数十分して、がイタチの膝に凭れてうつらうつらし始めた頃、蒼雪が涼しい顔で戻ってきた。

 すがすがしい表情とは裏腹に、その姿は傷だらけで、スリットの入った着物は破れている。

 肌にも大けがではないが擦り傷がたくさんついていて、痛々しい。


 だが、それは斎に比べれば遙かにましだった。




「いたたた、うぅ・・・・」





 斎はうめいてため息をつく。

 胸を殴られたかしたのだろう、苦しそうに胸を左手で押さえている。





「・・・、寝ちゃったの?」





 斎はイタチの膝にいるをのぞき込むが、イタチは数刻ぶりに見る師の様相の変わりように、目を丸くした。

 日頃来ている青と白の上着は右半分が完全に焦げていて跡形がないし、右側の袖は何かに持って行かれたのか、
破けて見る影もない。

 そして左足を引きずっていた。





「・・・大丈夫ですか?」

「自業自得ですわ。」





 尋ねたイタチの言葉を遮るように、冷ややかな声が被さる。

 蒼雪の怒りが完全に収まった訳ではないらしい。

 娘のことをイタチに放置し、あろう事かわからぬ約束までして、の家出の原因となった彼を、まだ怒っている
のだ。





「父親として恥ずかしいと思いませんこと?最低ですわ。」

「だから、それについてはに謝るって言ったじゃないか。」

「まぁ、自分のやったことを棚に上げて潔くありませんわね。」





 辛辣に返して、蒼雪は近くにあった自分のコップに残る水を飲み干した。

 若干怒りは収まったようで、の寝顔を見ると蒼雪は表情を緩める。





「まぁ、仕方ないか。」





 イタチは師の様相にものんびりと言うが、サスケは目の前の惨状にじっと蒼雪を見ているだけで何も言えなかっ
た。

 は母の姿が目に入っていないのか、イタチの膝でうっすら目を開いているだけだ。


 蒼雪は豊かなの長い紺色の髪を一撫でして、眠そうなをイタチから抱き取って座る。

 斎もずるずると足を引きずりながら隣に来たが、痛みのせいか座るのに時間がかかり、毛皮に足を投げ出した。





「大丈夫ですか?」





 あまり心配した様子を見せず、イタチは淡々と救急箱をチヨからもらい、蒼雪と斎の手当を始める。





「うぅん。大丈夫?じゃないな・・・」

「当然の報いですね。」

「はは、容赦ない・・・」






 いつにない力のない笑いを浮かべて斎は肩をすくめるが、痛みを感じて顔を歪めた。

 痛みに腕が回らない。

 イタチは蒼雪の擦り傷を消毒し、その後、斎の怪我を見る。

 手当をしてもらえていると言うことは、一応この情けない師はイタチに見捨てられていないらしい。

 斎は傷が痛まないように小さく息を吐く。



 久々の夫婦げんかはバイオレンスを極めた。

 日頃は穏やかさを装っている蒼雪だが、切れると怖い。


 火影を殴り飛ばし、火影邸をぶちこわしたこともあるし、幼い頃、サソリと大喧嘩した際、森を全て焼き払った
こともある。

 炎を操る一族だけあってその性格は人に温もりを与えることもあるが、烈火の如き苛烈さを見せることもある。

 それは幼馴染みなのでよく知っていたが、まさかこの年になってまで彼女を切れさせて大喧嘩することになると
は思いもしなかったし、本気の彼女はやはり強い。

 一度は火影に推挙されたことのある斎が本気になっても厳しいところだろう。

 敵でなくて本当に良かったと思う。





「宮は本当によい子ね。」





 は蒼雪の腕の中で心地よさそうに眠っている。

 桃色の柔らかな頬、白い肌、つややかな自分と同じ紺色の髪。

 無垢な寝顔を、斎は久々に見た。 



 最近任務ばかりでちっとも構ってやれなかった。



 イタチが時間を見つけて頻繁に屋敷を訪れ、と一緒にいたことは知っているが、親がいなくて寂しい思いをし
ていただろうと思う。

 それなのに文句も言わず、いつも送り出してくれた

 当たり前になっていて、その有り難さを忘れていた気がする。





「ごめんね、」





 傷だらけになった手で、そっとの頭を撫でる。


 手の感触にはうっすらと目を開き、父親をぼんやりと見上げる。

 眠たくて父親に対する怒りを忘れているらしく、は申し訳なさそうな斎の様子に不思議そうな顔をして、首を
傾げた。





「眠って良いのですよ。」





 子守歌のように優しい蒼雪の声には瞼を閉じる。


