イタチは寒々しいまでに高く、青い空を見上げる。

 里一番の人数を抱える炎一族の宗主邸の庭は相変わらず広いし、寝殿造りのため遮蔽物がない。






「あぁ。青いな。」






 小さな呟きに緊張感が飲まれていく。

 それでも隙があるわけではない、



 イタチは横から来た蹴りを、よそ見をしながらもあっさり止め、逆に相手の鳩尾に軽く蹴りを入れる。

 手加減した打撃は、それでもまだ軽いサスケを蹴り飛ばすには十分だった。








「くっそ、」







 悪態をついて宙で一回転。 

 サスケは蹴られた腹を押さえながら何とか着地したが、思わず膝が地についてしまう。

 手加減されているとはいえやはり兄の打撃は見た目以上に重い。

 よそ見していたので隙が出来たと思ったが、大間違いだったようだ。



 サスケがアカデミーに入学して血を吐くような努力を繰り返しても、相変わらず兄との実力の差は広がっている
としか思えない。

 模擬戦を初めて20分、倒すどころか攻撃一つあたらない。


 悔しさに涙が出そうで、思わず奥歯が痛むほどかみしめた。







「そこまでにしよーか。」







 鋭い空気を、和やかな声が切り裂く。

 それは悔しいながらも終わりの合図。

 サスケは極度の緊張と疲労で思わず地に突っ伏した。







「大丈夫?」






 イタチの師の斎が、柔らかな笑みを浮かべてサスケに手を貸す。

 兄の手ならば意地でも絶対にとりたくないところだったが、サスケは迷わず斎の手を取った。


 彼がそういうことを全然気にしていないと知っているからだ。

 昔は恥ずかしさに意地を張ったこともあったが、彼は笑うどころかむしろ不思議そうな顔をするので、意地を張
るだけばからしくなった。

 腹の痛みを我慢して、何とか膝を立てるが、がくがくと揺れる。



 斎はそれでも立とうとするサスケに苦笑して、そっと腹に手をかざした。

 淡い光を湛えた手が腹に触れると、痛みが和らぐ。

 医療忍術の一部なのだろう。

 イタチの師である斎は火影候補にされるほどの優秀な忍であり、血継限界だけでなく、形態変化に囚われない多
彩な術を用いることで知られている。

 本当は医療忍者になりたかったそうで努力した経歴があり、医療忍者に必要な微細なチャクラコントロールが彼
の術を支える。

 悪口で“百足”と言われることがあるそうだが、そのあだ名は彼が扱う術の多さに起因しているそうだ。



 斎は雪が降りそうなほど寒いので運動したばかりのサスケを気にして、自分の上着をサスケに掛ける。

 運動の余韻にまだ体は熱かったが、この寒空の下ではすぐに冷えてしまうだろう。

 サスケは頭を下げてありがたく受け取る。



 イタチの師である彼は、休日たまにイタチについて炎一族邸にくるサスケにも術を教えてくれるようになった。

 イタチのついでなのだろうが、それでも正式な師を持たず、両親も忙しいサスケにとってわからないことを聞け
る相手は有り難いし、斎は火影候補に推されたことがあるだけに博識で、幼いサスケの質問を馬鹿にせずきちんと
答えてくれる。

 偉そうでいつも涼しい顔をしている兄が悪態をつきながらも、この穏やかな師を誰よりも認め、誰よりも尊敬し
ていることを、サスケはよく知っていたし、サスケ自身彼がその信頼に値する人物であることを、素直に認めてい
た。









