がソファーから降りて、彼女に走り寄る。

 彼女がゆったりとした動作でしゃがみ、を抱き留めた。






「ははうえ、さまぁ・・」





 鼻にかかった甘えた声を出して、は久方ぶりの母にほおを寄せる。

 今日は重苦しい儀礼的な単衣ではなく、動きやすい緋色のスリットの張った着物を着ている蒼雪は、娘
を抱き留めてほっと息を吐いた。

 任務途中にがいなくなったと聞いて、慌てて任務を切り上げてきたのだ。





「どうして、さそりのとこってわかった?」





 は潤んだ瞳で母に尋ねる。





「あら、だって貴方が行くとしたら堰家の要くんのところか、サソリのところだと思いましたの。」





 蒼雪は笑っての乱れた紺色の髪を撫でる。

 さすがに母親であるため、行き場所くらいはすぐにわかった。

 だから木の葉に帰らず、直接砂の隠れまで来たのだ。





「冒険でしたわね。」





 ふふっと笑って、蒼雪はそっとの術式の書かれた額に口づける。

 は体が弱く、今まで外に出たことはなかったし、出たいとごねることもなかった。



 そのがサスケととはいえ子供だけで砂隠れまで来たのだ。

 普通の子供でも大冒険である。

 を抱き上げ、蒼雪はゆっくりと立ち上がる。

 そして、サスケに目を向けた。





「ごめんなさいね。巻き込んでしまったようで。」

「いえ、おもしろかったから・・・・」





 の家出活劇に巻き込まれたのは事実だが、木の葉隠れの里から出たことのないサスケにとっても貴重
な体験になった。

 それに、傀儡使いや商人に間近に接する機会など、なかなかあるものではない。






「いったいどうやって砂隠れまで来たんですの?」





 ぽんぽんとの背中をたたきながら、蒼雪はサソリの家だというのに遠慮もなくさっきまでのいたソ
ファーに座る。





「おうまにのせてもらったの。」

「行商にすながくれにいく商人にのせてもらったんです。」





 サスケがの足りない説明に付け足す。





がおかねをたくさんもっていたので、快くのせてくれました。」

「おかね?」

「まえに、さそりとかがおしょうがつにくれたの。」

「まぁ、お年玉?」





 普通なら親が取り上げたり、自分で使ってしまうことが多いお年玉だが、蒼雪もに渡したままで、

は外に出かけることがないので持ったままだった。

 5年分だし、要やサソリ、ほかの上忍が甘やかして結構な額を渡すので、他国に周遊にでれる程度には貯
まっていた。





「ははうえさま、おこってないの?」





 は蒼雪の膝でもじもじしながら、おそるおそる上目遣いで言った。

 行き先も告げずに、勝手に出てきたのだ。

 怒られることを覚悟していただが、蒼雪は笑った。






「心配はしましたわ。でも、もうは六歳になったんですもの。少しくらいね、」





 の行方不明を聞いて、体が弱いのでどこかで倒れていないかと心配したのは事実だ。

 しかし、行き先を蒼雪はちゃんとわかっていたし、原因は明らかに父親である斎にある。


 はちゃんと勝手に出て行ったことを反省している。

 ならば、それ以上輪をかけて怒ることもないだろう。





「ははうえさま、のおたんじょうび、おぼえててくれたの?」





 意外そうに、は目を丸くする。





「当然よ。まぁ、父上様は忘れていたようだけど。」






 蒼雪は最初は明るく、最後だけドスのきいた声で冷たく言う。

 任務途中で来たイタチからの手紙で、の家出の原因はすでに聞いている。

 原因が原因だけに、を怒れない理由でもあった。



 蒼雪はごそごそと着物の裾を探る。

 中から手を出したとき、その手には綺麗な白い箱が握られていた。

 蒼雪は小箱をに渡す。






「これはなぁに?」

「貴方に誕生日プレゼントです。あけてご覧なさい。」





 促されるままに、は箱を開く。


 中には漆塗りの小箱が入っていた。

 螺鈿細工なのか、蝶と花が雪の中で揺れている文様が、漆黒の漆の中に描かれていた。

 の宮号である雪花姫宮にちなんでいるのだ。



 高価な上に手の込んだ細工で、1日や2日で作られる物ではない。

 元からの誕生日を覚えていて、細工師に作らせていたのだろう。





「すごい。」





 サスケも横からのぞき込んで声を上げる。





「それだけじゃないんですのよ。」





 蒼雪はそっとの手に握られている小箱のふたを開ける。

 すると、ちろちろと音が鳴り出した。





「音細工か。」





 意外そうにサソリが言う。

 この技法は木の葉ではほとんど見られず、たまに舶来の商人が持ってくる本当に希少な物だった。





「オルゴールと言うそうですわ。」

「おるごーる?」





 は珍しそうに音の鳴る箱を凝視する。


 気に入ったようだ。

 蒼雪も娘の予想以上の反応にうれしそうに笑う。





「さすが母親だな。」

「当然ですわ。腹を痛めて産んだ子供の誕生日を忘れるはずがないでしょう。」

「なるほど。腹を痛めてない父親は忘れるか。」

「本当に最悪ですわ。最近忙しかったとはいえ、父親としてあるまじき行為です。」





 柔らかに言うが、蒼雪の言葉はどぎつい。


 炎一族の典型的なお嬢様であり、温厚と見られがちの蒼雪だが、母親で気のきつい風雪御前の影響か、
頑固で、勝ち気な部分がある。

 それをあまり周囲には見せないが、昔なじみのサソリはその彼女の性格をよく知っていた。

 もしかしたら斎もここに向かっているのかもしれないが、おそらくは大事になるだろう。


 一度キレたら怒りが収まるまで手がつけられない。

 久々に壮大なキレっぷりが見られると、少し楽しみながら、サソリは息を吐いた。





「ま、料理頼んだからゆっくりしろや。」

「あら、気が利きますわね。ありがとうございます。」





 蒼雪は笑って礼を言う。

 その目が笑っていない気がしたが、サソリは知らないふりをした。






( こうどうに はげしく憤ること )