 両親がいることに安心したのかもしれない。

 最近イタチがいても寝付きの悪かったは、すぐに眠ってしまった。

 蒼雪はに自分の上着を掛けて、改めてサスケの方を見る。





「巻き込んでごめんなさいね。」





 斎の傷の原因である蒼雪に少し怯えてイタチにくっついていたが、柔らかなほほえみを向けられ、首を振る。





「あの、おれあんまり、なんもできなくて。」

「いいえ、貴方がいたからは無事ここにたどり着けたのだと思うわ。」





 は外に出たことがないため、一般常識を知らない。

 年の割に賢く大人びたサスケがいなければ、良い金づるにされて終わりだったろう。

 誘拐など、もっと大変なことになっていたかもしれない。





「サスケにとっても大冒険だったな。」





 イタチは弟の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

 恥ずかしいのか、サスケはその手から逃れようともがいたが、五つ上の兄に敵うはずもなくされるがままになっ
た。

 彼も何も物を知らないをつれての二人旅はそれなりに不安だったらしい。





「イタチさんも、宮の面倒をいつも見てくれてありがとう。本当に頻繁に来てくれていることは知っています。」





 蒼雪は目を伏せる。

 病弱で外に出られないの話の大半はイタチのことで占められる。


 外のお話をしてくれた、本を読んでくれた、一緒に絵を描いた、食べ物を持ってきてくれた。

 イタチは狭い屋敷しか知らないの目であり、唯一外の情報を教えてくれる存在だ。

 そして、両親がほとんどいないの孤独を和らげる何にも代え難い存在。

 イタチはそれを知った上で、の傍に出来る限りいようとする。


 彼だって任務で忙しくないわけではない。

 それでも懸命に時間を作り、一秒、一分でも長くといようとしてくれる。

 娘を心から思ってくれる彼の存在を、蒼雪は心強く思っていた。




「・・・・生意気を言わせてもらうなら、」





 イタチは蒼雪の礼に複雑な顔をして、口を開く。




「きっとはとても寂しいと思っていて、それを言わない。でも、本当に寂しがっています。」





 眠る時に必ず斎が今日何をしていたのかを聞くのも、母が縫って与えた着物を眺めているのも、が寂しがって
いる証拠で、それをイタチは知っている。


 出来る限り一緒にいてやろうと思う。

 寂しがっている彼女が寂しくないように、努力はする。

 でも、イタチがいるからといって、両親がいないことが平気なわけではない。






「少しのために時間をとるようにしてもらえませんか。数分顔を出してもらえるだけでも、あの子は嬉しいと思
うんです。」





 週に何日かしかあわない両親。

 大きな一族で両親との絆が希薄なのは仕方ないことなのかもしれない。


 けれど、寂しがっていることは知ってほしい。


 を思っているのならば、毎日数分でも良いから顔を出してやってほしい。

 他人である自分が願うには、厚かましいとイタチもわかっているが、のために願わずにはいられなかった。





「・・・イタチさんはやっぱり宮をよくごらんになっていますね。」






 蒼雪ははっきりとした意見を口にしたイタチに苦笑し、斎を振り向く。








「貴方にはもったいない良いお弟子さんですこと。に対する愛情を見習いになったらいかが?」

「はは、本当にね。」

 辛辣な皮肉に、斎は困った顔で笑う。








「これからは、僕らもきちんとを見るようにするよ。時間を作る。」






 イタチに任せて、それで良いと安心して行動を怠っていたのは、本当だ。







「そうですわね。必ずどちらかが夕ご飯はともにとるようにしましょうか。」






 蒼雪も頷いて、膝の上で穏やかな寝息を立てるに謝る。







「ごめんなさいね。」







 寂しい思いをさせて。

 が家出という行動に出るまで、どれ程思い悩んだろう。

 小さな胸に孤独を抱えて泣いたのだろう。

 それを思うと、胸が詰まる思いがする。



 難しいとは思うが、自分たちが変わらないといけない。



 蒼雪はそっとの柔らかな頬に口付けた。







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