、は少しだけ悲しそうな顔をする。



 戦争について、やサスケは知らない。

 だが、サスケの兄・イタチの頃はまだ戦争があったらしく、イタチは幼いながらそれを見ていて、大変だっ
たとよく話では聞いていた。



 行商するとなれば様々な国に行かなければならないが、戦争になってしまえば出来ない。

 彼らは生計を立てることが出来なくなってしまう。

 戦う忍も大変だろうが、彼らも大変だ。



 たちは本当の意味で戦争は知らない。

 けれど、戦争の傷は今でもどこにでも転がっていた。




( 案外身近に転がっている物 )