「良い模擬戦だったと思うよ。特に豪火球の術は大きさも火力もアカデミー生とは思えないくらいだった。なかな
か努力しているね。」







 斎は当たり障りのない見解と賞賛を先に述べ、それから腕を組む。






「うーん。でもやっぱりね、回し蹴りの時の体の反転がね。時間がかかりすぎかな。イタチみたいな上級者を相手
にするなら、時間のロスは避けるべきだ。」

「・・・・でも、回し蹴りにしないと威力が・・・」

「そうだ。威力がない。でもそれなら起爆符や、手裏剣、忍術という手もある。」






 サスケの反論をさらりと交わす。


 医療忍者のように一点集中のチャクラコントロールを会得しておらず、まだ幼くて脚力のないサスケでは回し蹴
りをしてもどのみち大した威力ではない。

 むしろ時間ロスと、カウンターで直接攻撃されるかもしれないという危険を考えれば得策とは言えないし、避け
るべきだ。

 ならば起爆符、忍術などで確実に仕留めに入った方が良いだろう。


 失敗したときのリスクも低い。

 相手が上級者であればなおさらだ。






「まぁ、成長期だからもうすぐ力も強くなるのかもしれないけど。」

「現状で言うなら、蹴りは論外ですけどね。」






 斎の柔らかな意見に対してイタチの意見は冷たい。





「普通なら蹴りどころか殺されてる。」

「兄貴じゃなけりゃ、大丈夫かもしれない。」

「中忍なら余裕でおまえの蹴りくらい止められる。」






 イタチは淡々と客観的な事実だけを述べていく。

 それは確かに真実なのかもしれないが、劣等感に揺らぐサスケの心に突き刺さる。


 思わず反論を失い、俯いたサスケに、斎はにこりと笑った。






「これから成長期だし、まだまだ伸びるよ。サスケは。」

「先生、あまりサスケを甘やかさないでください。」

「そんなことないよ。本当だよ。イタチだってこのくらいの時はこんなもんだったって。それにあまりに冷たく言
う物じゃないよ。」






 斎はイタチを諫める。

 イタチも彼が言うのであっさりと引き下がり、サスケへの批判を止める。






「さぁて難しいお話は終わりにして、お昼ご飯にしよう。」







 斎はそれから2,3注意を告げてから庇に上がる。

 侍女がぱたぱたと走り去り、庭から一番近い一室に食事の用意を始める。







「先生、後で俺の新術を見てください。」

「ん。わかったよイタチ。」






 イタチの言葉にに斎は嬉しそうに頷いて円座の上に座る。

 斎に絶対的な信頼を向ける兄を見上げ、サスケは小さく息を吐いた。



 アカデミー時代から天才とされていたが荒れていて誰も手のつけられなかったというイタチは、斎につくように
なってから丸くなった。

 昔は兄弟喧嘩で殴られたこともあったが、ここ数年はまったくない。



 イタチは彼と出会って変わった。

 両親よりも誰よりも敬慕する師。

 穏やかな斎のことをサスケも好きだったが、それを口にするのは兄の前と言うこともあり、ためらわれた。







「いたちー。」







 高い声音が響く。







「姫宮様っ!」





 慌てて侍女が止めようとするが、その手をすり抜けて小さながイタチに走り寄る。






、寒いのに出てきたのか?」







 イタチはを抱きしめて、尋ねる。

 庇に面したこの部屋は寒く、体の弱いには少し厳しい物があるだろう。

 だが、は元気にうん!と頷く。







「いたちが、きてるってきいたの。」

「そうか。」






 イタチは少し嬉しそうに笑って、彼女が寒くないように侍女に火鉢に炭を入れるよう指示する。

 斎にそっくりの紺色の髪と瞳を持つは、隣でつかれて寝転がっているサスケに目を丸くした。







「さすけ、」

「あぁ、今日は一緒に来たんだ。父上と母上が出ていてな。」







 一人留守番できない年ではないが、弟を一人置いて斎のところに遊びに行くのは気が引けたのだ。

 なんだかんだ言っても面倒見が良いのがイタチである。






「さすけはイタチがだいすきなんだね。」

「は?」

「・・・?」






 何故そういう結論になったのか、戸惑う面々を置いて、はひとり納得したような顔をする。






「なんでそんな話になるんだよ!」

「てれなくていいのに、さすけ。もねイタチが大好きだからいっしょだよ。」

「は?だからなんでそうなんだよ!!」







 サスケが激しく抗議するがは意に介さない。

 イタチもよくわからないという顔をしていたが、おもしろいと思ったのだろう。






「サスケは恥ずかしがり屋さんなんだ。」






 いっそ見ていて清々しいほど爽やかに、にこやかにに笑う。

 サスケを弄る良い機会だとでも思ったのだろう。






「そっか、さすけははずかしいんだね、」

「そっかじゃねぇよ、、兄さんも勝手に話し作るな!」

「恥ずかしがらなくても良いのにな。サスケがツンデレだったとは知らなかった。」

「は?だからなんで!!」






 ヒートアップする兄弟喧嘩から目をそらし、斎は空を見上げる。

 ぴぃっと高く伝令の鷹が飛んでいる。



 イタチも喧嘩をふっかけるのは構わないが、いったいどうやってこの喧嘩を収める気でいるのだ。

 サスケは一度へそを曲げると長いというのに。


 もしかすると元々斎がどうにかしてくれると思っているから、喧嘩を始めたのかもしれない。





「・・・・策士だなぁ。」





 小さく呟いて、斎は喧嘩を収めるべく困った兄弟を振り向く。

 彼らの喧嘩が収まらなければ、いつまでたっても食事にありつけそうではない。

 火鉢の火が、白い灰を僅かに舞い上げながら揺れていた。

 

 


透く空(すくそら)